第200話

戦争は、その経験なき人々には甘美である。

ーピンダロス



















「えー……戦友を誤射で殺しかけて、仕事もせんとアリエスに愛機の操縦任せてそこで転がってるアホとか、奇襲を台無しにした挙句ヘリへの搭乗を全力拒否して今も固まってる世間知らずとか、そういうのはもう、水に流しましょう。とにかく今は、1人も欠けず帰還できた奇跡に乾杯を」


乾杯といっても水であるが、しかも長期保存の為に硬度を落とした精製水。ただし飲んでいるのは灼熱地獄を何kmも走って干からびた連中である、その様子は1杯目のビールを流し込むオッサンそのもの。楕円形のロシア軍水筒を鳴らして、各々気が済むまでがぶ飲みした後、「かっはぁー!」とか女子らしからぬ声を上げる。

「こちら第16独立親衛自動車化狙撃旅団〜、協力要請を受け敵スナイパーを捜索するも見つからず〜、燃料不足のため一時帰還する〜」「協力要請をした覚えは無いが感謝する!こちらはトラップの捜索、解除を優先しているため動けない!燃料不足ならこちらのヘリポートに!」「帰還する〜うぅ〜」などとあらかさまな演技をするロシア兵と、彼らの操縦する兵員輸送ヘリによって隠れ家上空まで帰ってきた一行である。慣れない事して疲れ果ててるフェイと、明らかにヘリコプターに対してトラウマのあるスズは床で寝てたり座席にしがみついてたりしながらも未だピクリとも動かず、それらを一瞥、次いでシオンは窓から外を眺める。


「んでもさ、なんか予定と違くない?」


「しょうがない、ナイアガラが逆流しちまったんですから」


上から見る限り、既に死んでいた筈の元中国軍基地は急に息を吹き返していた。ロシア軍の自走対空砲が基地中央で空を睨み、間に合わせで設置されたいくつかの防御陣地が外周を取り囲んでいる。それらを支援する位置で停車するのはストライカーIFVとストライカーAGSだ、周辺にはアメリカ兵の姿も見える。

「戦争をナメているのか貴様?敵対勢力同士が敵対したまま気持ち連携してる体で同時侵攻するだけ、などと、そんな非効率な話で国軍司令部を落とせるならこんな戦争とうの昔に終わっておるわ。やるならちゃんとやれ、勝算は有るだけでは意味が無い」というお叱りをロシア軍将校、キリル・アルバトフ氏から受けたためなのだが、まぁ要するに、第二次大戦以来の犬猿フレンズであるアメリカ軍とロシア軍が一同に会し、ひとつの拠点を協力して守っているのだ。ここまでおおっぴらな協力態勢など普通の軍人だったら断固として拒否するだろう、戦争相手とはそういうものだし何よりそれに足る歴史を彼らは持つ。少将自身も当初は「アメリカ人だから」との理由で拒否していたが、そのへんはまぁ言葉の通りだ、やるならちゃんとやる。


「とにかく我々にできる事はこれで全て終えました、後は彼らの頑張り次第です」


ヘリコプターが着陸姿勢を取る中シオンは立ち上がり、一番奥にいるフェイの横まで歩いていって、肩を揺さぶり水筒を持たせる。スズにはフェルトが行き、飲み口を近づければ半泣きのままそれをくわえた。

ごとん、とヘリコプターが着陸を終えた振動が響く。途端に彼女は深く溜息、心底から安堵したかの如く肩を落とす。パイロットへ軽くお礼行って、側面ドアを開き機外へ。


「よく帰ってきた、目処は一応ついたぞ。……ただひとつだけ問題が残っていて……」


「うお寒っぶぅぅぅぅ!!」


「ああああああ汗冷める!!てかインナー脱いじゃってんじゃん!!」


「おぉ……」


ヘリポートではストライカー旅団、エドワード少佐が一行の帰りを待っていたが、降りた途端にヒナとメルは彼を無視して疾走、小走りで近寄ってきていたアリエスに飛びつこうとする。しかしさすがのお母さんも今の2人を抱きしめて暖めてやる包容力は無く、「湿ってる!!」などと叫んで鮮やかな投げ技を決めた。2人連続で行う、相手の運動エネルギーをそのまま使う見事な投げだった。降り積もった灰色の雪に埋もれ消える2人、すぐに飛び出し、騒ぎながら屋内へ向かっていく。


「…………あー、いいか?」


「こんな技術進んでるんだからプロペラに頼らない移動方法ないのぉ!?」


「まだか……」


続いて降りてきたのはスズである、到着しても動こうとしないフェイを引きずっている。その2人が降り、最後にフェルトがドアを閉めれば、さっきついた嘘の辻褄合わせをするべく火山地帯へと舞い戻るのだろう、ヘリコプターは再離陸した。


「プロペラが嫌?ならばキリル少将にお願いしてみては?ジェット戦闘機の後部座席に乗せてくれるかもしれません」


「え、何それ、安全?」


「マジで乗ったら心臓止まるでしょうがね、今のはツッコむ所でしたよスズ」


やってきたアリエスに引きずってるものをスズは受け渡す。やっぱり湿ってるフェイを文句言いながらも肩で担いで、ちゃんとした場所で休ませるべくスズと共にヒナ達の後を追っていった。ヘリポートに残ったのはシオンとフェルト、それから少佐。


