第228話

原因は何かと聞かれれば、本気モード時の服装に公の場への対応力を求めなかった事であろう、いくらなんでも黒マントで晩餐会は無い。いや肩と足に強烈なスリットが入ってる緑の着物もどうかと思うが、とにかくもう少し、例えばマントを取るだけで違和感なく席につける構成にするべきだった。

一言で表すなら”薔薇!”という風体である、香菜子に連れられ行ったブティックなる店で買ったそれは。首にかけた赤い紐で上部を支え、胸を覆う赤い布は広げると台形をしており、それを腹に巻きつけ、両脇腹を通って腰で結合する。胸元にアクセントとしてフリルの花が付くも、背中は無い、何も無い、肌丸出し。

ちょっと言い方の悪い表現をすれば金太郎の前掛けっぽい、最低限の布面積な上部とは違って下部はロングスカートがある。ただし丈が均一ではない、フィッシュテールというタイプで、背中の布が足りない上半身とは逆に正面の布が足りず膝下の丈、後ろへ回るにつれ丈は伸びて最終的にギリギリ床につかない程度の長さとなる。更にその赤いロングスカートの上からもう1枚、太もも中央まででフリルまみれの赤い布を重ねており、なんだこれはと、脳みそメルヘンな方々が大好きそうなこのフリフリはなんなんだと、こんな無駄布があるなら背中どうにかしてくれと、スパイらしく黒のフォーマルを着込み、上がろうとする口角を必死で下げつつ震えまくる水蓮を睨みながら日依は思う。


「いや…ま……”有る”じゃない…ちゃんと……」


「よく見ろ」


背中までの赤い髪にウェーブを施して右のサイドポニーとし、狐耳に真珠の飾りを乗っけた日依は水蓮が注視している部分、自分の胸を、前腕を覆う赤い手袋を着けた指でつつく。

絶妙かつ完璧である、しかも背中部分が無いこのドレスで。胸元からやや急に上がり、頂点を過ぎればなだらかに下がる、本物としか思えないその膨らみはしかし、指を乗せた途端に内部が中空なスポンジ素材っぽく不自然にへこんでしまった。っぽく、というか、実際スポンジ製だ、このパッド。


「ぶふっっっ……ーー〜ーッ!!」


「とうとう笑いおったなこのアマ……」


ダメ押し、ハイヒールは目を疑うほど高いものを履かされた。超高い背を支えるべくかなり太いヒールは当然、つま先の靴底まで厚くして高さを稼いだタイプで、普段のプラットフォームサンダルを履いた状態なら日依の身長は155cmであるが、こいつのおかげで160をギリギリ超え、水蓮と並んでいても不自然ではない。……本当の身長?察しろ

ともかく、見知った仲から見ればこの通りにしても、初対面の相手なら騙せるだろうレベルにまで見事持っていった香菜子と、鋼鉄製の壁にしがみついてどすどすし始めた水蓮を心中で呪いつつ、甲高い足音を立てながら日依は西洋軍旗艦、HMSアイアンデューク艦内を後部へ進む。

189.8mの艦体に34.3cm砲連装5基10門を乗せる超弩級戦艦だ、竣工してからは11年ほど経過していて、未だ一線級であるものの、金剛型やその他艦齢の若い艦と比べると主に速度面で劣り、仮に一騎打ちとなれば高確率で敗北する。まぁそんな仮定は無意味である、一騎打ちになどなる訳がない、似たような戦艦が27隻もいるのだから。


「お」


「あ…うわ……」


ディナーの用意された部屋、三笠で言うところの長官公室の前では車椅子に座った老人と、それの押し手が今まさに入室しようとしていた。老人は体力的な問題により本格的な正装ができなかったか、しっかりした生地で灰色の着物を着たのみ。付き人も用意が間に合わず学ラン姿、いや元々こういう事態を想定して冠婚葬祭に対応できる能力をあの服は持たされているので何ら間違いではない。


