第216話

決心によって正しくあるのではなく、習慣によって正しくなり、単に正しいことが出来るのみではなく、正しいことでなくてはやれないようにならねばならない。

-ヘンリー・ワーズワース・ロングフェロー






















ライン3、予定進撃ルート外、山脈中腹、残り1km

独立分隊”スリーシックス”

リタ・”シオン”・ラフベルク




「クリア」


コンクリート製の丸いトーチカを戦車砲でボコボコにしたのち破口から手榴弾を投下、シオンとメル、フェルトとフェイの4人で内部を捜索し、合計で20発程度の弾を使ったあたりで敵は1人もいなくなった。安全が確保されてから外へ手を振ると、まずエドワードがアサルトライフルを構えながら入ってきて、それに守られる形でカスタムガバメントを握るスズと、彼女に肩を貸され、故障した左足を引きずるヒナが続く。装甲車に潰されたのだ、普通なら重傷、っつーかG的な意味で発禁処分待ったなしだろうが、不幸中の幸いというか、彼女の足は生身でなく、それにたとえ千切れようと一切の痛みを伴わない。


「まったく情けない……このへんに降ろして、壁にもたれかかりながら外に発砲できるあたり」


そこらにあった椅子を壁際まで持ってきてヒナを座らせると、悪態をつきながらスナイパーライフルを持ち上げ、適当な体勢で外の監視を始める。義足は一応原型を保ってはいるもののハンドツールのみでの修理は不可能で、実質、ヒナはここまでだ。それを終えたらスズはガバメントの弾倉を抜き取り、弾が1発も入っていないのを確認。予備弾倉があったのでマガジンポーチに入っている方を引き出してガバメントに装着したが、サブマシンガンの残弾が心許ないのか、近くにいたエドワードへ.45ACP弾が7発ばかし欲しいと言うも、彼が持っているのは9mmパラベラム弾、余っていてもガバメントには合致しない。


「本当にここ?騙されてんじゃないでしょうね」


「もしそうなら私は14キロくらい遡って彼を殴り倒しに行かないといけなくなるから騙されてない」


戦車2輌、各種ストライカー4輌、武装ハンヴィー1台、エドワードを含めた歩兵約50人、以上が一緒にここまで辿り着いた味方である。彼らが周囲を警戒する中、手分けして内部の床をがさごそする事数分、フェイの証言通りにキーボードパネルが発見された。「ほらあった」と言いながらフェイがパスワードを入力すれば、床の一部がスライドして階段が現れた。


「”どうかこれが無駄となるように”、か、すいませんね有効活用しちまって」


5mほど降下する階段とその壁はコンクリート製、そこから先は岩肌剥き出しの地下通路が延々と続いている。方角は司令部の方向に合致、ハッチを開放した事が向こうに察知されたかは知らないが、少なくとも敵兵が待ち伏せしていたりは無かった。ただまぁ、隠し通路があるこのトーチカが奪われた事は伝わっているだろう。


「内側からか外側からかはわかんねーですけど敵が来ますよ、本隊の状況は?」


「中国軍司令部の地上施設へ達した、地下への出入り口も無事確保して、既に突入を始めている。ただ…辿り着けたのは500名以下だ、増援は来ない」


厳しい話だ、エドワードからの情報を聞いて顔をしかめる。米露連合軍8000名、そのうちチェブラシカを除いて4000名を数えた旅団は現在、1個大隊程度の戦力しか残されていない。これから先は地下施設という限定された空間内、そんなに大勢いても仕方ないのも確かではあるが。敵は内部だけではない、1点のみを突破してきたのだから、外にはまだ師団規模の敵戦力が残存している。

極めて迅速に、限られた戦力だけで、僅かに生き残った者達すら死に絶える前に目的を達さねばならない。


「行ってきて、私はここで待つ」


「あ、じゃあ付き添うよ」


と、立って歩く事ができなくなったヒナは言う。そうしたらフェイの時と同じようにスズが渋い顔をし始めたが、すかさずメルが付け加えて、更に内部突入には絶対参加出来ないだろう戦闘車両群を指し示す。分の悪い話ではないし、どのみち退路は必要だ。「大丈夫?」なんて彼女はしきりに聞くものの、立てない時点でこうなる以外に選べる選択肢は無いのである。


「よし、フェルトとスズとフェイと私が突入、ヒナメルはここを防衛します。少佐、そちらは?」


「2個小隊を行かせる、俺を含む残りはここに残るが……いいか?」


「うん?」


持っているすべての弾倉を床に並べ始めたヒナとメル、及びまだ心配そうな顔のスズから遠のくように、シオンはエドワードに引っ張られていく。トーチカ内部の隅、ここなら話は聞かれないだろうという位置で彼は背を丸め、シオンの耳元へ顔を寄せる。


「敵が来たら、俺は陽動に出る。お前が事を済ませて戻ってくる事ができたら、必要がなくなるまででいい、全員の指揮を代理して欲しい」


「……どうしてどいつもこいつもそうやって死にたがるのか」


困ったというか、ただ呆れた、全員で生き残る為に戦っているのに誰一人とてそこを目指していない現状に。

合わせて70名程度、ライアンこと第3ストライカー旅団戦闘団に残されたすべての戦力である。戦闘開始前は1000名、元はと言えば3000名の規模を持っていた旅団だったと思うと絵も言われぬ寂しさを覚えるが、そこまで減っているなら専門職ではないシオンでも統率が可能だろう。

ただそれはそれとして、本来指揮官とは部隊が存続している限り逃げても死んでもいけないものだ。


「怒られますよ、スズに」


「いやぁそれは出来れば勘弁願いたいが……だがいい、最善だと思ってる、俺が出るのが」


割り当ては決まっていたらしい、スリーシックスに先行して歩兵36名が階段を降りていく。エドワードが囮になる件に関してシオンはまだ納得していなかったが、かといって彼の行動をやめさせる権限を、いや権限とか階級とかもはやそんなものはどうでもいいとして、これから敵中枢へ向かうシオンに、彼を止める術は無い。


「死にたい訳じゃないでしょう?」


「もちろん」


「ならいい。後は任されます、お好きにどうぞ」


「すまない、頼んだ。……あと、最後にもうひとつだけ」


「……?」


と、エドワードはちらりと後ろを見る。米兵達は階段の先に消えてしまったか、迎撃準備を終えてじっとしており、ヒナメルは同じくトーチカの外を眺めて雑談中、突入組の3人の目線は、あさっての方向。


「ちょっとここに」


「ふふっ……」


そっち方向の経験値がいくらゼロとてそれくらいはわかる、突き出した左頬を指差すエドワードにまず乾いた笑いを送り、彼の左肩に右手を乗せ、合わせて背伸びしながら、頰の中央あたりへ自分の唇を押し当てた。


「ん」


ほんの一瞬、まさしく押し付けるといった感じながらすぐに離れ、終わったら一切の会話無く、完璧に決心をつけた顔をする彼の背中を叩いて外へ向かわせ、自らは突入組と合流

階段の1段目を踏みしめる。


「よしラストだ!終わらせるぞ良い意味で!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る