第225話

抵抗する力が無いから、こちらに付いた方が勝算があるから、あちらが嫌になったから。いずれも違う、これは某略だ、裏切る為にまず手を結ぶのだ。




「のどかな場所だ」


瑞羽大樹の周囲を埋め尽くす戦闘艦艇のうちひとつから降ろされたボートは先程到着し、降り立った軍礼服の男が細めた目で樹を見上げながらそう呟く。

金髪碧眼の精悍な男である、これほどの大艦隊を率いるにはあまりに若い。老朽艦ばかりの警備部隊とはいえ十数隻を任されていた24歳もいるので、そのあたり驚くには値しないが。


「受け入れに感謝します、セディ・ヴァッサークッペ樹長。私はアーノルド・スカーフェル、海軍大将の職に就いております」


その若い、胸にたくさんの勲章を付けた男が敬礼をしてきても、この樹の最高責任者であるしわくちゃ肌の老婆は「はい」と言ってお辞儀したのみ。セディは後の事を蜉蝣(かげろう)やその他防衛隊員に任せ、後は後ろで微笑んでいるだけになった。大将閣下は何も言わず見届け、そして次にこちらへ目を移す。


「…………」


自らの感情を表に出す事を嫌っている、いや恥じている。車椅子を押す義龍が抱いた印象はそんな感じだった。西洋軍海上戦力の3分の1、王立海軍のほぼ全戦力、136隻+補助艦艇を背景にした無表情の男に見据えられて僅かに呻いてしまったが、車椅子の上、祖父である左衛門(さえもん)は一切怯まず、彼の前まで移動させろとの指示を飛ばす。


「ミスター平賀(ひらが)、貴方には後方支援をお任せします。戦闘艦艇を入れられるドックがここに無いのは理解していますが、この最適とも言える布陣位置には代えられない。補給物資と、交換部品の調達だけして頂ければそれで」


「そうかい、どれほどの入り用だね」


「目的地には3日ほどの滞在を予定しています」


また大きく出た、同じ事をふかした戦国武将がいた気がするが、とにかく彼は今、皇天大樹を3日で攻め落とすと宣言したのだ。対して左衛門は声を上げずにやりと笑い、ただしこの隻数である、「少しかかる」と返答した。


「質問いいかな」


「どうぞ」


「どうしてあんたたちは戦うのかね、どちらかがいなくならんといけないのかね」


彼は黙った、無表情のまま。ちらりと背後の大艦隊を見てしばし、ゆっくりと視線を左衛門へ戻す。


「私に聞いても仕方のない事です、私はひとつの歯車ですから」


「……そうかい」


思っていたのと違う、というのが本音だろう。西と東は互いにいがみ合っている筈だ、互いを侮蔑している筈だ、それがどうだ、東洋人だからという理由で差別してくる者は1人とていない、防衛隊との協力体制構築も円滑に進んでいる、迂闊に迷宮構造の外周部へ踏み込んだ水兵が半泣きになりながら民間人に連れ戻されてきた。

これが本当の姿なのか、それとも隠しているだけなのかはまだわからないが。


いや、駄目だ、考えるな、そうすると決めたのだから。


「2日以内に出撃したい、時間をかけるだけ向こうの防備は厚くなるのですから、頼みますよ」


極めて丁寧な要求を聞きながら、義龍は南の先、事態の中心にいる彼女をうっすらと思い浮かべる。

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