第201話

戦争を道具として目論む政治家達は自分の無能を自認し、党派の闘争の計算者として戦争を利用する政党政治家たちは罪人である。

ーウィリアム・グラハム・サムナー



















「あの……だらしない、というのは事実ですし、事前に片付けておくべきだったと恥じてはいますけど……本来、女部屋とはこういうものです、どうかあまり夢を見過ぎないよう」


「………………」


戦闘指揮所に入った途端、キリルは額に手を当て俯いてしまった。これから一戦やらかすとはいってもまだ交戦状態に至っておらず、客将に該当する彼を、(普通は)機材やパソコンが並んでいるだけの無機質な部屋にいきなりお通しするのは失礼な行為と言える。しかもそこは彼女らのメイン生活圏である、乱雑に物資を積み上げ、布団を敷き、食事まで行い、更にはバラした銃の部品を床に並べたり、弾倉に実包をパチパチしたり、そこらに寝っ転がりながら外部と通信したりする部屋である。アリエスとしてはここを第三者に見せる気は無く、別途用意しておいた会議室に案内するつもりだったのだろうが、相手はこの変態紳士、本人にドン引きされるのも厭わず既に色々やらかしてる御仁なのだ。戦闘指揮所に寝泊まりしてるなんて迂闊にも漏らしてしまうもんだから、設備の充実ぶりを理由に押しかけられるのも当然というもの。

しかし現実はこうである、可愛い壁紙に可愛いカーペットで可愛いぬいぐるみが並んでるなんてこた無かった。閣下は直前まで明らかに上機嫌であったが、自分の部屋より間違いなく散らかってるだろう、この戦場唯一と断言してもいい女性達の生息域を見て、「片付けるか…やはり会議室にするか…判断は任せる……」とだけおっしゃって、後は沈黙してしまった。結局どっちにするかといえば、全戦力出撃に伴い24時間以内には放棄されるだろうこの施設を掃除する気が彼女らにあるとは思い難いので、アリエスは何も言わず、ぱたりと戦闘指揮所のドアを閉めた。


「スズ、シャワー優先だって」


「あ、うん」


その様子をひとしきり眺め終えたスズは目を移し、すぐに米軍拠点へ行かなければならなくなった3人の為にヒナは(無論あの変態には聞こえないよう)言って、セミオートとボルトアクション、2丁のスナイパーライフルを両手に握りながらスズとすれ違う。順番が回ってくる間に分解、清掃、油を差すのだろう。


「最後の戦い、参加するの?」


「そりゃ勿論、なんで?」


でなければ銃のコンディションを万全にしておく意味が無い。さも当然の如く彼女は言い、そして同時に聞き返す。戦闘に参加するのは軍人の義務だ、それによって軍は統制を可能とするし、戦力として機能できる。もしこれが自由参加型で、戦う度に参加者を募る方法だったら、率先して手を挙げる者などいなかろう。だからヒナは即答したし、他の誰も意思確認を取らないのだが、しかし、そもそも彼女は軍人ではない。民間軍事企業、通称PMCに所属するプライベートオペレーターという分類に置かれる存在で、元将校や特殊部隊OBなどによって経営され、相応の訓練を受けた”会社員”である。更に過去の歴史や諸々の危険性によりPMCが直接戦闘に参加する事は国際法により禁止されていて、彼女が本来担うべきは後方施設の警備や補給線の維持、軍や警察の訓練相手、とにかく前線から離れた場所での任務でなければならない。このような状況下で仕方なく、たった6人と1体から始まった戦いは今や3つの旅団、総勢8000名を有する軍団となり、多数の装甲戦闘車両、ロボット、火砲、更には空軍の支援まで有する。今、彼女達が戦場から離れても大勢に影響は無い。そしてヒナとメルはPMC、フェルトはそれの個人経営的なもの。シオンはかなり際どいものの軍籍を持っておらず、フェイのみは軍籍を持つが、彼女の所属は日本第1戦闘団、派遣部隊が壊滅して1機しか残っていない、といったら普通は戦場から引き上げて内地へ戻すだろう。


「あぁ…まぁ、確かに義務じゃあ……でも、帰るとこもうないし」


こちらの意図を察してくれたのか、立ち止まったヒナはスズがそれを口にする前に返答した。困ったように眉を寄せ、目線は下に。


「最初は9人いたのよ、それが私とメルだけになって、とりあえずフェイ達と合流して、SOS発信したらシオンとフェルトが。だから今は7人だけど、解散したらたった2人。帰ったって、だだっ広い家には誰も」


「故郷は?」


「燃えた」


「あ……ごめん…」


詳しくは聞いていないが、彼女が失ってきたのは今挙げたPMCの仲間だけではない。実に街ひとつ、家族はもちろん学校の友達、近所のおばさん、行きつけの店の店主、道端でよくすれ違うだけの人に至るまで、ありとあらゆる”見知った顔”が、しかも一夜で消えてしまったのだ。戦場での出来事に限らず、想像を絶する数の死を見てきた。帰っても迎えてくれる人はいないし、何より、平和だった街が何の脈絡もなく地獄へ変わる様は、戦場とそれ以外の区別を曖昧にするには十分といえる。


「心配してくれるのは嬉しいんだけど、途中で切り上げて帰るっていうのはできないのよ。私にできる事なんてもうこれくらいだし、それさえ半端に終わらせたら、本当に何もなくなってしまう」


「そんなこと……」


そんなことは無いだろう、今、何も残っていなくたって、やり直そうと思えればまた始められるはずだ、人並みの生活に戻れるはずだ。


「決めつけるのは良くない、自分でそうやって、思い込んでたら……」


その返事はやはり言う前に遮られる。弱った顔で、両手に銃を持ったまま。


「無理よ…無いものが多すぎる……。手足も眼もそうだし、女としての機能も……。何もかも燃やされて、犯人がいるってわかってからはそいつを殺す事しか考えてなかったから、どう暮らせばいいかもわからない……」


復讐、というものに関してはどこかの赤い狐が口を酸っぱくしていた。達した後の未来が見えていなければならない、復讐のみを生き甲斐にしていたら辿り着くのは静かな破滅だと。だから彼女は復讐者を名乗りながらもそれを矢面に出す事は無く、円花を遠回しながら止めようともした。もし誰にも止められなかった、もしくは静止を聞かなかった場合の末路がこれである。いや、ここまで奪い尽くされて憎むなというのはあまり現実的でないが。自分の為の目的が無い、惰性のみで生きる、心の屍。


「いや…諦めるのは確かに嫌だけど、でもだからこそ途中じゃ降りれない。もし私に将来があるとしても、それはこの戦争を終わらせた後でないといけない。だから……私はここにいる」



言い残して、ヒナは去っていった。戦闘指揮所の前で会話していたアリエスやあの少将もどこかに行ってしまっており、廊下に残されたのはスズ1人。



『あくまで本人の意思を尊重するのかい?正直な所、力づくで組み伏せる事もできるだろう?』


「いたの?」


『うん、いたんだよね、ずっと』


少しばかり立ち尽くした後、僅か1日2日の間ながらあんまりにも中身が濃すぎた為に存在を忘れていた、ニニギに言われながら足を動かし始める。


「否定してまで戦うのをやめさせるんじゃ意味がない。納得できないまま逃げるのは、今になって思えば、すごく辛かったし」


『そうか、他でもない君が言うならそうなんだろう。ではどうする?』


「最後まで付き合う」


今使った時間を取り戻すべく、早足で。

次の戦いへ向かう為に。


「まだ終わってない」

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