第206話

私たちは打ち勝つ。たとえ遠回りをしていたとしても、行きつく先に「正義」があるかぎり。

私たちは打ち勝つ。何故なら偽りが永遠に生き続けることはないから。

私たちは打ち勝つ。私はそれを心の深いところで信じている。

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア




















中国、ライン1、残り26km

AGF-29C ムーンライト

夕花 ”フェイ” 桐乃




やっぱり来たか、というのが最初に浮かんだ言葉だった。できれば再起不能になっていて欲しかったが仕方あるまい、これは最終決戦だ、多少の無理があっても出てくるだろうし、そしてきっと、今度ばかりはどちらかが死ぬ、でないと戦いは終わらない。


『3番ルートを進撃するすべての部隊へ、敵防衛線から突出した機動戦車が2輌、そちらへ向かっている。かなりの速度だ、注意されたし』


『遅い!既に目視距離だ!ピトゥーフへ支援攻撃要請!あの2輌を止め…クソ!ブリッツ突破された!後続部隊は今すぐ準備しろ!』


ここまで来たのだ、とことんまで付き合ってやろう。どのみち、ヘリコプターや通常戦車に任せたらどれだけの被害が出るか検討もつかないし、そも連中の狙いはこのムーンライトに限定されている。アサルトギア1機を差し出せば他のすべてが無傷でここを通り抜けらるのなら安いもの、残り2輌、フェイ自身の手で撃破する。機体の状態は万全だ、オペレーターが不在なため情報支援、操作補助を失っているが、その代わり切り札が解放されている、命と引き換えにする類の切り札が。


「シオン、ちょっと行ってくる、再合流予定はライン2内ポイント9か10。でも、戻ってこない事を前提にして」


『ふむ…………わたしゃ構いませんがねぇ、許してくれそうにないのが1人』


ムーンライトの歩行を停止させ、キーボードを引き出してすべてのリミッターを解除する間、足元にいたシオンに向けてそう言うも、一番の反応を見せたのは片側4車線道路の反対側にいたスズである。フェルトを引き連れて走ってくるや、設定を終えたこちらの前に立ち、そのまま通せんぼを決め込んだ。


『どうしてそんな事言うの』


「いや、特には。そろそろ私の番かなって思っただけ」


全3層ある防衛線のうちそれぞれをライン1、2、3と呼称し、更に1ラインのルート上にポイント1から10を置いている。登山でいう所の1〜10合目に相当するもので、現在地はライン1ポイント4、味方先頭集団はライン2ポイント1に達した所なので、あの機動戦車は今そのあたり。そう時間は無い、数分もすれば視界に入ってくる。


「自分が頑張ればみんな助かるって、それだけのこと。スズが今ここにいる理由と、同じだと思うけど」


『それは……でも、死ぬ為に戦うのはやめて、行くならちゃんと帰ってきて』


「確約はできない」


|DBAC(ディーバック)、コクピット正面のタッチパネルにはそう表示されている。アリエスによって機能制限をかけられていたものだが、彼女がいない今、これはフェイがスタートボタンを押せば起動する。

隠し機能という訳でもない、日本軍が使用するすべてのアサルトギアに搭載されていて、あの日あの時、夕花 桐乃(ゆうばな きりの)という少女が安易な考えをもって国家機関の求人に応募したせいで実用化にこぎ着けたものだ。これには色んなものを奪われた、思春期中のほとんどの時間、就職先の選択肢、共に実験台となった友人、その他もろもろ。

簡単に言ってしまえば”パイロットの脳をCPU代わりにする”機能だ、ムーンライトの操縦インターフェイスは米軍の某戦車ばりにシンプルでバカでも操縦できるが、逆に言えば複雑な操作ができないという事でもある。無数の可動部を持つ人型兵器をマニュアル操作するには想像を絶する量のボタンと訓練時間が必要となり、もちろんそんなものは兵器失格なので、どうしても人間同様の動きをこれにさせたいなら、どうやったって脳自体をコントローラーにするしかない。

