第223話

「ああ…飛んでっちゃったよ……ってぅお!?」


「蛇足ぅ!!」


上方を覆い隠す深緑、側方に広がる真っ青な空、ほとんどの雲を下方に眺め、ひとつの巨大な積乱雲が鎮座する奥では、波の動きによって太陽光を反射し明滅する海原が水平線まで続いている。青と、いくらかの白のみで構成される世界に緑と茶色を差しているのが瑞羽大樹。枝の表面は固く、いくら踏みつけたって足は沈み込まず靴も汚れないが、当時代において唯一の人間が生存できる領域である。雲まみれ、雪まみれの暗く灰色の世界に慣れてしまった目はあまりの眩しさに痛みを覚え、降り注ぐ夏の日差しは肌に突き刺さって体温を上げようと、というか人を殺そうとしており、いや死ぬ、これは、マジで死ぬ。


死ぬ!


「ああぁあっづぅぅぅぅ!!アホか!!何だこれあらゆる熱を捕まえて離さないんだけど!!熱々か!!土鍋か!!」


「おぉ…どこで何してきたか知らんけど…お前そんなやかましい人間だったっけ…?いやここで脱ぐな!何やってんだ!」


帰還した瞬間勢いで転がり、立ち上がるやフリースジャケットを脱ぎ捨て、体にぴったり張り付くタイプの防寒インナーまで裾を掴み引き上げようとしたスズを日依(ひより)が全力で阻止、最終的に鐘の音が一発鳴る事で収束を見たものの、一切の体温と太陽熱の大部分をがっつり溜め込もうとするインナー上下とカーゴパンツは一刻も早く脱ぎ捨てるべきであり、そこらにほったらかしていた旅行カバンを開いて、向こうに置いてきてしまった、いやもしかしたらこの近くの海底に残骸くらいは残ってるかもしれない黒Tシャツとデニムのショートパンツ、及びパーカージャージとまったく同じ服を引っ張り出し、「なんでおんなじ服をたくさん持ってるんデスかねぇ」「気をつけよ、ああなったら女として終わりじゃ」とか聞こえてきたのは無視して、スズは滑走路の先、防衛隊本部へ駆け込もうとする。


「待てその前にヤツを投げろ」


『あ……いややめて、そんな事したら』


「ほい」


『蹴られるって!!』


日依基準で数秒前まで単なる玉っころだったアマノムラクモ、いつの間にか片刃剣になっていても彼女は動じなかった。「2度目は言い逃れできんぞぉぉぉぉ!!」というのと、続くニニギの悲鳴を聞く。それを見届け、改めて目を本部へ移せば、今度は白い髪と白いワンピース、白いカーディガンを羽織った少女が白身魚の切り身を皿に乗せて立っていた。


「……スズ、私がいなくなっている間に一体何がどうしてそうなったのか説明を求めます」


「あ、あぁ…アリシア、久しぶり」


「何を言っているのですか?」


怪訝な顔をされただけだったがとりあえず言ってみる。この何もかも真っ白な、数万年を遡った先でアリエスと呼ばれていた少女に話さねばならない事は山ほどあるが、とにかく今は更衣室だ、でないと意識が飛ぶ、飛んで二度と戻らなくなる。


「待って」


が、腕を掴まれた。


「あ痛たたた……」


「また全身打撲しましたね、特に背中が酷い。湿布が必要です、すぐに行きますから脱いでも着ないよう。というかこの服……は…?…いや、明らかに防水素材ですから他の服と混ぜないでください、洗濯機で洗うと踊ってしまいます。でもこんなものどこで?今の技術で作る事は出来ない筈」


「だだ大丈夫!わかってるし後でちゃんと話すから!今は行かせてお母さん!!」


「誰がお母さんですか」

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