第229話
「………………………………………………」
なんだその格好は、というのが8割だろうか、その化け物を見たような形相での大沈黙は。
まず耳、狐とほぼほぼ違いないが世界で最も個体数の多い犬耳を頭に乗っけていた。三角形、しかし狐と比べるとやや小さい、柴犬か秋田犬か紀州犬か、たぶん秋田犬の耳だ。160cmの体に着る服はプルオーバーのグレーパーカーにネイビーのプリーツスカートというどシンプルかつ地味、しかし見ていると安心する構成である。普段は制服の帽子に耳を押し込め、ツインテールの片方を妙ちきりんな形状で編んでサイドテールに仕立てているが、今回はお忍びでの来訪らしい、普通の茶髪ツインテールで、見た者の印象に残る特徴は犬耳程度、ただ犬耳なんてそこらを探せばいくらでもいるため大した特徴ではない。
「亜月(あづき)……あの、久しぶり……」
「久しぶり、とは?」
「いやだって最後に会ったのもう何年前か……」
「申し訳ありませんがそのような痴女っぽい服を着る痴女の知り合いはいないのです、人違いでしょう」
「痴女!攻めすぎたとは確かに思ってるけど痴女て!つかんなわきゃねーじゃんよ!忘れたか幼馴染を!」
「忘れてはいませんが知りません、雪音(ゆきね)が貴女の存在を記憶から消し去ったなら私もそうする、それだけの事です」
忠犬めが、口には出さず秋菜は思う。
訓練学校に通っていた頃は毎日顔を見ていたのだ、何年経とうが一目でわかる。秋菜は大尉、彼女は大佐、雪音は少将、学校を出た瞬間から開き始めていた差が積もり積もってこうなった、というだけの話で、会わなくなったのはそこに由来する。こんな事にならなければもっとずっと会わなかったろうが、なんの因果か会ってしまった。
「すみません、このヒトモドキのせいで挨拶が遅れました」
「ちょいコラ」
ひと段落ついたので周囲の確認をしよう、ここは斎院の倉庫だ、まかり間違っても人の目に触れたくないというのでここになった。うず高く積まれた木箱、ダンボール、ガラクタは照明を遮って薄暗く、掃除の手があまり入らないので埃っぽい。その為か連中お抱えの人形さんは到着するやホウキとチリトリを探し出し一心不乱に床を掃き始めてしまい、しかしそれでも間に合わず、元気に走り回る超モフモフ毛並みのポメラニアンは下半分が真っ白になってしまった。亜月が話しかけたのはブルーシート上、すぐに他と連絡を取れるよう電話線を引き込んできて、その横で座り宝石をゴリゴリ削っている。
「うんまぁ、いいよ気にしなくて、いいけどね、ただ(自分が仲介役に使われるあたり)人材不足極まってるなって」
「そのようですね、(こんなのにまで仕事を与えないといけないあたり)事態は深刻です」
苦ーい笑みを浮かべながら鈴姫(すずひめ)様は彫刻刀をひらひら振った。因縁が無い訳では無い、が、しかし、嫌悪感を抱かずに居てくれる人物が他に誰もいないというか、このレベルのがいないと何か起きた時に止められないというか。他の候補にも問題があった、なにせ天皇と鬱病だけだ。
「では改めて、戦艦|長門(ながと)艦長、赤石 亜月(あかいし あづき)大佐、長門以下有志4隻を代表し参上しました」
「はいどうも」
それっぽく敬礼して、片手を胸に当てる返答をスズがやっている間に人形(アリシア)が帰還、毛玉をとっ捕まえ、埃を除去。
「しんど……」
「では逃げますか?いつもみたく」
と、眺めながら思わず呟いたところ、そんな嫌味が飛んでくる。亜月の顔をやや睨んで、次に溜息。
「今回ばかりはできないのよ、あの赤いのが何してくるか……」
「赤いの……?でも、少しは変わったらしいですね、前神祇伯の方を指してるなら、この場にいない人物の機嫌を気にするなんて」
赤、という単語に何か感じたようだが、亜月は引っかかった顔をしながらも追求はせず、続く言葉に今度は秋菜が引っかかる。
彼女を呼び寄せた本人である日依は瑞羽大樹で会食の最中だ、この場にいない。
いない。
「丸1日も目を離されたら普通逃げるでしょ貴女は」
「…………………………はっ……!」
そして気付いた、今なら行ける、いや行けた。もう駄目だ、電球が点灯した顔を秋菜がした瞬間に何も無い空間から物体が引っ張り出される音と、続いて突き立てられた切っ先が床に接触する音が鳴る。スズの左手に出現した全長65cmの刀は隅から隅まで白緑色の翡翠製、丁度良く指にはまりそうな凹凸が柄にあり、その代わり鍔がない。言い伝えられている形状とは似ても似つかぬ片刃剣ながら、存在するだけでやたらめったら強い気を放つそれは秋菜のような三流でも名を推測できてしまった。アレが全力解放された時、果たしてこの鳳天大樹は樹としての原形を保っていられるのだろうか、みたいなレベルの代物に秋菜はにっこり笑い、汗をだらだら流しながら右手をひらひら。
