第240話

金色の竜が降り立ち、そして咆哮した瞬間、陰陽寮周辺を埋め尽くしていた式神は1体残らず電撃に焼かれて消えた。背中から降り、周辺警戒と威嚇ついでにライコウには上空での旋回待機を指示する。


「…………陰陽寮ってこんなとこだったっけ?」


陰陽師、とはいっても実際は占いやまじないの他に天体観測も職務とする職業であり、十分に科学者の側面を含む。その最高機関たる陰陽寮は技術の粋を集めた機材、例えば天体望遠鏡なんかが設置されていなければならない。それがどうだろう、少なくとも日依の目には要塞のように見えた。門の前で立ち尽くすこと十数秒、まず円花がその場に現れる。


「……どうした?」


「待て、少し考えさせろ。無策に突っ込んだら面倒な事になりそうだ」


まず門には結界がある、それは力押しで叩き割るとして、割った瞬間に何が飛んでくるか、たぶん矢や弾では済まなかろう。正面からは論外だ、塀を破るか、飛び越えるか。


「…………」


「…………アホオヤジを囮にしよう」


「気持ちはわかるが流石に駄目だ」


と、やってる間に本人が現れた、特に武器とかは持たず早足で歩いてきた。


「おう何やってんだ急げ、時間ねえだろ」


「そりゃわかってるが……いや待て、何やってんだ待て」


門の前で考えこむ2人の間を通り抜ける嘉明、まったく止まらず結界に右手を突き出して。


「待てってバカ!この…バカ!!」


直後、日依の手元に開いた穴からフツノミタマが引き出される。結界が破られたかどうかのタイミングで紅の直刀は片手上段に持ち上がり、すぐに一閃。


「おっ?」


殺到してきた符のすべてはそれで撃ち落とされた、勢い余って樹の表面を盛大に削り取り、斬り返して第2波をはね飛ばす。いきなり眼前で始まった攻防に嘉明は放心、舌打ちしながら押し飛ばして、なんかよくわからないビームみたいなずぶっとい光線を受け止め、拡散させた。


「おお…やべえな……」


「やべえな…じゃねーんだよぼけなす!!塀を破れ!発射点に何かしらあるから破壊しろ!」


言った途端に円花によって塀の一部が斬り刻まれる、敷地内へ入った自身も迎撃を受けつつ日依を襲い続けるビームの発射点を強襲、水晶の塊を横に両断する。


「油断した……よし改めて行くぞ、このまま玄関まで走いってぇ!!やめろ痛い!!俺は味方だ!!」


菱形水晶の刃9本をすべて使って腹での滅多打ちを行う。それが終われば今度は突出した円花の救援だ、門を越えて内部へ踏み込み、符やら地雷やらその他物理的なトラップを作動させまくる彼女の背後へ回る。飛んできた符を打ち払い、更に前進して正面玄関へ突撃、左から右へフツノミタマを振り抜いた。


「喰らわせろ!無差別だ!」


衝撃波が玄関を吹き飛ばし、同時に上空から雷が降ってきた。耳をつんざく轟音と、焦げた木材の破片が撒き散らされる中、まず円花が建物内へ、日依と嘉明がそれに続く。尚も雷撃に晒され続ける内部にはただの1人も人間がおらず、無駄な攻撃と悟ってライコウに中止命令を下す。

既に風通しが非常に良くなってしまっているが、陰陽寮内部にさして違和感は感じなかった。今となっては時代遅れとなった占い関係は隅に追いやられ、天体観測をメインとしつつ呪術の教本なんかを作ったりしている。トラップの類は無く、怪しげなものも見当たらない。ただ最奥部の部屋に地下への階段があった、最後に見た時には無かったものだ。


「いつの間にこんなものを?」


「俺は聞いてない、昨年末に増築した時こっそり掘ったんだろう」


室内中央、上に床板を被せる事で隠匿された入口である、元から開いていたのか雷撃に吹き飛ばされたのかは不明なものの、一目見ただけで存在に気付けるほどズレていた床板を更にどかして人間が通れるくらいに広げる。かなり深い位置まで続いているだろう、削った樹剥き出しの段差を眺め、ひとまずそこらの机から筆と、墨を作る硯(すずり)を拝借、ぽーいと投げ込んでみた。


「とばっ!!?」


反応が起きたのは背後だった、何を喰らったか知らないが停止状態からいきなり残像が残るレベルの高速移動に変化した円花が僅かな風と刀を残しつつ階段の奥へ消えていき、「あ、やべ」とかつって日依も後を追う。


「油断した……」


「いい…私が体を張る事で罠に気付けたなら……」


壁に手をついて頭部への打撃だけは回避した円花、半分降りた踊り場で仰向けのまま乾いた笑いを浮かべている。彼女を起こして、残り半分の階段も降りると、地下室は真っ暗闇であった。ひとまず円花が手のひらで燃やし始めた炎を明かりにし、その間に嘉明も追いついて刀を手渡す。電灯のスイッチはどこだろうか、階段のすぐ近くにある筈だが。


「あった」


「…………?」


壁に埋め込まれたそれを指でプッシュする直前、嘉明が違和感を感じて部屋中央を見るも、構わず日依は明かりを点けた。白色蛍光灯が20畳ほどの室内を照らし上げ、中央に鎮座していたものを3人の目に見せる。


「っと……鏡?」


木材の足に乗せられた直径45cm程度の丸い鏡である。茶色く、しかし光の当たり具合では虹色に見える鉱物によって作られており、鏡面部分は一切の曇りが無い。まるで待ち構えていたようにスイッチ前の日依を映し出し。


「八咫鏡(やたのかがみ)…!」


嘉明が呟く、同時に表情を一変させる。光を与えられた鏡は日依、厳密には手に握るフツノミタマを完全に捉えたのち、自らも発光を始めた。

映し取る、鏡の基本的な機能だ。そしてこれは行方知れずとなっていたはずの三種の神器、最後のひとつ。神代において岩戸に閉じこもったアマテラスを引きずり出す際、彼女の姿を映して気を引くべく使われたもの。出力性能はフツノミタマやアマノムラクモと同等、それ故、映せるのは姿だけではない。

この紅の直刀は大樹を異常成長させていたのを奪ったものだ、葛葉としては何としても奪い返さねばならないものである。しかしそれ自体を武器としての制御に成功した日依に勝利できる人材が居なかった為、二刀流の大男をけしかけたくらいで何もしてこなかったのだが。

はめられた、明かりを点けてしまった時点で奴の手中だ。


「消せぇ!!」


慌ててスイッチを操作し直すももう遅く。

地面がひっくり返るような振動が外から伝わってきた。

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