第221話

たとえ一人になろうとも、全世界に立ち向かい給え!

世界から血走った眼で睨まれようとも、君は真っ向から世界を見すえるのだ。

恐れてはならない。

君の心に響く、小さな声を信じ給え!

-マハトマ・ガンジー























何をしにきた、と、そういう目で睨まれた。

残存するロシア軍100余名、司令部地上施設に立てこもって、地上から押し寄せる咎人と地下から溢れてくる咎人の両方をスズの到着まで食い止め続けていた。そうなるしかない状況であった、アメリカからの核ミサイルがいつ降ってくるかは不明であるが、一刻も早く地下に避難するか、それができなくとも軍施設、大都市から可能な限り離れなくてはならない。にも関わらず彼らがここに留まるのは地上を埋め尽くす黒塗りのゾンビみたいな怪物が原因であり、少人数しかいない味方で多数の敵を食い止めるには”出入り口を少なく小さくするべき”という戦術を取らねばならないという点にある。幸い奴らは走る事も飛ぶ事もできない、2階に上がって、階段に鉄パイプや角材を装備した数名を配置してやればいくらでも耐えられる。問題は敵の数が無限に等しいのと、耐え続けるだけでは無意味だという事。

キリル陸軍少将はその時何を考えていたのだろうか、少なくとも褐色狐耳で緑着物な少女が空髪おとぼけサディストな幼女の操る車に乗って颯爽と登場するとは予想していなかった筈だ。おかげでとにかく睨まれた、2階の窓のサッシを握り潰そうとするキリルは表情が鬼すぎて目を合わせられず、今回ばかりは変態的な事を考えてる様子は無い、例え本物の狐耳なりを見せられても。


「遊んどらんで逃げろ馬鹿者がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


怖い、非常に怖い、さっきの中国兵には悪い事をした。が、とにかく今は咎人、咎人だ。走行中の車両から飛び降り、雪を巻き上げ着地、手始めに光弾の斉射を見舞う。多数の咎人とキリルの怒りをまとめて吹き飛ばしたそれを終えれば生まれたスペースに車は停止、彼が顎を外してる間にフェルトも下車した。

さっきまで戦争相手だった中国軍は完全に崩壊してしまったらしい、いや不確定ではあるが地下への入り口からアレが続々と出てくるのを見る限り無事ではなかろう。ざっと周囲を見渡してみる、スズとフェルトの前方50mにロシア軍の立てこもる建物、その左に地下施設入り口があって、大型トラックがそのまま出入りできそうな大きさのそれは咎人さえどうにかすれば閉鎖可能なように見える。あまり時間は残っていない、ここには間違いなく核弾頭が直撃するだろうが元より想定されていた事、当てもなく逃げ回るよりはあそこに逃げ込んだ方がいい。中に中国兵は当然残っているだろうが、人対人の戦いはもう終わっているし、ここに至ってなお他人を拒絶するような人間はとっくに霧散してこの黒い軍勢の一部となっている。逆に言えば未だ生き残っている者は”絶望していない”のだから、助けを求めれば応えてくれる筈だ。キリルらを救出し、地下施設へ押し込む、それが最も手っ取り早く確実である。だが助けなければならないのは彼らだけではない。

中国兵の1団が外にいた、こうなる前はロシア軍と撃ち合っていたのだろう。距離200m、円陣を組んで、全方位からの攻撃をどうにか凌いでいた。あれは長くは持たなかろう、銃弾では何発も撃ち込まないと撃破できない咎人はただでさえ残り少ない弾薬に猛烈な消費を強いている。


「両方助けたいの?」


「もちろん」


「じゃあ…片方助けてその後もう片方だと、ちょっと時間が足りないねぇ」


危機感を感じられない、のんびりふんわりした声でフェルトは言う。逆算して考えてみよう、地下施設入り口の分厚く巨大な扉を閉めるには1分近くが必要だ、彼ら全員を内部へ移動させるにはすぐ近くにいるロシア軍なら5分、中国軍は急がせても10分はかかる。そしてスズが彼らに接触するには進路上の咎人を切り抜けなければならないので、ロシア軍の為に2分、中国軍の為に5分。大陸間弾道ミサイルは発射されてから地球の裏側に着弾するまで30分程度と言われており、もしアメリカが”本当に報復をするかしないか”でもたついていたりしたら十分間に合う数字であったが、残念な事にロシア軍司令部からの通信がフェルトのヘッドギアに届いてしまった、”ミニットマンは大気圏離脱(ブーストフェイズ)を終えて宇宙空間を慣性飛行中”。


