第219話

正義とは実は簡単なことなのです。困っている人を助けること。ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです

-やなせたかし




















「ほんっとどうでもいい事聞いていいかな」


「どうでもいい事」


「どうでもいい事」


「何?」


「チャーハンとピラフどっちが美味しいと思う?」


「うっわほんとどうでもいい……」


轟々と煙を立て、後端から火を噴く巨大な円柱が空へ登っていく、ふたつみっつと増えるそれが宇宙へと駆け上がっていく。

半径数km、数十kmを消し飛ばす核弾頭を先端に複数積んだ円柱である、すぐに宇宙まで到達し、目標上空まで惰性で進んだのち、切り離した弾頭だけが散らばって地上に戻ってくる。


敗北を告げる光だ

世界の終わりを告げる狼煙だ


「てかなんでそのふたつ?」


「ヒナちゃんはアメリカ人だからケイジャンライスにするべきだったんだけどね、いかんせんチャーハンとケイジャンライスじゃ話にならないというか」


「よぉーし全アメリカ人に対して土下座しろ今すぐ」


アメリカやロシア、ヨーロッパに向けスタートを切ってしまった大陸間弾道ミサイルを前にしてもなお戦争は終わりたがらなかった。実際には終わりを宣言する人間が死んでしまったからなのだが、隠し通路のあるトーチカに残されたヒナとメルは片時も休む事なく射撃を続けている。雪崩のように押し寄せる中国兵を食い止めているのは2人の他には3人の米兵のみ、戦いが始まった途端にエドワードはいつの間にかどっか行ってしまっていて、戦車を含む装甲戦闘車両はとうにガラクタと成り果てている。


「同じもんだと思ってる日本の人多いんだよねぇ。チャーハンは炊いてから炒めるの、ピラフは炒めてから炊くんだよ」


「結果同じじゃん」


「違うよ全然違うよ、頭と舌大丈夫?いや大丈夫じゃないかアメリカ人だもんね」


「土下座じゃ足りそうにないわね、小指詰めろ小指」


スナイパーライフルが弾切れを起こした直後に右手でハンドガンを突き出し左手はメルへ、「これでラスト」と言いながら渡された弾倉を片手で器用に装着して、ハンドガンを戻す。


「……で、いいの?最後の会話がこんなので」


「いいの。別になんでもいいんだ、死ぬ瞬間こそいつも通りでいるべきだと思うよ私は」


笑いながら言うメルの顔をちらりと見て、「そっ」とだけ呟く。さて最後の会話も終えたし最後の射撃と洒落込もう、そう考えてスナイパーライフルを持ち上げた、のだが。


「…………何?」


異変が起きた、それこそ異変としか形容できない事態が。


最初は死体から始まった、2人の横に転がっていた米兵、脇に退けておいた中国兵、所属を問わずあらゆる死体から黒い霧が噴き出てきた。トーチカ内に限らず、見ればまだ生きている敵兵達も攻撃を中断し、辺りを覆う霧に困惑している。そうこうしているうちに生きた人間もいくらか、こちらでは米兵1人が跡形もなく、霧散して消えていく。


消えるものが消えたら、後はそう時間はかからなかった。


「え……何?」


頭の無い、切り抜かれた影みたいな奴だ。全高3m程度、やたら長い腕を引きずり、よろよろとゾンビ歩きする。腕は先端が尖っていて、触れたら斬れそうな、実際鞭みたく叩かれた残りの米兵は綺麗にすっぱりと切断されてしまった。彼らの悲鳴と血の飛び散る音が止んだ頃、代わりにギーギーというか、ガリガリというか、とにかく聞いてるだけで不快になる声を上げ始めたソレをメルは呆然と眺め、


「ヒナちゃん、友達?」


「んな訳……」


先に我に返ったヒナが、メルの肩を掴んで押し飛ばした。


「ないでしょうがぁーーッ!!」


諸共に転がる、座っていた木椅子が真っ二つになる。


「んじゃこれ何!?」


「知らんわ!!」


床に寝転がったまま咄嗟にハンドガンを向け発砲、しかし5発しか残っていなかった上、黒塗りの胴体へ着弾したそれはなんか、飲み込まれたかの如く消えてしまう。椅子を切断した右腕がまた振りかぶって、めちゃくちゃしなりながら落ちてきたので、スライドストップしたハンドガンを手放し右手を合わせる。


「ぐ…!」


ギリ勝ちした、掴んだ手のひらは皮膚が削れてしまったが、代わりに相手の槍みたいな右腕を引きちぎり、メルが立ち直る時間を確保。重アサルトライフルの薙ぎ払い射撃を受けてようやくそいつは霧散したものの、それで終わりという事は決してない。トーチカ内だけでも10体以上、外に目を移せば……うん、数えるのはやめよう。


「いやだぁぁぁぁ!!いくらなんでもこんな訳わかんないのに殺されて死ぬのはいやだぁぁぁぁ!!」


間も無く重アサルトライフルも弾切れ、すぐ近くにいたのはどうにかすべて消したが、残るはヒナのスナイパーライフル10発、メルのハンドガン20発。ただ撃つだけでは消えてくれないのは今見た通り、薙ぎ撃つようにしなければならないのでせいぜい2体が山であろう。明らかに刃物で相手した方が相性が良い、かといって足をやってしまった現状ナイフで立ち向かおうとかいう話にはどうしてもならず、メルに引っ張られてトーチカの端へ。


「どうする!?こんなゾンビみたいなのと戦った事無いんだけど!」


「ゾンビゾンビゾンビ…!あそうだ!あのねまず銃砲店に逃げ込んで裏口から出て……うろ覚えなんだけどバスケットコートがあった気が……」


「それゲェームゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」


よろよろ歩き寄ってきた1体へスナイパーライフルを乱射、7発使ってそれを消す。もう人に向かって撃つ事はなかろう、3発残ってても仕方ないので適当に撃ってしまって、とりま転がっていた椅子の残骸(良い感じに尖ってる)に持ち替える。

と、そこで救世主が現れた、真夏の快晴みたいな空色の髪で編まれたなっがい三つ編みを舞わせて階段から飛び出してきた。中国兵の猛攻に備えてアサルトライフルを構えていたものの、予想外すぎる事態にフェルトはしばらく口を開けぽけっとしてしまい、


「…………お友達?」


「だーかーらぁ!!」


第一声はともかくさすが近接戦の達人、復帰するやライフルはヒナへ投げ、腰の鞘からコンバットソードを引き抜く。そこから先は早かった、相手はもとより閉所で自在に動き回れるサイズではなく、フェルトは戦闘モードに移行するや自身の2倍以上ある身長のそれをまったく危なげなく輪切りにして回る。今のうちだ、米兵のものだったライフルを回収、メルに持たせ、階段まで引っ張ってってもらう。

階段の下にはフェイがいた、目をぐるんぐるん回してうずくまっていた。いやまぁ気持ちはわかる、でも軍人的にそれはどうなのか。


「怖がってる場合じゃないっつーの!」


「無理!無理無理無理無理ぃ!あんな明らかに理屈通じそうにないの本当無理!!」


要するに「お化け怖い」というのだ。火山の時といいこんな見た目も体裁もありゃしない状況にあって尚いちいち女を出してきやがる彼女にいい加減イラっときて皮膚の剥がれた手のひらでべしべしする間、ひとまずトーチカ内の安全が確保された為にメルがフェルトに近付く。


「誰がまだ生きてるか聞いてもいい?」


「あんまり聞いて欲しくないなぁ……」


「じゃいいや、この後は?」


「ここ以外で核攻撃に耐えられる場所まで行かないといけないんだけどぉ……わぁっ!」


トーチカの外にいたのが壁まで辿り着く、威嚇なのか知能が無いのかいくらなんでも絶対壊せないコンクリートのそれを殴って破片を散らす。イラついた勢いそのまま椅子片をぶん投げ、黒塗り謎怪物の腰部分に命中、消えはしなかったが停止させた。改めてフェルトが斬れば跡形もなくなって、そして移動に備え肩を担いできたメルに体重の半分を預ける。


「……どうやって行く?間に合うかどうかは別として外完璧にラクーンシティなんだけど」


「乗り物まで辿り着ければなんとか……高機動車でも戦車でもアサルトギアでもなんでも、専門職いるんだし」


「ちょ……」


「ただ…この状態じゃ……」


言った途端にフェイが青ざめるも無視して怪物だらけの外を睨む。地獄絵図だ、中国兵達が悲鳴を上げながら刺され、裂かれていて、おかげで車を奪うのに苦労はなかろうが、道すがらにいる連中をどうにかする目処は無い。唯一マトモに対抗できるフェルトも無数の怪物を見て顔を引きつらせてしまった、弾丸1発で死んでくれない相手がこれほど辛いとは。


「あぁ…ヤッバきた」


それらのうち一部、100体前後が一斉にこちらを向く。あれは駄目だ、接触した途端に四方八方から串刺しにされる。


「戻って!早く……ッ…!」


洞窟の先の方がまだマシに見える、そう思って背後へ目を移した。丁度、その洞窟から出てきた黒塗りがのそりのそりと階段を登り終えた所だった。

駄目、うん、駄目だな、あそこから出てきたって事は中国軍司令部もきっと。



「ぇ……」


諦めかけたその瞬間、腕を振り上げたそれは胴体を両断され。

この為に居たとしか思えないような、皆に言葉を失わせた彼女は緑色の着物姿で横を走り抜けていった。

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