人と神、鉄の城、血と道と、謀りの海
第224話
「……さてお前ら2人と私、ババアは除外として、初めての親子水入らずな訳だが」
「マジで気持ち悪いから冗談でもそういうこと言わないでくんない?」
「あーすまん、確かにコレと血縁とか言われたら私かて家出する」
「知ってるか?俺も人並みに傷付く」
カリカリガリガリと彫刻刀が音を立てる、楕円形のオーバルカットに整形された宝石が削られていく。
2種類、宝石らしく透き通っていて、色は赤と青がある。サイズは長手5cmで、やや薄い。彫る紋様は少しずつ位置をずらして彫られた大きめの菱形3個と、それを取り囲む小さめの菱形9個。囲炉裏を挟んで座るスズと嘉明(よしあき)両名によって続々と作られており、ここまで既に30個。まだ増える、まだまだ増える。
「つーかもう1人いるだろ、せがれの知明(かずあき)」
「まだ顔も見た事無いんだけど……」
「新聞くらい取れよ…結構な頻度で載ってるぞ……」
気まずいような、微妙に照れているような、心境複雑な顔でサファイアを顔に寄せごもごも喋るスズ。直後に1個作り終え、緑色に黄色のアクセントが入るパーカージャージ、及びデニムのショートパンツにこびりついた削りカスをブルーシートに振るい落とした。
弟がいる、といきなり言われてもすぐさま受け入れられる者は少ないだろう、それが腹違いとなればなおさら。あいにく実母は既に亡き者とされてしまったが、皇位継承権を持つ唯一の男子であり、公には死んだ事になった嘉明に変わって急遽即位、天皇の座についている。現在7歳、当然仕事なんぞできる訳もなく、すべてを葛葉(くずは)が肩代わりしている。そのあたり日依(ひより)にはあまり面白くない話だったらしく、露骨に嫌な顔をして、寝転んでいた彼女は立ち上がる。シワのついた白キャミソールとインナーの赤タンクトップ、レイヤリングミニスカートを軽く直して、2人のいる囲炉裏近くまで寄ってくる。
「あれな。実際、事態をここまでややこしくした元凶のひとつでもあるんだが……まぁ男児がどうしても必要だったってのは理解できる、正室を入れたのも仕方ない。でもタイミングが違うだろ、子供なんか作ってなければ殺されかける事もなかった。なんだってババアに利用されるのがわかりきってる時に」
「いやその…なんだ…自分の寿命を縮めるだけってのは知ってたが……言ったところで……先っちょだけなら大丈夫かと思って……待て待て待て待て!!投げんな!!冗談だって冗談!!」
ルビーとサファイアが1個ずつ、2人の全力投球をもって嘉明に叩きつけられる。そのうち片方は込められた術式を発動したが、じゅん!という音を発したのみでただの宝石に戻ってしまった。「あーあせっかく作ったのによ」などと呟きながら両手でキャッチした宝石を削りカスの山へ、着崩した白い和装を引きずりつつにじり寄って、置いた途端に粉々に砕け散る。
「後継ぎが1人もいねえとか、葛葉だけじゃなくて世間からも許されなかったんだよ。遠い親戚を探し出してくるか、見つからなきゃ軍隊動員してでも鈴姫(こいつ)を引きずり戻す羽目になるからな。嫌がってる奴に無理強いしても仕方ないだろ」
「最初からそう言え」
と、嘉明が言ってすぐ、元から気まずそうにしていたスズがさらに気まずそうになって目を逸らす。日依はちらりとそちらを見たが特に何も言わず、黙って次の宝石作製に移るスズに意地悪そうな笑顔だけ見せ、その後嘉明へ一言。
「皇位継承がどうだかいう話はひとまず置いといて、ソイツの身柄は何としても奪取するぞ、本人の意思とか知らん」
「反対する理由は無いけど、でも珍しいね、そういう強引な言い方するの」
「ん?ふふ、色々あったんだよ私も」