「行って、少将さんと一緒に入り口を確保しとく」


「……大丈夫?」


「大丈夫」


聞いたそれと返したそれでは恐らくこめられた意味が違ったろうが、誰も死んで欲しくないだの何だのいうのでこねる駄々は最早無い。1人だけで無理して誰も助けられなかったら本末転倒、そもそんな考えは彼女に失礼だ。


「任せた!」


4発の光弾を餞別代わりに撃ち込み、フェルトの進路にいる咎人を飛ばし散らかした後、スズだけが反転する。中国軍を地下に逃す為には地上を埋め尽くすこの黒い軍勢に穴を開け道を作らねばならないが、どれだけ消しても尽きない数がいる以上、道を維持できる時間は短い。とにかく合流してしまおう、そう思って咎人達の間をすり抜けるように疾走していく。ついでに最低限、夢幻真改の刀身を振り回して左右の咎人を斬りつけながら200mを駆け抜け、接触した瞬間、彼らの前後左右に玉を散開させる。

ゴゴゴゴォン!と鐘の音が鳴った直後、撃つ相手を失った中国兵は射撃をやめてくれた。丁度よく弾切れを起こしただけかもしれないが、少なくともこちらに撃ってくる事は無く、ついでに諦めかけてもいたので、「走って!」と言えば不要なものを捨て、まだ使えるものだけ持って、素直にスズの後をついてくる。そうしたらとにかく急ぐ、押し寄せる咎人を消し飛ばし、薙ぎ斬り、打ち上げ、彼らが通り抜けられるスペースを作り続ける。


『えっ……』


「なに…!?」


スタート地点まで戻ってきたあたりだった、ニニギがいきなり声を漏らした。ありえないものを見たような、よりによってこのタイミングで、というような。


『アマノムラクモを!早く!』


言われ、慌てて夢幻真改を鞘へ、翡翠の刀を左手に握る。それで何をすればいいのか、と、ニニギへ聞く前にスズ自身が気配を感じ取った。急速接近する、明らかに”こちら側”由来の、しかも邪な気を放つ何かだ。右後方、目を向けた途端に高速で飛んでくる物体を捉え、慌てて玉だけを護衛に中国軍を先に行かせ、全力でアマノムラクモを振り上げる。


「ぐぅ…!?」


文句無しの最大出力だ、核兵器とやらにも匹敵する衝撃波が放たれた筈である。しかしそれは現れた人型の物体に何のダメージも与えられず、ただ進路だけを僅かにずらして、スズと中国軍を諸共に叩き潰すコースから、スズ眼前に落着するコースに変える。飛び散った土と爆風と轟音によろめいて、どうにか倒れずソレへ目を向ける。


『そんな…馬鹿な…ありえない……まだ顕現してから数十分、しかもここはアジアだぞ…!』


褐色の肌を持つ男性がいた。下半身だけを黒の布で覆い、背中に鷲に近い翼を持つ男が立っていた。やや黄色混じりの白色をした短髪をすべて後ろへ流し、表情は優しげなようにも、下卑たようにも、不敵なようにも見える微笑。先述通り衣類は腰から足元までを覆う黒衣のみであるものの、右手に細身の長剣を握っており、蛇が巻き付いたような装飾と、十字架を模しているらしい鍔を持つそれは今の所下を向いている。そして最も目立つ、一目見たのみでどこ所属の何者であるかを判断する材料になり得る翼は黒く、着地の瞬間は開いていたが、巻き上がった粉塵の中から再び姿を見せた時には背後に畳まれていた。


