第217話
生きる意味など知らないままでいい、いつか笑える日が来るのならば。
-フローレンス・ナイチンゲール
無駄となるように、なんてパスワードを付与された隠し通路を実際に使ってみると、その言葉が”どちら向きに”残されたものなのかわからなくなった。非常時の緊急脱出用とも取れるし、こうやって核発射を止めに来た敵を楽させる為とも取れる。
「できた」
「よし、全員廊下へ」
中国軍司令部内、辿り着いたのは発電室だった。ごうごうと音を立てて施設全体に電力を供給するそれは、もし停止したら非常に困るものであり、予備発電機やUPSがどうせあるにしても、目の前にどんと置かれたら爆破しない訳にはいかないだろう。フェイが爆薬をセットしたのち一行と米兵、全40名は部屋を出て、今の所は誰もいない廊下を各々右左へ散開していく。
無機質な、戦艦の艦内を彷彿とさせる内部だ。打ちっぱなしのコンクリートにむき出しのパイプやダクトを貼り付けた通路で、あまり金をかけていない事がわかる。正確な現在位置は不明ながらおそらくここは最深部、人の出入りなどほとんど無いからこんなもんでいい、という感じか。
「戦闘指揮所はどこだ?」
「どこだろうねぇ」
「だろうねぇじゃないよ気が抜けんだお前の声は」
理不尽な……とかフェルトが呟く中、米兵達は先行してしまい、発電室前に残された4人はまず停電に備える。シオンはアタッチメントのフラッシュライトが無事かを確認、フェイはザックから手首に巻き付けるタイプのLEDライトを、フェルトは首からぶら下げているゴーグルを目に当てる。
「……どうしよ?」
『気にしなくていい、暗くなるだけだろう?』
便利だな神様、1家に1台欲しいわ。
元々何も持っていなかったスズはニニギの言葉に従って何もせず、「すぐ後ろにいて」というフェイに密着する程度。爆薬は時限信管だ、間も無く停電して、予備発電機が作動するまで真っ暗闇になる。その僅かな時間でどれたけ戦闘指揮所に接近できるか、鍵となるのはそこである。
「どこかのパソコンから構造図をダウンロードできない?」
「そういうのはメルの仕事だった」
5分は無いだろう、道に迷う訳にはいかないのだが、悲しいかな目的地を正確に知る術を今の一行は失っている。できないものを悩んでも仕方ないのでスズ以外の3人は一斉に行きたい方向を指差した、シオンとフェルトが合致して、後はスズであったが、完璧に勘で決める前にもしやと思い小声でニニギに話しかけ。
「わかる?」
『ここは施設最奥部だ、敵の侵入は考慮されていない。防御や隠蔽は度外視して、なるたけ効率よく設備が配置されている。目に見えるものは信じていいと思うよ、天井の電線とか』
「あ……電線を辿る?」
「それだ」
「「それだ」」
3人の人差し指が揃ってスズに向けられ、爆発まで時間の無い中フェイが発電室へ。すぐに出てきて「M1!」と言い、その番号が振られたケーブルの伸びる先へ走り出した数秒後、背後でボゴン!と音が鳴った。
突如現れた暗闇はしかし、4人の誰にも足を止めさせず、シオンとフェイはライトの光で、フェルトはゴーグルの暗視機能で、そしてスズはニニギの視覚補助でそれぞれ視界を確保、減速すらせずケーブルを辿っていく。
びっくりするくらい何の変化も無かった、照明の消灯によって停電した事はわかったが、天井を照らすフェイと進路を照らすシオンの行動に何の恩恵も感じられないほどスズの視界は明るいままである。だから辿るケーブルを間違えそうになった3人へ指摘し、正しい道へ戻して、困惑されながらも手動開閉する両開き扉まで辿り着く。
「フェルト、何か見えます?」
「多数の話し声と若干の足音。規則性は…無いなぁ、なんにも見えなくて彷徨ってるだけだねぇ」
「では行きましょう。3、2、1……」
M1のパイプはいい加減壁に潜ってしまい、これ以上は辿れそうに無いが、目的地が近いのは間違いなかろう。いったいどういうゴーグルなのかわからなくなるフェルトのそれが敵の気配を捉えた為、正解に行き当たった米兵が1人もいないのに不安を覚えつつも、騒ぎを起こせばみんな寄って来るだろうと思い、「ゴー!」と叫ぶシオンが扉を押し開ける。フェルトと、続けてフェイが駆け込んだ先、突然ライトに照らされて、というかあらぬ方向からの攻撃に驚く中国兵を漏れなく撃ち倒して尚も前進。
「战斗衙门令本部とか壁に書いてあったけど今!何の本部!?」
「チャイニーズはメル!」
「またメル!」
とにかく本部とあるなら重要な部屋の筈だ、某企業の某翻訳ばりにすべての文字が日本語に置き換わって見えているスズは戦闘司令本部とやらに向かっていると理解しているが、正解しているならわざわざ指摘しなくともいい。
示された矢印の先へ爆進する一行の背後をスズはひたすら警戒し、中国兵が現れたらサブマシンガンを発砲して倒すか、もしくは後退させる。いきなり内側から湧いて出た敵に相手は混乱しきっており簡単に撃破、撃退できるものの、そうこうしていたら最後の弾倉が曳光弾を放出してしまった。残弾残り3、そんな情けない状態の銃で最も重要な交戦を行う訳にはいかない、皆のハンドガンと共通の実包なので譲って貰えばもうちょい増えるが、ハンドガンの弾倉から弾を抜いて移し替える暇などある訳なく、ぽつりと「ありがとう」とだけ言い、役目を終えたサブマシンガンをその場に置き捨てる。
「ここか?よしここだ!当たり引いたぞ!」
他とは明らかに雰囲気の違う扉を見つけるやシオンはリュックサックを投げ出し、残ったありったけの爆薬を仕掛け出す。その間に照明が点灯したので予備電源が作動したらしい、敵の動きが復活するのを懸念するも先に現れたのは置き去りにしてきた米兵達だった。これなら安心して突入できる。
「ごめん、弾が無いから先に行かせて」
「弾が無いから先にて……うおっ…オーケー、スズが先行」
いきなり出てきた夢幻真改の刀身で皆をビビらせつつスズは先頭へ、なら無闇に発砲できんとフェルトも扉の隣に張り付いた。
「第1に指揮官、第2に核ミサイル発射に関係してそうな機材を狙ってください。我々はキーコードを持っていない、発射シークエンスを始められたら、負けですからね」
「わかった」
爆薬の信管を起動、壁際でしゃがんで起爆に備える。爆発直前に室内からの怒号と、ドアノブを回す音がしたが、扉は開かず、爆発の衝撃波によって内側に吹っ飛ばされた。
「やれぇぇッ!!」
その中に、爆音と、シオンの叫びを聞きながら、スズは太刀を両手に室内へ飛び込んで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます