第222話
昨日は去りました。
明日はまだ来ていません。
わたしたちにはただ、
今日があるのみ。
さあ、始めましょう。
-マザー・テレサ
「いやぁ、すごかったよぉ?ぶつかったコンクリートの方がまぁるくへこんでねぇ。……あれ…もしかして私、本格的に人間じゃなくなりつつある?」
「うん、たぶん。でも……心臓、止まる方が早いかも」
防ぎ切れなかった熱が雪を溶かした水浸しのアスファルトの上を、地下施設入り口へ向けカランカランと歩いていく。あの大剣に触れたせいだろう、スズの両肩の上を通って下へだらりと垂れ下がるフェルトの腕は指先から黒く変色しつつあり、得体の知れない、とにかく肉体以外の何かとなってしまっている。結局あれが何だったのかはわからずじまいだ、いつの間にか消えてしまっていたし。
「そ、じゃ、別にいいや」
背負ったフェルトの位置を直して、歩き続けながら目を前に固定する。今いる一帯の周囲は地平線の先まで焼き尽くされていた、純粋なエネルギー量だけならあんな堕天使より遥かに格上だろう核爆弾の爆発はアマノムラクモ全力の抵抗によって半径100mの範囲のみに効果を及ぼさず、しかしホーシャセンがどうだか繰り返す中国兵と、ほんの一握りだけ残ったロシア兵は1秒でも早く出入り口の扉を閉めたがっていて、慌てながらすべての生存者、できる限りの遺体、役に立ちそうな道具を収容していく。
「後悔してない?」
「んー?どうだろ……兵士としては…兵器としては?これで満足。数えきれないくらい殺してきたけど、私が戦う事で何かが助かった、だったらいいよ、それだけで。……でも…」
「でも?」
「辛いねぇ…死ぬのって……」
「…ん……」
少しばかり黙り込んでしまった中、あくまでふんわりと笑いながら「辛いわぁ」と続ける。
そのあたりで見渡す限りの焼け野原に変化が起きた、空から光の玉が降ってきて、小さな粒のようなものを撒き散らしながら地面に落ちる。それが至る所で、無数に起きる。
「なに…?あれ…?」
「育ちきったら高さが10キロくらいになる樹の芽、って言ったら信じる?」
「ふは…核爆発を跳ね返す女の子とか見せられた後で、その程度の事聞かれても」
だよね、と返す。地下への入り口まではあともう少し、視界を埋め尽くす光の雨を眺めながら、背中のフェルトは辛うじて持ち上げていた頭をこつりと落として。
「こういう…綺麗なの…久しぶりに見た……」
「そう、良かった」
「きれ…い…………」
歩いて、歩いて、扉の手前まで辿り着く、そこでフェルトを降ろす。
「生きてるのか!?」
「…………」
途端に走り寄ってきた中国兵、目を閉じて、仰向けに寝かされたフェルトに取り付くも、スズの沈黙と自分で確かめた脈から判断して目を伏せ、しかしすぐ彼女を持ち上げると、「まだわからん!カプセルの空きはまだあるか!?」と叫びながら施設内部へ走っていった。
「……もういいよ」
『いいのかい?』
降ってきた光のひとつを手のひらに乗せる。
あんな巨大なものになるとはとても思えない、ごく普通の芽だった。長さ2cmで、双葉と、細い根が付く。
「残ったのは絶望だけじゃない、それだけでもわかったから、うん、十分」
『そうか』
望むなら何度でも繰り返せる、そういう意味の事をニニギは聞くが、それは意味がない。うまく言葉にはできないが、きっとこれでいいのだ、何度も何度もやり直して全員を生かそうとしたって自己満足にしかならない。先を見るべきだ、ここのではなく、スズの時代の。
帰ろう、世界をまた終わらせない為に。
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