堕天使と、そう呼ばれるものだ。善悪二元論という思想の中に生まれ、存在意義の通り人の悪意のみによって形を成した人類の敵対者。


「ありえない、などと安易に言うものではないよ東洋の天孫。元より我らはそういうものだ、例え生まれ落ちたばかりとて」


丁寧な、聞いていて心地よくなる声だ。相変わらず敵意が有るのか無いのかわからない微笑を浮かべ、左手でオールバックの髪を一梳きし、クレーターとなった着地点から1歩、足を踏み出した。応じてスズも1歩後退して、左手のアマノムラクモを片手で正面に構える。


「さてお嬢さん、時間を越えた来訪者よ、心苦しい事に君は私に見つかってしまった。それだけ、ああ、それだけなのだ、私が君を邪魔する理由は。抗っているのが許せない、希望を抱いているのが許せない、隣人を救おうとしているのが許せない。人を憎む、私はその為だけに存在する敵対者」


このアマノムラクモは日本神話の中で最も有名な神器であり、東洋全体、世界全体で見ても最高峰の攻撃力を持つ。アマテラスの弟であるスサノオがヤマタノオロチを討伐した際に尾から出てきたもので、一度はアマテラスに献上され天界に上げられるも、地上の統治の為にニニギによってまた下ろされたものだ。これは形代(レプリカ)だが、本物の役割を肩代わりする都合上、発揮できる能力は本物と大差無い。天皇の武力を象徴し、幾度となく戦いに使われた歴史を持つそれは西洋の聖剣や魔剣と比べても遜色ない武器と言える。


「我が名はルシファー、明けの明星、妨げる者、光をもたらす者。地獄の底より君に絶望を与えにきた」



そんなものを携えてなお、絶対に勝てないと確信できる相手が現れた。



「なんで…!」


『活動開始が早すぎる!ああいうのを押さえ込んで人から遠ざける守護者…彼の場合はミカエルやウリエルといった大天使がまだ目覚めていないんだ!話し合いは通じないよ!人の邪魔をするのが彼の存在意義だからだ!』


「何をするべき…!?」


『どうしようもない…我々の強さは概ね知名度と比例関係にある、地球上の最大宗教、更にその中でも頂点に位置する”悪役”だ、奴にとって僕なんか、有象無象にすら……』


2歩進んでくる、スズも2歩退がる。周囲の咎人は襲ってこない、この男が現れたせいだろう。背後にいる中国軍とロシア軍にはどうなのかは、下手に目を離せばその瞬間に殺されそうなのでわからないが。


「安心するといい、こうして話をしているだけでも私の目的は達成される。ほら、見えるようにしてあげよう」


と、睨みつけつつ後ずさるくらいしかやる事の無いスズに、ルシファーなんてあまりに有名すぎる名を述べた彼が言って、わざとらしく指を鳴らすと、途端に上空の雲が割れた。

今までずっと空を覆っていて、太陽光の地表到達を阻害し続けた粉塵の雲は何らかの爆発に吹き飛ばされたか如く消え去り、久しぶりに浴びた陽の光に目を細める。眩しさに慣れた頃、目に入ったのは円形に開いた雲の穴と、その先にある、今まさに核弾頭を分裂させる最終段階に入った大陸間弾道ミサイルだ、3つの弾頭が光の尾を引いて、そのうちひとつはまっすぐこの場所へ。


「ッ…!」


『ああ…駄目だ…時間遡行もできやしない……こうなる前に……』


いや、ここまで来た事に別段後悔はしていないが、とにかくアレが着弾すればスズ諸共にすべて燃え死ぬ。そうならない為にはコレを退けねばならず、それが出来ないのは先の通り。落ちてくる前に事態を打開せねばならない、この見た目紳士性格最悪な堕天使を追い返し、この場すべての人間を地下へ押し込め、そしてスズは元あるべき場所へ戻る、ああそういえば”当初の目的”をいい加減忘れ果てていたが今はいい。言うのは簡単だ、言うだけなら。


