第199話

戦争の前は憤怒なり、戦争の中は悲惨なり、戦争の後は滑稽なり。

ー長谷川如是閑



















ハイエンド、という言葉は全体的に軍隊にとって敬遠されるものである。個体の性能は大事だが、それと同等に価格も大事だからだ。同じ種別の兵士、兵器が戦った時、1対1なら優位に立つのは性能の高い方、1対2だと性能差次第では五分。個体の強さでどうにかできるのはそこまでで、1対3以降では文句なしに数の多い方が圧勝するだろう。そして性能と価格は概ねトレードオフの関係にあるから、十分な数が揃えられない、個体の性能のみに傾倒するハイエンドなる代物を軍隊が欲しがる筈もない。何より、高度なネットワークを広げて部隊間で緻密に連携、集中攻撃を行う昨今の軍で、ひとつだけ突出した戦力があっても、それが活躍できるかは疑問である。

しかし、ハイエンドなものが必要な時も僅かながらある。例えば数を揃えなくてもいい武器、大勢の人間に同じ銃を持たせ、誰に何を命令しても決まった結果が返ってくる、とか、そういう使い方をしないカテゴリで。代表的な所はスナイパーライフルだ、しかも射程距離が長くなればなるほど数が不要となっていく。こんなクソ重たくて1発ずつ手動装填しなければならないライフルを全員が装備してる部隊がもしあったら、まぁ何かする前に接近戦へ持ち込まれて終わりだろう。

そんなスナイパーライフルの中でも、ヒナが借り受けたそれは最高位に位置する銃である。射程で上回る銃はあれど、命中精度やそれ以外を含めた総合性能でこれを超えるスナイパーライフルは(たぶん)存在しない。むしろあってたまるか、1丁あたり15000米ドルする銃を上回る代物など。

近代化ボルトアクションライフルの最終到達点、モジュラースナイパーライフルの頭文字を取りMSRと呼称されるそれはモジュラーの名が示す通り、現場のユーザー自身による部品交換のみで使用弾薬を変更でき、実に射程800mのNATO規格7.62mm弾から1500m先まで届く.338ラプアマグナム弾まで、あらゆる射距離、あらゆる任務にこれ1丁で対応できるのだ。一番大事な命中精度も非常に高く、なんと1000m先の目標を撃っても直径20cmの円内に着弾する。そして更に、最も驚くべきは、この超高額超ハイエンドな銃に様々なメーカーから集めた世界最高値段最高のアタッチメントをゴテゴテ着けたこの個体が、1ドル残らずシオンの私費で買われたという所であろう。


で、まぁ、そんなもんだから当たった、1発で仕留めねばならない要人狙撃にはあんまりにも不適切な1420mという射距離でも。

トリガーを絞り終えた瞬間、強烈な反動が右肩に襲いかかる。義手義足を駆使してそれを抑え付ける間、長い銃身を抜け出た弾丸はサプレッサーの妨害もなんのその、爆音を轟かせて飛翔を開始した。もはや曲射、撃たれた相手からすれば上から弾が降ってきたろう。体のどこかに当たれば後世まで語り継がれるレベルの一大射撃だったが、2秒くらいかけてパッケージ・ユニコーンに到達した弾丸は思いの外いい当たり方をして、彼は右胸を”破裂”させながら吹っ飛んだ。縦回転しながら宙に浮いた彼が着地する前にヒナはスコープから目を離したものの、あれで生還できる可能性は低い。もし助かったとしても現場での旅団指揮など絶対無理だ。なお蛇足ながら、ユニコーンとは処女にしか懐かない一本角の白馬である。