「なーんでお前がいんの?」


「親父は積み込み作業が忙しくて…つか…待て…ままま…!」


扉手前の彼らへ歩いていって、両手を当てた腰を曲げ、下から覗き込む形で2人のうち押し手へ顔を近付ければ、義龍は急に顔を赤くして狼狽えてしまう。それを見るや日依の表情は打って変わっていつも通りの笑顔へ、車椅子の左衛門へ「どうも」とだけ言って、右に左に目を泳がせる義龍を指で突っつく。


「んーどうしたー?いいのか私をそんな目で見てー?」


「見てねえ…見てねえから……」


露骨にそっぽ向いて背中丸出しな日依を視界に入れようとしない彼をひとしきりからかったのち、左衛門から呆れ顔をされながら離れ、遅れてきた水蓮と合流、改めて4人一緒に扉をくぐった。優雅な装飾の施される室内には白いクロスのかかるテーブルと、クッションが付いたウッドチェアーが8個。テーブルの上には椅子と同じセット数の食器が並んでいる。傍には氷に埋もれたシャンパンが用意済み、わかっていた事だが「ああ飲まされんのか……」と呟かざるを得ない。

しかしそんな事はどうでもよろしい、給仕と、他の重鎮と共に立って待っていた金髪碧眼を見た途端に表情が曇ってしまう。嫌な気分になる要素は何一つ無い、刈り揃えた髪型も締まった体も、礼服とてシワのひとつすら見当たらず、ついでにいえば顔もそこそこ。眉を寄せようが無いのだ、あくまで外見上は。


「アーノルド・スカーフェル大将、正面よ」


「あれが?完璧超人?……あれが?」


何をやっても高水準、礼儀を尽くして、誰からも慕われる、水蓮から寄せられた事前情報である。西洋人がそう言うなら向こうで彼が受けている評価は本当にそんな感じなのだろう。真実であればなるほど確かに完璧だ、一切のミス無くここまで上り詰めたのだから。


「どうかした?」


「いや、別に、ふふひ……いや…?」


思わず乾いた笑いを出してしまった、すぐに抑えて、水蓮との小声会話も終わらせ、右手を差し出しつつ歩み寄ってきた彼にこちらも右手を持ち上げる。


「始めまして閣下、此度は遠方よりご足労頂き感謝致します。私は両神日依、元は神祇伯という職に……」


「存じ上げています、ようこそアイアンデュークへ、どうかお寛ぎ頂きたい」


感情は一切顔に出さない、貼り付けたような仏頂面のまま握手をし、次いで彼は着席を促す。急にお嬢様よろしく微笑んだかと思えば喋り方がクソ丁寧になった日依を見てアゴ外してる数名に「なんだよ」などと言いつつ手招き。片側に4つある椅子のうちひとつをどかして、そこに左衛門の車椅子を入れ、それから3人一緒に座った。義龍は挙動不振である、野球小僧をこんなとこに連れてきたらそりゃそうなるが。


「ですが食事の前に。我々がここに居る事は既に敵へ知れてしまっています、可能な限り早く進撃を行いたい」


「具体的には、いつ頃になりましょう?」


「明日のこの時間までには」


そこは情報通り、とにかく早く辿り着いて最高のポイントを押さえれば多少の準備不足は許容するタイプの指揮官だ。かといっておざなりという訳ではない、もし敗北したとしても無補給で自軍勢力圏まで逃げ込めるだけの補給は受けたがっている。その為にかかる時間は残り1日、その後全速で皇天大樹に向かうならもう1日。計2日後には両軍が接触する。大丈夫、間に合う。


「問題ありません、そちらの予定に合わせる事は可能です、お気になさらず」


「ありがとうございます。では前菜を」


焦るのは後でいい、とにかく今はこの場を切り抜けよう、と


「えぇ…おぉお…!?」


そう思ってナプキンをおしぼりか何かと勘違いしている義龍のそれを奪って横から膝に広げる。

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