もう一度スズへ笑って、「ではどうするか……」と、彼の拉致、いや救出方法について日依は話始めようとする。応じて嘉明が口を開いた時、3人のいるボロ宿、朱雀亭(すざくてい)の玄関戸ががらりと開け放たれた。入ってきたのは白髪の少女だ、服から何から真っ白、では、あいにく無くなってしまっているが。
「手持ちの材料は使い切りました、指示通りのサイズで計88個です」
「ふむ、削りカスを集めて100に届くかどうか、といったところか。大丈夫か?暑いだろあそこ」
「オーバーヒートさえ注意すれば気温は問題ありません、強いて言えば家主の刀工がやけに騒がしいですが、耳をミュートすれば済む話」
鳳天大樹到着直後に香菜子(かなこ)から着させられた服である、その際「また同じ服ばっか着て!」「それはスズと日依に言うべきでは!?」とかやりながら例によって剥かれていた。いい加減、白統一ではバリエーションが少なすぎる為か、膝上までしか丈の無いデニム生地のミニスカートを履いていた。トップスは当然白であるが、肩から上が無く、紐も無く、なのに手首までの袖はある。いわゆるオフショルダーという種別の服で、アリシアの体格ぴったりな、余分の少ない服は彼女の胸部、無いと言えば無いし有ると言えば有る、これより下は日依しかいないがアレと比べれば確かに、確実に存在する膨らみを強調している。スニーカーを脱いで上がってきた彼女はまずトートバッグから取り出した赤と青の宝石を囲炉裏のそばに並べ始めた、これはつまるところ材料を熱して圧して作った合成コランダム、物質的にはまったく同じものなのに”天然じゃないから”という理由だけで偽物扱いされている人工宝石である。だからと言って安い訳ではない、特にここまでの大きさとなると製造にかなりの困難を伴う。が、これをアリシアは個人経営の小汚い鍛冶場で大量生産して見せた。
「かわいい」
「また殴られたいのですか?」
また、とおっしゃるか。
「あー……知明の世話をしてるのは主に宮内省だ、中務省も少しは関わってるだろうが7歳児に職務補佐を付けたって仕方ないしな」
「じゃあトップの宮内卿だけどうにかすれば、始まる前に逃がせる」
宝石を並べ終え、代わりにブルーシート上の削りカスをホウキで集めるアリシアを見ながらスズは言った。嘉明が怪訝な顔をしている間に削りかけの宝石と彫刻刀を置いて、休憩とばかりに立ち上がる。
「お前が?やめとけやめとけ、お前じゃ奴の愚息は落とせねえょわかった俺が悪かっただから真剣は本当にやめ…!!よしこうしよう世界の半分をお前にやる!!」
ギチギチと刀身を留めている目釘が鳴る中、嘉明は夢幻真改を両手で挟み止め耐え続ける。鬼の形相で彼の顔面をカチ割ろうとするスズであったが、やがて疲れたのか太刀を引いて溜息、床のキャスケット帽を拾い玄関へ降りていく。
「休みついでに太刀(コレ)の手入れしてもらってくる」
「でしたら円花に水を飲ませてください、そろそろ鬱から脱却している頃合いです」
「あ、うん……」
靴を履くスズにアリシアが面倒事を任せて、次いで彼女が出ていく前に集めた削りカスをビニール袋へ。
「血縁関係者の話をしていたのですか?」
「ああ」
「でしたら私からも質問があります、どのような勘違いで葛葉(アレ)と婚姻しようと思ったのか」
「もっともな疑問だ、だが俺以外にはもう聞くなよ、間違いなく激怒されるぞ」
いや、昔はあんな性格じゃなかったと彼は言う。遊び倒していたとはいっても遊ぶ相手はちゃんと選んでいた、身分を無視して単純に考えれば嘉明は世界屈指の金持ちとも言えるので、欲と悪意を持って近付いてくる女は山ほどいたそう。それに見事引っかかった結果が今のこの有様なのだが、ともかく警戒していてなお引っかかる理由はある。出会った当初はもっと無欲だった。
「優しくて芯があって、曲がった事が許せない奴だった。それでいて清らかっつーか…良い意味で”無知”っつーか……ああそうだ、鈴姫(アレ)あのまんま」
「冗談も大概にしましょう」
「早かったなぁー否定すんの……」