ただしムーンライトのCPUとフェイの脳だけでは安全な使用ができない、外部の大型演算装置による補助を受けなければ処理能力がまったく足りず、過去やらかした者の例を挙げれば、一番軽いので半身不随、大抵は植物状態か即死、酷ければ声にならない声を垂れ流しながらのたうちまわる事に残りの一生を費やす羽目になる。しかしまぁ、開発段階から関わっていたフェイは耐えた事がある、それも何度も。


「ごめんね、私も、そういう人種だったみたい」


『謝られても…あたしは別によくて、そうやって何もかも投げ出したらあなたは……ぇ…ちょ……』


普通よりは長時間、起動状態を保てるだろう。しかし使い続ければその瞬間は必ず来る、使ったら死ぬかもしれないが、後の無いあの2輌はきっと死ぬ気で向かってくるはず、使わなければ死ぬ。早く説得しなければ、と、コンソールから目を離して眼下のスズを見れば、彼女は急に、付着した異物を探すかのように自分の体を見始めて、しかしそう間を置かずまた見上げてきた、決心がついたような顔で。

フェイは何もしていないし、他の誰にも変化はない。よくわからないが、とにかく納得してくれたらしく、無理に止めようとはもうせず。


『わかった…でも、約束はして?必ず戻ってくる、戦う理由は、生きる為にするって』


「……確約はでき…」


『怒るよ』


年端もいかない子供に言い聞かせるような、なるべく柔らかい口調で、しかも通信機越しではまったく怖くない一言であったが、途端にシオンとフェルトの顔が引きつって、顔と手を勢いよく横に振り始める。こりゃ相当の事らしい、「しろよそんくらい!バカか!空気読め!」なんて言いたげな2人の表情に押される形で「わ、わかった……」と呟き、少し考えてから、改めて言う。


「後で合流する、その為の努力を最大限払う」


『ん……じゃあ、待ってるから』


そうして彼女はムーンライトの進路を空けた。ゆっくりスティックを倒して歩行を再開し、乗車移動再開の為に歩兵全員を収容する部隊を見届けてからブースター移動に切り替える。リミッターを外された機体は加速し続けてすぐに最大速度をマーク、先行していた部隊を追い抜いて、ライン1の一番奥、既に撃破された中国軍防御陣地へ辿り着く。レーダーが捉えた敵性反応の識別を見るや僅かに進路変更、30mmガトリングガンを選択する。


『アサルトギアが食いついた!どこの所属だ!』


『日本…機動戦車と交戦しているのは日本軍第1戦闘団!その装甲車を引っこめろ!邪魔にしかならん!』


接敵したのはその場所だ、塹壕や土嚢で守られた陣地に機関銃や設置式対戦車ミサイルランチャー、偽装ネットをかけられた戦車がそのまま残り、ただし人間が1人もいないせいで沈黙してしまっている。死体の数は多くなく、おそらくほとんどが退却したのだろう、とにかく陣地としては既に死んだ場所である。踏み込んだ瞬間に125mm弾の別方向同時射撃を受けた、やはりこいつらはフェイとムーンライトしか目に入っていないらしく、対戦車ミサイルを搭載したストライカーATGMには目もくれず、2輌同時に、それぞれ左右へ離脱する。


「ッ…!?」


調子に乗られる前に、もしくは帰ると約束させられた以上、フェイ自身の体力に余裕のあるうちに、さっさとやってしまおうとタッチパネルに指を触れる。

直後、ぐらりと世界が揺さぶられた感覚がした。DBAC起動に由来するものではない、アレは脳みそを針金で締め上げられるような激痛を伴う、こんなふわっとしたものとは似ても似つかない。実際、DBACのスタートボタンは反応せず、表示されたのは『ninigi.exeをインストールしています…』なる謎の文字と進行度合いを示すバーのみ。こんな機能はムーンライトには無い、汎用PCのOSじゃあるまいし後付けのソフトウェアをその場その場で付け加えるなど絶対しないし、ハードウェアが変わっていない以上ソフトウェアを拡張したって、つーか何だよninigi.exeて!そんなもん入れた覚えねぇよ!