「装甲がない…!なんでない…!?」


「そんなもんあるかボケナス!!1発受けたら終わりだっつーの!!」


というのがつい15分前の出来事、それからずっと走り続けて、間も無く他の4人と合流できるという所。

ロシア軍が行なってきた反撃はまず榴弾のめくら撃ち、プラス機甲戦力による一斉掃射である。敵地からの逃走は非常に困難を伴う行為だが、それは向こうにしても同じ事。かつてベトナムの地でたった1人のスナイパーにマジギレしたアメリカ軍が複数の機関銃やら対空砲、とにかく基地中の火力をもって”山まるごと”焼き払った戦闘があったが、その後の捜索で見つかったのは血痕だけで死体は残っていなかったそう。実際榴弾の拡散砲撃はまるで見当違いの場所で爆発し、装甲戦闘車両は弾をそこらにばら撒くばかりで、ヒナとフェイの居場所を掴めていないのは明白である。木々の密集した森の中には車両は入れず、いやアサルトギアなら樹木程度なぎ倒して進んでくるだろうが、少なくとも今の所、そんな大雑把な移動音は聞こえてこない。結局は歩兵に追跡させるしか手段は存在せず、数機のヘリコプターによって部隊展開を行い、ついでとばかりヘリコプターが行なってきた機銃掃射の着弾点が意外と近かったので、フェイが目をぐるぐるさせながらそう言う。彼女をそこまで追い込んだのは恐怖か、それとも暑さか。


『こちらシオン、そちらの姿を視認しました。フィッシュフックによるカウンターを行います、正面の丘を回り込んで合流してください。追撃部隊の先頭が迫ってる、急いで』


”釣り針”とは面白いネーミングだ、確かに敵を釣り上げるし、上から見た移動軌跡は釣り針に似ている。

普通防御陣地といえば敵を寄せ付けない為のものである、相手がまだ遠くにいるうちから激烈な射撃を見舞い、ビビって諦めてくれれば良し、諦めてくれないなら更に射撃を加えて接近させる前にすり潰す。しかし彼女達がその丘、具体的には急な高低差の上側に敷いていた陣はそれとは違う、ギリギリまで接近させた敵を奇襲によって殲滅する為のものだった。

まず丘の下側を横切る、この時足跡なりタイヤ跡なりを残すのが肝要である。そしてその途中で罠を仕掛ける、踏みつけたり足を引っかけたりして起爆するタイプではなく、無線や有線でリモコンと繋ぎ任意のタイミングで起爆できるタイプが望ましい。丘をぐるりと回り、待ち伏せ地点から見て後方から丘を登る。準備はそれだけだ、後は丘の上側で伏せていればいい。


「ほらもうちょっと!走れ走れ!正規軍でしょ!」


「こんなことするってわかってたら軍隊なんか入んなかったしぃぃ……!」


反時計回りで陣地を迂回、なかなかの高低差を突破して頂上へ辿り着く。木が生い茂っているのは相変わらずながら、罠を張ってある下側への視界はある程度確保されており、そこで4人は5mほどの間隔で散らばって伏射姿勢を取っていた。狙撃に好都合な場所は空けてくれていたらしく、合流するやシオンがアンブッシュ位置を指示してくる。すぐさまヒナも伏せて、慣れない肉体運動の為にあまりお下品でない感じで、つーか妙に色っぽく息を荒げるフェイも続く。


「クレイモアは何個?」


「2個、ただそれだけじゃねぇんですよ、スズに協力してもらって……待て、もう来た、静かに」


歩兵16人とバトルドール4体からなる1個小隊だった、無理しない程度に走りながら足跡を辿ってきた。このままこちらの待ち伏せに気付かず進むならまんまとクレイモア対人地雷の射界に入ってくれるだろう。しかしまだ少し距離はあるが、バトルドールを連れているという事は僅かな物音にも反応するという事なので、右手人差し指を口元に寄せるジェスチャーでシオンは全員に沈黙を指示、転がっていた有線リモコンを手に取る。


「はぁ…ふ……」


「口閉じて」


「んっ……」


スナイパーライフルのバイポッドを立てるヒナの左に三脚付き双眼鏡を置いたフェイの口を塞ぐ。落ち着いたのを確認してから左手を自分の首筋へ、そこをごそごそやれば義眼の倍率が上がり始め、焦げ茶色の髪にキャップかぶせてもらったバトルドールと、暑さにやられながらも追従する歩兵、そして走っている最中には気付かなかった、そこら中にばら撒かれる白い長方形の和紙が見えた。

あれはムーンライトの記録映像でスズが使用していたものだ、原理はまったく不明ながら彼女が一言かければ爆発し、周囲に衝撃波をぶちまける。クレイモア地雷の補助として使うらしく、なるほどあれなら一網打尽も可能だろう、撃つ必要はないかもしれない。