「え、なに?」
「なんでもないなんでもない」
呼ばれた気がして振り返ったスズだったが、眉を寄せながらも予定の通り外へ出て、そのまま戸が閉まるのを見届ける。残された3人、ピクリともせず十数秒、アリシアの耳ですら彼女の気配を辿れなくなった後、一斉に動き出して囲炉裏を取り囲む。
ちょっとフライングがあったがここから先は待ちに待った内緒話だ、ずっと機会を伺っていた。
「男はできたか?」
「できるとお思いですか?」
嘉明第1の質問に対してアリシアは即答した、候補はいくらでも居るもすべて一方通行、そして当人はキョトン顔で可能性を潰していく。知らぬ間に男をその気にさせて、はたから見ればふらふら渡り歩いているように見える。そういう女性を人は何と呼ぶか、そう魔性の女である。
「思ってはねえけど…押せばくっつきそうなのは?いるなら押すぞ、俺は押すぞ」
「造船会社の跡取り息子」
「彼は無理でしょう、積極性とか不慣れとか、あんまりにも普通すぎるとか。ええ、無理です」
「言い切りよった……」
「重すぎると思うのですよ皇女の肩書きは、義龍(よしたつ)には」
「やっぱそこか…歴代皇女の結婚相手が良いとこのボンボンばっかなのはそこが原因だ。入籍しちまえばそんなもん大して関係無くなるんだが……他には?その問題を超えられる奴」
「右近衛の跡取り息子」
「駄目だぁー!!悠人(あいつ)は駄目だ!!何気なく居間でくつろいでる所にいきなり『会って欲しい人がいるんだけど……』とかつってあいつが現れたら心臓麻痺起こして死ぬぞ俺は!?大体何喋ればいいんだよ!?業務上どうしても口開けないといけない時以外はただただ黙りこくってる奴だぞ!!」
と、そこまで一気に話して、頭を抱えた嘉明が転がり始めたのでひと段落。日依が笑いながら肩を竦めて、なんとなく新品の宝石をひとつ持ち上げる。
「焦るには早かろう、つかそういうのたぶん逆効果だ。落ち着いて座って待ってろ、お前がやるべきはそれだけでいい、そうすりゃそのうち思いがけないのが現れるさ。きっと、わからんけど、ぽっと出の西洋人とか」
「なんだよぽっと出の西洋人て、そんなんと出会う状況ねえよ」
「あるだろ、例えば外遊中」
「外遊中?」
「鉄道で移動の最中に特殊部隊からの襲撃を受けて1人で逃走、味方と合流しようと歩き回ってたら何らかの怪生物の襲撃に巻き込まれて吹き飛ばされ気を失った状態で職業用心棒な頼れそうで頼れないちょっとだけ頼れるどこの馬の骨とも知れない年上に落下型ヒロインしちゃうとかあるだろ」
「ないないないないないないないない!ある訳ねえだろそんな特殊すぎる話!」
「そぉかぁ?そんな事態に陥る気がするんだがなぁ」
特に根拠の無い予感を語る日依と全力否定する嘉明、どうやら彼は意外にも割と現実主義者のようだ、この手の話は好みそうな性格をしているのに。
「何にせよ甲斐性のある男でないとならん、そしてそういう男とタイミング良く出会わなければならん。欲を言えば皇女の肩書きを気にしない度胸、もしくは十二分に張り合える肩書きを持ってる奴」
「日依、その条件はいけません、最適候補が嘉明(コレ)みたいな人間になってしまう」
「…………アリシア、まず自己診断プログラムを作動させろ、それからサンプル不足を指摘しよう、本を読め、冒険譚がいい」
「直ちに」
聞いた本人が「ひでえ…」とか漏らしたあたりでこの話は終結を見た。どのみちまだ16歳、急いだとて何か得する事も無い。
区切りが付いたついでに日依が旅館の奥の方に声をかけて冷たいお茶を要求、振り返って、手のひらで転がしていた宝石は置き、次の話題を求めればアリシアが「では」と始める。
「日依の相手に関して話をしましょう」
そして燃料を1バーレルほど投下した。
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