第207話

平和とは戦争が無い状態ではない。平和とは、美徳であり、心の状態であり、慈愛、自信、正義を求める心持ちである。

ーバールーフ・デ・スピノザ





















ライン2、残り19km

独立分隊”スリーシックス”

EAー6”フェルト”




「確認する!交戦開始からこっち、絶えず私らの5〜6キロ先を進んでた米軍部隊、コードネーム”ブリッツ”がアレ!ブリッツの2キロ後ろにいた露軍部隊”クローリク”がソレ!そんでもって同行していた米露連合部隊”ボスポラス”がコレ!見事に集結しちまっております!何故か!」


「わからん!」


「防衛線2層目に入った途端にクソ激しい抵抗を受け始めたからだよ!!」


言いながらシオンはメルへロケットランチャーを押し付け、隣のヒナへ予備弾薬を抱えさせた。全長1.2mの筒に光学照準器の付いた、発射機構部(トリガーグループ)のみ再利用するタイプで、この長い筒のうち実に1m以上が使い捨てのキャニスター部となる。キャニスターには化学物質が混合、気化する事で爆薬を広範囲に散布し、それに火を付けて焼き払う…とにかくすごい爆発を起こすサーモバリックという弾が詰まっており、有効射程は200m、撃ち終えたらキャニスターはまるごと捨て、新しいキャニスターを装着する。弾数は装填済み1発、予備2発。


「あそこを見ろ!設置式対戦車ミサイルと携行式対戦車ミサイルとロケットランチャーをしこたま集めてバカスカ撃って来やがる!車両だらけの我らが攻撃部隊はおかけで1歩も踏み出せねえ!」


歩兵のライフルやマシンガン、一部車両の重機関銃が幹線道路脇の森林地帯に身を隠しつつ、ほぼ高低差の無い前方の敵陣地へ猛烈な制圧射撃を見舞う中、シオンがびしりと指差した先から、途端に煙でできた2本の白線がつーーっとこっち目掛けて伸びてくる。地面に達した瞬間にロケット弾は爆発し、岩陰で片膝ついてたシオンと、そのそばで伏せていたフェルトを含む4人が花火みたく飛び散ってきた雪に襲撃される。ハリウッド産戦争映画ばりに「メディーック!」と米兵が叫ぶ中、煙が収まった着弾点に難を逃れた数人が駆け込んで、しかし赤黒く染まったそこに残っていたのは死体ばかり、衛生兵が即死との判断を下すと悪態をつきながら離れていく。


「うえっぷ……幸いながらT-14戦車が2輌ある!あそこを潰した後こいつらを突撃させ撹乱!一気に押し込んで突破する!左翼から行くぞ!スズとフェルトと私でヒナメルを守る!側面迂回している最中は!ここからの制圧射撃に加えてあの自走対空砲が私らの専属支援をしてくれるからぁぁいっとぉい!!」


そのような状況下、本来なら上空のヘリコプターや低速飛行中の攻撃機を撃つべきものであるが、やたら射程と連射力がある為に地上を撃ったらエラい事になる自走対空砲が、歩兵部隊の後方1kmで待機する機甲部隊から単独で抜け出して、こちらから目視できる位置に停止、射撃準備を整えた。レーダーや対空ミサイルと共にキャタピラ駆動の車体へ載せた57mm機関砲2門はその威力たるや凄まじいものがあり、FPSゲーム経験者のみ理解できる話となるが、M203やM320の使う40mmグレネード弾より高威力な弾が秒間4発飛んでくる、とでも言えば、どれだけとんでもない兵器なのかわかるだろうか。まぁとにかく、歩兵が受けたらミンチにすらなれないというのは確かである。

が、開けた幹線道路上と森林の境目、射界が確保できるギリギリの場所までそれが出てきた瞬間、フェルトらから見て400m先にある対戦車陣地からまた白線が現れた。緩やかな曲線を描いて進路を定め、一行の真上を飛び抜けた際シオンに奇声を上げさせ、自走対空砲に直撃する。車体は破裂し、内側から炎を吹き上げ、1秒ほど遅れて爆発と、実包の誘爆するバチバチという音が届く。


「よぉぉし予定変更だ!側面迂回は私らだけで行う!」


「ヘリが補給終えて戻ってくるまで待つんじゃ駄目なのぉ!?」


「それじゃ遅い!今この瞬間もミサイル基地に突撃かけたチェブラシカが袋叩きにされてるのを忘れるな!この程度でいちいち休憩挟んでたら絶対時間足りねぇーよ!」


言いながらシオンはスタンバイのハンドサインを始めてしまう。銃をスリングでぶら下げたまま、両者10〜14kgの重量増となっているヒナとメルの前にフェルトは移動し、「ここから行ける?」というヒナに「いくらなんでも届かないよぉ…」と返す。

サーモバリック弾をぶち込むべき対戦車陣地は400m先、左右を機関銃陣地が固め、それぞれ1丁ずつの重機関銃、数丁の軽機関銃を有する。ただしそれらはすべて米露連合への応射に追われており、たった5人の歩兵の接近を察知してくる可能性は薄い、かもしれない。どの道やるしかないのだ、単独行動に慣れている一行が最も望み高く、体のサイズ的に言っても見つかりにくく、ついでに、もし失敗しても、あの変態将軍は怒るだろうが、司令部中枢に突入する役目を追うのが別の誰かにすり替わるだけの話でしかないのだし。


「よしゴー!行け行け行け行けぇーッ!!」

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