「なに…!?」


突いても叩いても反応しなくなったタッチパネルから手を離し、左右のスティックを掴んで、左の1輌へのガトリングガン発砲を開始する。30mm弾と、発砲に伴う爆音を撒き散らしながら極力速度を保った移動を続けるも、速力に傾倒しきった機動戦車を振り切れる訳もなく、ガトリング射撃中止、機体を捻って反転させ、105mm砲に切り替えた使用武器を、追ってきたもう1輌に向ける。謎のインストールは半分を終えたところ、着々とバーは進んでいくが、まだもう少し時間がかかる。

仕方なく通常操作で発射したAPFSDS弾は寸分違わず敵戦車正面装甲への直撃コースを取るも、決戦に備えて装備してきたか、ハードキルタイプのアクティブ防護システムが投射した散弾によって迎撃された。タングステンの杭は装甲に突き刺さる事なく弾かれてしまい、反撃として受けた劣化ウランの杭が逆に25mmチェーンガンを吹っ飛ばす。防護システムごときが何だ、どうせ大した弾数はあるまい。ブースターの急噴射で続く突進を避け、すれ違いざまに105mmをもう1発、やはり迎撃されるがめげずに撃ち込む。休む間も無く舞い戻ってきた最初の1輌が背後から遅いかかってきて、撃ってきた砲弾は左脚装甲を掠めたのみに終わったものの、向こうは自らの生存を放棄したか、体当たりを受けて転倒、樹木を何本か薙ぎ倒す。

インストールは70%を超えた、いや、終わったらどうなるのかわからないのだが。


「くそ…!」


姿勢制御機能が機体を立て直している間、離脱していく戦車に向かって30mm弾をぶちまける。一定サイズ以下の物体には反応しないようになっているのだが、まとまって飛んできた大量の弾丸に誤作動を起こしたか、それで背後の防護システムを引き剥がした。体勢復帰して再加速を始め、同時にジャンプペダルも踏み付ける。互い違いの一撃離脱を何度も繰り返すせいでどっちがどっちだかわからなくなってきたものの、横移動に縦移動を加えた動きはまた飛んできた砲弾をかなり遠い位置でやり過ごし、そして地面を鳴らして着地。

直後、もう1輌から放たれた杭が胸部左に突き刺さった。


「が…!づぅ…!」


そこは最も狙われやすく、最も装甲が厚い部分だ、いかに125mmAPFSDSとはいえ装甲表面で停止させられる。しかし何故装甲が厚いかというと、内側にジェネレーターと、コクピットがあるからであり、食い止めたといえど衝撃はフェイの体を大きく揺さぶる。視界が明滅する中105mm砲へ武装切り替え、照準は自動で行われている筈なので、俯いたままトリガーを握りしめた。発砲はちゃんとされたが、結果は見るまでもないものである。

視界が戻って、前を向いた頃にはその105mmライフル砲も吹っ飛んでいた。砲基部に杭が突き刺さり、弾倉内の火薬が誘爆して、爆圧が砲身を千切り落とす。装填されていたのがAPFSDSだったのは運が良かった、誘爆といっても大したものでなく、右腕マニュピレーターに被害は無い。ならまだ終わっていない、用のなくなった榴弾の弾倉をパージしつつ、最後の予備武装、右背中にずぅっと搭載していたにも関わらず、105mm砲を捨てる訳にはいかなかった為に今の今まで使われなかったそれを初めて選択し。


まったくの同タイミングで、DBACの起動を阻害していた謎のソフトウェアはインストールを終わらせ、表示を消して。


『右後方80メートル!』


どこかで一度聞いた事のあるような気もする、ひ弱っぽい男性の声が脳に直接響き渡った。

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