第208話

私は、どこまでも楽観主義者である。正義が栄えるという証拠を示しうるというのではなく、究極において正義が栄えるに違いないという断固たる信念を抱いているからである。

ーマハトマ・ガンジー





















ライン1ポイント10〜ライン2ポイント5

AGF-29Cムーンライト

夕花”フェイ”桐乃




剣身長4.5m、タングステン合金製で、反りは無く両刃。尖っていない平頭形の切っ先と、柄との間に高周波発生装置を持つ。右肩で背負う直方体の鞘が縦にスイングして右手で触れる位置に来ると、マニュピレーターで柄を握り、接続、鞘が分割展開して剣身を脱出させる。起動するや黒光りする刃が高速振動を起こし始め、片腕で構えたそれに接触した木がヂュイン!と音を立ててすっぱり切断された。

敵は5時方向、このムーンライトへ真っ直ぐ突っ込んでくる。使用可能な状態になったロングブレードの切っ先を左へ向け、右脚で地面を蹴りつけ、同時にブースターを左へ噴射する。右前方へ進みつつ前のめりに倒れるムーンライトの左上腕をAPFSDS弾が掠めていき、間髪入れず左脚で踏ん張る。


「だああぁぁぁぁぁぁッ!!」


右方向への回転運動に関与できるすべての関節、ブースターを用いた旋回はまず切っ先を置き去りに柄だけを加速させ、僅かに遅れて切っ先も続く。また体当たりしようとした機動戦車を前方視界に捉え、踏ん張っていた左脚を更に酷使、旋回で得た遠心力に片脚での跳躍を合わせて、敵正面装甲にロングブレードを叩きつけた。

高速振動する刃が装甲を浸食していく事に由来する壮絶な切断音と、それに応じた火花が溢れ出る。かなり深い抉れ傷を残したものの、悲しいかな敵はこの斬撃を受け止められる重量を持っておらず、貫通する前に後ろへ吹っ飛び、木を薙ぎ倒し、再加速して離脱していく。その背中目掛けてガトリングガンを突きつけ、スピン開始と同時に発砲、弾丸を撒き散らす。

ここまでの操作をフェイは、あらゆる操縦装置に一切触れず、思考によるイメージのみでこなしてみせた。


「ッ…ぐ…!」


しかし完全なDBAC制御はそこまでだ、とても耐えられない脳の激痛にたまらずコントロールスティックへ手を伸ばす。依存度は少なければ少ないほどいい、稼働可能時間も応じて伸びる。


『次、左から来る。緩やかな曲線を描いているがやる事は変わらない、撃たれた直後に踏み込むといい』


「誰…!?」


『それは重要じゃあないし説明のしようもない。僕は”彼女”の代わりをできる、そこだけを認識して、君の脳神経が限界を迎える前に戦いを終わらせてくれ』


DBACにも通常操作にも頼らず、ムーンライトはひとりでにレーダー設定を変更し、それが捉えた情報を脳でダイレクトに受け取る。10時方向200m、弧を描きつつ接近してきていて、きっと間も無く急旋回を行う。とにかく加速だ、何をするにも速度が欲しい。


『少し進めばこの平原を抜ける、少し小さいけど市街地へ入るから、それまでは流すだけでいい。この開けた場所で相手し続けるのは自殺行為だ』


左のスティックとアクセルペダルを使って移動を開始、謎の男性が表示したルートに従って進路を南東へ。そこで敵がドリフトしたのを感知し、ブースター移動の最中、右脚で踏み込んで一瞬だけの急加速を行う。砲弾が空気を切り裂く音を背後に聞きつつ最大速度まで達し、敵を振り切れる事は無いが、前方に見えてきた建物へと一目散に向かっていく。


『離れている方がミサイルを発射した、フレアを使うよ』


ミサイルアラートが鳴るや否や、やはり勝手にフレアが放出される。両肩から交互に8発、上方に熱源体が打ち上がり、更にIRジャマーが起動されるのを見ながらフェイは機体を僅かに捻った。ミサイル弾頭の突き刺さった地面が撒き散らした雪をかぶり、その後、ムーンライトは市街地に達する。外周の建物群を突っ込んで壊す事で通り抜け、勢いそのまま道路2本分を直進。体当たりするごとに減速していくが、それでも余った運動エネルギーの為に手頃なビルへロングブレードを突き刺し、高周波を一時停止すれば機体は突っかかって止まり、引き抜くと同時に180度反転すれば、まったく同じ進路を追ってくる敵戦車が1輌。