「んで、何すか?」


「あぁ……こちらの旅団の指揮官代理の話なんだが……」


「貴様が米軍の代表か?なるほどフライドチキンばかり食ってそうな面をしている」


「うっお…!鶏は蒸した方が好みですが!エドワード・マッコール少佐であります!」


落ち着いたかな、と思ってシオンはエド少佐へ話しかける。許されるならシオンとて隠れ家のシャワールームへ駆け込みたいのだが、どうにも少佐の顔が「いらん仕事を持ってきました」と語っている為に留まって。しかしそれでも”まだ”であった、アレクセイを引き連れ、外見上毅然とした感じで登場するロシア軍キリル少将に対して彼は姿勢を正し、指を伸ばした右手をこめかみ付近まで持ち上げる敬礼をしてしまい、対して少将も形式上仕方なくといった風ながらほぼ同じ形の敬礼を返す。用があったのはエド少佐のようだが、言いたい事を言い始めるその前に目線はシオン、次に背後のフェルトへと向く。「……?」とフェルトはひとまず目線を受け止め、小首を傾げながらも睨めっこする事数秒。


「なんだこの幼女は?おい貴様、こういうのがいるなら最初に言わんか、知っていれば二つ返事で協力したわ」


「少将…そういう発言をするとまた威厳が……というか貴方のような紳士が彼女に手を出すのはやめた方がいい、下手を打てば惨殺された上で雪原に遺棄されかねません。そう…肉切り包丁でつま先からスライスとか」


「えぇー?そんなことしないよぉー」


「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや……」


アレクセイの全力否定にむぅと頬を膨らませるフェルト、それはそれとして閣下はやっぱり頭の病気なようである。ひとしきり彼女を観察したのち、改めて少将はエド少佐へ向き直って(ただ妙に鼻をスンスン鳴らしているのが非常に気色悪いが)、直立不動を行う少佐にまずは楽な姿勢を取るよう言った。


「場当たり的に防御線を張ってはみたが、これでは間に合わせ以前だな、既に放棄されているが故に脅威として認識されないという、この拠点最大の長所を殺してしまっている。可能な限り自らを隠蔽するよう配下に伝えろ、多少なら射界を遮っても構わん」


「は!直ちに!このような戦いに手を貸して頂ける事、感謝致します。貴軍の協力が無ければ事態をかき回しただけに終わっていたでしょう」


「ふん…。俺が救いに来たのは世界だ、貴様らではない、ゆめ忘れるな。……だがこういうのは嫌いではない。希望を得たなら成して見せろ」


「必ずや!」


言いたい事を言ったらキリル少将は背を向ける。すぐには追わなかったアレクセイと「あのオッサン……」「世界一好きな都市は秋葉原と公言してます」なんて会話をし、走って遅れを取り戻す彼を見送った。それが終わればようやくだ、エド少佐がシオンの耳に寄る。


「中佐の……うぅん…!…指揮官代理の説得に失敗した」


「あの心臓弱そうな人?」


「こんな状況だ、規則に縛られる気は無いが、それでは指揮系統を維持できん。しかし中佐にはもう、敵中枢に攻め込む気力が無いように見える」


「ふむ…確かに規律を失った軍は絶対に機能しない」


話し始めの不自然な咳払いに疑問符を浮かべながらも、まだ問題が残っている事には同意する。最後に残ったのは内なる敵だった、ストライカー旅団に居る最も位の高い軍官が、戦う事を拒否している。


「何か良い手はあるか?俺には思いつかん。カウンセラーを呼んでのんびりやる時間が残っているとも思えん、このままでは……ッ…誤射の準備が必要になる」


「自分の上司を?臆病者ってだけで?核云々以前に人としてどうかと思いますよ」


「テロリストと見るや尋問を仕掛ける奴に言われるのは納得できんが……その通りだ、だから別の手段が欲しい。


「……まぁできる限りの事はしてみましょう。丁度良い、フェルト、少し付き合ってください」


「いいけど、その前にシャワー浴びたいかなぁ…」


「そりゃ勿論。後はスズも連れてきましょう、たぶん役に立つ。いいですね少佐、お湯浴びて着替える時間を取ります」


「ああその方がいい、絶対いい……」


周囲に聞かれないよう小声で話続け、そうして話はまとまった。が、明らかに少佐は様子がおかしい、しどろもどろしている。目も泳いでいるし、慌てているというか。


「どうしたんすかさっきから」


「いや…別に、どうでもいい事だ」


「…………」


「……いやその…ただ…野郎の汗臭いのは慣れてるが……」


と、

睨みつけてやると、ぱっと離れた彼はそんな事を言い始め。


「初めてお前を女と認識した……げっふ!!!!」


「どこもかしこも変態ばっかか!!つーか初めてとかそれはそれで気に食わねえ!!」

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