「駄目だぁぁぁぁぁぁ!!完璧に躾けられた!!アイツの敵に回るって選択肢が浮かんで来ないぃぃぃぃ!!」
「うわ……その、随分と苦労したようで……」
ひとしきり頭を抱えた後、倉庫内から手頃な座布団を見つけてきて、スズとアリシアにも配った後2人は座る。薄暗い倉庫で円陣組んで、一体何の儀式が始まるんだって感じだが、別段特別な事はしない。
いい加減本題に移ろう、いかにして西洋軍の侵攻を頓挫させるか。
「開戦当初から第6艦隊の味方として振る舞えるのは4隻のみ、ただそれだと離反扱いとなるから、全面協力は大内裏を制圧した後が望ましい」
「でしょうね……さてどうするか、妨害、工作、嫌がらせ……」
「それだけじゃ駄目なの?」
「駄目よ、戦況が五分以上の時に裏切っても相手を怒らせるだけ。諦めて帰って欲しいんでしょ?ならその前に疲れさせないと」
士気という概念についていまいち理解していないスズにアリシアが詳しい説明を加えている間、再び放たれた毛玉が秋菜に寄ってきた。何となく手を伸ばすもひょいと避けられ毛玉は亜月の膝へ。さすが犬耳というか初対面にも関わらずめっちゃ懐いていて、撫でながらにまりと笑ってくる彼女にぐぬぬと呻く。
「……とりあえずは見せしめか、先行してきた偵察艦をとびきり派手に沈めるとか」
「41センチ砲連装4基8門だけだけど、私が出せるのは」
「十分すぎるわ、知らないかもしんないけどあんたの艦の主砲斉射に耐えれる艦は今のところ存在しないかんね?」
ポメラニアンを膝に乗せたまますっとぼける亜月にツッコミを入れ、とりあえず初手は決定する。最初は大事だ、駆逐艦か巡洋艦か何を出してくるかは知らないが正真正銘の藻屑となって頂く。
「ん?」
と、そこで電話が鳴った。発電ハンドルの付いている壁掛け式ではない、遺物の再利用品らしく平たい本体と弓状の受話器がコードで接続されたフォルム、0から9までとその他いくらかのボタンが並び、色は白。ピリリリという着信音が鳴るや液晶画面に発信元が表示されたらしく、スズは目の色を変えて受話器を持ち上げた。
「日依?大丈夫?終わったの?無理矢理酔わされて寝室に連れてかれた挙句協力して欲しければ云々なんて言われて(ズキュゥゥゥゥン!)とかされてない?」
おい今とんでもない事言ったぞこの皇女様。
「え、なに?何言ってるか全然わかんないんだけど何杯飲まされたの。……えー…?ぜ…全員に聞こえるようにする?」
「でしたらスピーカーモードに……」
なんて言うアリシアが腰を上げた直後、スズは自力でボタンを探し当て押した。どうという事はない普通の動作であったが、何故かアリシアは信じられないものを見たかの如く目をひん剥いてしまい、数秒固まった後背を向け、木箱の影でごそごそやり出した。
でこっちはこっちで酷いもんだ。
『あひはは〜ん』
「……え?」
『いるらろ、あひははん』
呂律がまっっったく回っていない。声色からして電話相手は日依だと判別できるものの、完璧に酔い潰れた彼女が何を言ってるかはまったく。なお後で西洋人スパイに聞いたところ、シャンパン1杯と赤ワインちょこっとののち調子に乗ってブランデーをストレートとのこと。
「秋菜、呼ばれてる」
「私?違くない?”あひは”って言ったわよ”あひは”って」
納得いかないがとにかく話を聞いてみよう、本体に向かって「何よ」と話しかける。その間、木箱から俵形に近い長さ40cmほどの物体とプラスチックケースに入った円盤形の鏡?を探し出したアリシア、それをスズの前に置いて言う、「これの使い方わかりますか?」
『ひんふんつくるろ!』
「はぃ?」
『ちんぷん、しんぶん?新聞!』
何言ってんだコイツ。
『ぱらみりがネタあつめてふれっはら、きみはもし書いて、なんふぁ、よんてていらっこするやつ』
…………うん、何言ってんだコイツ。
『代わりなさい、ほらもうそこで寝てて。もしもし?秋菜ってのはそちらさん?』
「ああ…そう」
すぐというかやっとというか、スパイが電話を代わった。背後で人の倒れる音がしたのは無視して、ようやくマトモな会話ができると安心
「で何?」
『新聞作るわよ』
安心できねえ。
『突拍子もないのはわかってる、でも必要らしいの。私自身、まだ信じてはいないんだけど』
「…………どんな新聞?」
『ちょっと長くなるけど、まず西洋軍の……』
と、白けた顔する秋菜にスパイが一から説明を始めた頃
「あ、こう?」
スズが何の説明も受けないままCDコンポを起動させクラシックが流れ出した。
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