『右に避け……』


いいや避けない、こいつはここで仕留める。右脚で踏み込み、左脚で蹴って、宙に浮いた瞬間、すべての推力をもって125mm弾の命中による衝撃に対抗する。右脚に突き刺さった杭は膝関節からの応答を不確かなものとし、メインの信号伝達ケーブルに見切りをつけたOSがバックアップに機能を移行する間、前に跳んだ機体は機動戦車の主砲に左脚から着地、砲身をひしゃげさせた。機能回復まで至っていない右脚の接地を遅らせるべくブースターを右へと噴射、そのまま胴体で戦車を押し飛ばして、離れていく前に、転倒する前に、振り上げたロングブレードを力の限り真上から振り下ろす。


「しゃぁらあッ!!」


高周波を流し忘れていたが、運動エネルギーと位置エネルギー、突く為の尖った先端を諦めてまで極端に重心を寄せた剣身をもってただただ単純に、タングステンの杭を打ち込もうが大量の焼夷徹甲弾をぶちまけようが貫通を許さなかった正面装甲を叩き割り、血でも流すかの如く灯油主成分の燃料を撒き散らして、民家に突っ込んで止まった後、もう動き出す事は無かった。


「つぅ…!」


『なかなか無茶をする子だね君も。右脚のワイヤ切り替えはまだかかる、とにかく撃って』


普通なら数秒で終わるそれがここまでかかるという事はバックアップも諸共やられており、無事な部分をアミダみたく縫って繋ごうとしているのか。機動戦車の隣で尻餅をつき壁にもたれかかったムーンライトの左腕ガトリングガンを細かく区切って連射し続け、建物の隙間から見え隠している、最後に残った1輌の接近を妨害しようとする。が、貫通不能とまではいかないものの、急所に当たるか余程狭い範囲に大量の弾を集中させなければあの機動戦車を撃破する能力がこの30mm弾には無い、というのは双方共に知り尽くした事実で、まったく寄せ付けない、というのは無理な話だった。ガトリングの死角となる右、かなりの近距離から飛び出してきたそれが急停止、砲口を向けようとする前にブースターのみでの回避運動を試みる。ほんの少し、機体を横にずらしただけであったが、適切な命中角度を外されたAPFSDS弾は胸部装甲にかなり浅い角度で突き刺さり、装甲内側には達することなく、表面を抉ったのちに貫通してしまう。2発目を受けていい加減、次は防げないとばかり装甲全体に亀裂が走ったが、今更そんな事はどうでもいい。敵は即時離脱、建物の裏側を通って、今度は正面から。


『いけるよ、行け!』


右脚のコントロールが復帰したのは再出現と同時だった、ブースターで機体を浮かし両脚で立ち上がる。すぐさま右へ跳んで次弾を避け、直したばかりの右脚が刺さったままの杭の為に悲鳴を上げるのも厭わず、地面を蹴りつけて3歩前進、更にブースターでの加速も行う。

時間が無い、今にもはち切れんばかりの頭の痛みはそう告げている。離脱されたら負けだ、いかに無理しようとアレの全力疾走にムーンライトは追いすがれないのだから。左腕ガトリングガンと弾倉をパージ、ロングブレードの鞘もそれに続く、これで3tは軽くなった。捨てられるものをすべて捨て、酷使に酷使を重ねてきたブースターがいくつか吹き飛ぶ中、スピンターンで反転しようとした機動戦車最後の1輌へと達する。

逃げられない、そう感じたか相手は旋回を中断、キャタピラを細かく動かして砲口をムーンライトへ向けなおした。発砲前に横からの薙ぎ払いによって車体左半分は潰れてしまったが、それでも吹っ飛ばされた一瞬、照準の合ったタイミングでもって、内部の操縦者はトリガーを引き。


「いい加減に…!」


右から左へ薙いだロングブレードを右手から手放し、すぐ左手で逆手に握り直して、高周波が甲高い共鳴音を奏でるその剣身を、宙に浮いたまま、寸分違わずコクピット目掛けて発砲してきた相手へ振り下ろし。


「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


そして同時に

コクピットを守っていた両者の装甲は崩壊した。

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