「ふむ…諦めていない顔だね。ならもう少し」


脈絡は無かった、どうすればいい、などと、呑気に考えていたら、あれこれと思考を巡らせる事すら気に食わないらしい、いきなりそいつは眼前に現れた。


やはり勝てない、頭使ってとか出し抜くとかいう話ではない。


「悲観して貰おう」


ただ振っただけ、という感じの長剣が視界の端で急加速を始め、

その後一瞬、記憶が飛んだ。


「え……」


防御はした、アマノムラクモからの衝撃波もちゃんと発生した。その上でなおスズは弾丸の如く吹き飛んで、気付いた時には司令部施設の内部で倒れていた。決して薄くないコンクリートの壁は崩壊、室内には白い粉塵が舞っていた。ガラガラと崩れる壁の音に紛れてロシア兵のものらしい騒ぎ立てる声が微かに聞こえ、近付いてくるのを感じながら体に乗っていた瓦礫を押しのける。


「が…!げふ…!づ…!」


「おい!生きているか!?」


「来るな!!」


半ば無理矢理立ち上がって防御姿勢を取るも、2撃目はスズではなく、彼らに向け放たれた。何かに例えるのもはばかられる轟音と共に階段だった場所は瓦礫の山と変わり、無事な人間の姿は1人も見えない。

いや居た、無事ではないが、瓦礫に埋もれるキリルの姿があった。痛みで歪めた顔と呻き声から死んではおらず、ただ下半身を潰したコンクリートは確実な致命傷を与えている。あれはもう長く生きられない、今から助け出したとて。


「まだ他人の心配ができるのか、凄いを通り越して恐ろしい。人間とは恐怖に勝てない生き物だ、特に死の間際においては、何よりも自らが優先されねばならない」


「……へぇ、そんな特別な事とは思ってなかった。だってみんな死んでった、みんなの為に戦って…」


「ふむ…既に諦めたからこその献身か?それはつまり、これ以上の苦痛に耐え難いからという自殺と変わらないのではないか?私が話すものではないと思うが、死を受け入れるのは弱者のする事だ、自らを犠牲にするなど、自殺を正当化する為の言い訳に過ぎない」


違う、と、一言だけが心底から湧いてきた。大それた翼を羽ばたきもせず、気付けば壁を失った部屋の端に立っていたソレを見据える。

確かに防げなかった、世界は終わりを迎えてしまった。どうせ何も変わらないと誰もが一度は思った筈だ、そうやって諦めなければ、これから始まる無謀な戦いに結果を求めてしまいそうで、それはただ辛いだけだと目を逸らしたがった。

だが違う、彼も彼女も皆、死に場所を求めた訳じゃない。最後まで抱き続けた、結末は決してなどいないという希望を、より良い未来に繋がる筈だという希望を。そうして恐怖を乗り越えた先に待っているのがあんな世界だとしても、きっと皆は


「帰れキザ野郎ーーーーッ!!」


言いたい事を口に出そうとする前に、別の方向から罵声と銃弾が飛んできた。


「……ふむ…」


寸分違わずルシファーの頭部めがけて飛んできた拳銃弾は命中寸前で金属音を立てて何かに弾かれてしまったが、罵声の方は彼から笑みを奪った。怒ったというよりは興を削がれた為のように見えるものの、立て続けに弾の飛んでくる方向へ白けた顔で目線を向け、階段だった瓦礫の中腹、下半身を埋もれさせたままハンドガンを撃ち続けるキリルを捉える。


「貴様は何だ!天使か!?神か!?それとも単なる半裸の気違いか!?いやなんでもいい!訳のわからん事を喋りながら訳のわからん事をしおって!恐怖だと!?諦めだと弱者だと!?馬鹿めが!うちは志願制だ!そんな考えを持っている奴がそもそも軍人になどなるかーーッ!!」