が、しかし、その望みは夢と消える。

何が原因かといえばスズの早爆であるが、原因の原因を問うならば直近の火山が轟音と地響きを立てて噴火した事による。


「うっひぃあ!!?」


ドォン!という反響を伴う音にスズは思いっきり痙攣、連動して和紙が次々起爆していく。先頭を走っていたバトルドール4体は木っ端微塵となったものの、慌ててシオンが起爆したクレイモアのベアリング玉が続く2人を貫いたのみ。残る14人は多少の混乱を起こしつつも散開、それぞれ遮蔽物に隠れようとする。


「畜生!!撃ちまくれ!!とにかくド派手に!!」


つい数秒前まで静かだった丘に銃声と硝煙と薬莢がぶちまけられる、ここまで乱射するのは初めてだ、最初の大失態ですらここまでは撃たなかった。積もった火山灰がそこかしこで弾ける中、何人かが血を噴いて倒れていくも、カウンター攻撃を切り上げて逃走再開していい状態かといえばまったくない。つまり、何だ、身動きが取れなくなった。


「スズちゃん噴火って見た事なかった!?」


「ごっめんそのフンカってのが何なのかわかんない!!」


「義務教育ゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」


学校に通った事のない奴が同じく通った事のない奴へ教育制度を説いているのは置いといて、左眼で敵の姿をざっと捜索、「二股に分かれてる木の根元」とフェイが言うのでそっちを見れば、反撃しようとする敵歩兵が頭を出した所だった。スコープに当てっぱなしの右目へ注意を移して照準、「ファイア」に合わせて補正無しでの射撃を行う。


「ヒット。次、右奥の岩陰、隠れてるようで全然隠れてない少しだけ隠れてるおじさん」


「おじさん了解」


サプレッサーが幾分か減殺した銃声が鳴ると同時、2人目の歩兵が倒れ伏す。機関部後端のボルトハンドルを右手で掴んで上げて引いて押して下げ、熱々の薬莢が舞う中次の標的を探し求める。フェイからの指示は無く、彼女は双眼鏡を少し横へどかして、背中のリュックサックを引き出した。


「頼む撤退してくれぇぇ!大部隊が来てると勘違いしてくれぇぇ!」


「うぅーん、無理かなぁ。奥の方から増援が走ってきてる」


「チクショウメェェェェェェェェ!!」


引き続きシオンとかフェルトが騒いでる中、ヒナはすぐさまそちらへ視線を移し、駆け込んでくる歩兵達のうち1人へトリガーを引く。そいつがもんどりうって倒れたのを皮切りに他の連中は姿を消し、こちらからの距離300m程度で停止する。眼前100m以下の位置にいる部隊はまだ健在だ、足止めできている間に殲滅できるとは思えない。いよいよ進退極まって、こうなれば無理矢理にでもこちらが撤退するしかない、などと思い一瞬スコープから右目を離し。


そこで、タブレット端末を急いで操作するフェイの姿が目に映った。


「…………何する気?」


「え、だって派手にって言うから」


タブレット端末、ムーンライトの中央コンソールを構築するモニターを取り外したもの、パイロットが機体から離れた位置にいても簡単な操作ならこいつからの遠隔操作が可能。

それをフェイが使う、同時に双眼鏡のレーザー照準機を起動。

フェイ、双眼鏡を手前の部隊に向ける。

タブレット、startの表示が点滅。

フェイ、ポチッと押す。

ムーンライト、自慢の105mm砲から榴弾を発射。

他の全員、後方2kmから飛んできた爆音により事態を察する。


とどがつまり、眼前の部隊に大して砲撃を敢行したのだ。


「ばかものぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」


味方から600m以内の位置に対する砲撃はデンジャークロスと呼ばれる危険行為である。ストライカー旅団と接触する際の砲撃も立派なデンジャークロスであったが、少なくとも彼我の距離が100m以下なんて事は無かった。2kmの位置に対する曲射となると砲口はほぼ真上を向いていた筈で、弾が落ちてくるにはまだ時間がかかる。言葉も交わす事も無く全員が伏射姿勢から復帰、申し合わせたように血相を変え(フェイ除く)、間も無く地獄となるだろう丘の上から走り出し。


「よほどの自信があんのかただのバカかどっちよ!!」


「もう疲れたし…敵に撃ち殺されるか誤射で死ぬかなんて大して変わんない……」


「変わるわ!!やり切れんわ!!もしそうなったら化けて出てや……!!」


そしてその背後で、何もかもが吹き飛ばされた。

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