「……」


「邪魔だ人外!御使いなどという古臭いものは俺達にはもういらん!天に帰って人の繁栄を眺めていろ!」


弾が切れる、カチカチと音が鳴るだけになる。


「なかなか吠える死に損ないだ。神の使いはやめたのだが…まぁいい、何と言った?不要だと?お前達が産み落としたこの必要悪(わたし)が」


僅かに笑みを取り戻しながらルシファーが体ごと向き直る。


「聞こえなかったのか勘違いキザ野郎!なら何度でも言ってやる!帰れ!邪魔だ!消えろ!貴様の居場所など世界のどこにも存在せぬわーーーーッ!!」


次いで長剣を握った右腕がピクリと動く、まずいと直感し、止められる気はしないがそれでもアマノムラクモの柄を握り締めた


その瞬間、突如として助けがやってきた。

いややってきたというか、降ってきた。


「何!?」


上にある何層もの床と天井を突き抜けて、スズの斜め後方からやってきたそれは手始めにルシファーへ直撃し、七海が用いる防御装甲のようなものを再展開不可能なまでに崩壊させ、飛んできた勢いで立っていた分厚い床ごと彼を室外へ追いやる。呆気に取られているうちに地面へ到達、叩きつけられ、僅かにバウンドしたルシファーへ衝撃波の追い打ちをかけて、深さ3m程度までの土と、周りに群がっていた咎人の一切合切すべてをまとめて吹き飛ばした。にも関わらず、スズを含めた人間はぽかんと口を開けたのみ。


「がぁっ…!ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


黒く、無骨な大剣である。定義上のグレートソードとは両手持ちの両刃剣のうち特に長大なもの、主に全長2m程度のものを指す。その上で言えば柄を含めて1m少ししか無いそれは大剣と呼ぶには小さすぎるが、元々厳格な規定がある訳でなし、それに只の長剣と呼ぶにはあまりに幅と厚みがありすぎる。


「何故だ…!まだ私しか…!いやあり得た話として…何故そちら側に付く!!」


素材不明な黒い剣身は先端から前半部にかけて緩やかな曲線を持ち、曲線の終わりから後半までは幅15cmで一定、そこで直線的に幅は増して、広がった剣身後端が鍔の代わりを務める。柄は白い布を巻いたのみ、装飾等一切無く、ただただ無骨で、大きく、分厚い。


「ぐふ!はっ…!この……なぁっ!?」


その横で転がり呻くルシファーが両腕を立てて上体を起こした頃、人間離れした速度で駆け寄る人影がひとつ。


「人間もどきがぁ!!」


ほとんど減速せず刺さった大剣を引き抜く、空色の三つ編みが翻る。

咎人あたりに一撃貰ったのだろう、既に頭から血を流していたフェルトがそれを両手で握った瞬間、明らかに拒絶されたような異音と明滅を起こしたが、構わず彼女は相手を殺す事しか考えていない目で、勢いそのまま飛び上がり、左肩から後ろへ向けた切っ先を振り回し叩き落とす。防御に入った長剣と接触すれば両者が同時に衝撃波を発生させ、フェルトは吹き飛び、地面には3mプラスされた計6mの穴が穿たれ、応じてルシファーもまた潰された。


「行け!徹底的に叩きのめせ!」


「ぇ…でも…!」


奴はまだ生きて呻いているが、今なら動きを止めている。これを逃せばもう無いとキリルが叫ぶ中、スズはまず彼と、どう見ても無事では済まない飛び方をした彼女の行き先を交互に見て。


「構うな!俺達を気にかける事は許さん!何もかも無駄にする気か!行け!行かんかーーッ!!」


しかしすぐに床を蹴り付け、しまいっぱなしだった神器もうひとつ、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を宙に浮かべる。フツノミタマと同じく戦いは専門外だがブースターにはなろう、これで正真正銘の全力、これ以上は今のスズには無い。


「ち…!」


「だああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


床の端から飛び、アマノムラクモを最上段に持ち上げて、落下の勢いさえ一切殺さず、微笑などどこかに捨ててしまったルシファーめがけて全力で。


直後、どこまでも続く深い深い亀裂が地面に走った。


『やった…?いや…逃げられてる…!でももう大丈夫だ!とにかくどこでもいいから別の時代に!』


「いやまだ!!」


褐色肌の堕天使の姿は接触の寸前あたりで消えてしまっていた、仕留めるのには失敗したが最早それはいい。冗談抜きに大地の割れる音と地震を受けつつスズは視線を上へ、着弾までもう数秒も無い、すぐそこまで迫った円錐形の核弾頭を見据える。


『いや、そんな、無茶な!!』


ニニギの叫びは一切無視して、続けざまに2撃目。


振り上げられた一閃は弾頭を捉え切り、そして人類最強の熱量を持つそれは、すべての炎を上方のみへ噴き上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る