第192話

戦争も悲惨なる平和よりよし。

ーコルネリウス・タキトゥス




















一口食べたらわかるいつもの味だ。


「あの、実は私、本来は医療支援ユニットというものでして」


「知ってる……!」


「なんで泣いて…?」


隠れ家に残された米と野菜、欧州軍からくすねてきた肉とスパイスをアリエスへ渡したら、出てきたのはカレーだった、至極まっとうな日本式チキンカレーだった。具は大きめにカットした鶏胸肉とジャガイモとニンジン、タマネギも入っているようだが炒めて炒めて炒めきったらしくタマネギらしい食感はほぼ無い。せいぜい言えば塩分を抑える為に調味料の使用を控えている程度で、そんなものは彼女が作る以上最初から予想されていた事。スズはこんな時空を超えた先で食べるとは思っていなかったいつも通りの食事に、他の5人はジャンクでも謎でもない久しぶりのマトモな料理というだけで感極まっており、作った当人が困惑する中あっという間に平らげる。


「思い返せばひどい話だよ、死ぬ思いで米軍と接触したと思ったらぺしゃんこのバンズに肉パテ挟んだだけのもん食べさせられて追い出されるし」


「うんそうアレはひどかった、ハンバーガーだと思って食べるには無理がありすぎる」


「ストライカー車内で食べたのはMREだったかな、明らかに余り物だったよね、5個中3個がベジタリアンメニューだったし」


「Materials Resembling Edibles(食べ物に似た何か)でMREだからね」


「極め付けは帰り道のポットヌードル!さすがイギリスと言うべきというか、風の噂に聞くあの異名……ああそうそう」


「「世界一不味いインスタント麺!」」


あっちこっちから愚痴が飛び出し、最後に歩兵4人が口を揃えて言えば困惑していたアリエスの表情が引きつった笑みに変わる。「3食ぜんぶ高カロリーバーとゼリー飲料だったんだけど、私」とフェイが若干恨めしげに呟くので彼女の為に中華スープを追加、次いでアリエスはスズのもとへ。


「体の不調はありませんか?数時間の仮眠しかしなかったと聞いてます、ベッドとシャワーの用意がありますから、十分に休息してくださいね」


「ありがとうお母さん」


「だからお母さんは……」


回収されるカレー皿と入れ替わりでフェイに続き全員に配られたスープがずずずと音を鳴らす中、食事の終わった3Dディスプレイテーブルに1台のノートパソコンが置かれた。何が理由かはわからないがちょっと血が飛び散ってるのはご愛嬌、パスワードを入力してデスクトップを表示させ、そこからプロテクトキーを挿せば記録は開示される。この鍵も血まみれだ、何が理由かはわからないが。


「休む前に明日の予定を確認しましょう。まず欧州軍は以降一切を無視します、貴族どもは既に世界が終わった後の事をお考えのようだ、我々の行動にちょっかい出してくる事はないでしょう」


「他勢力の核発射を見届けてから大手を振って報復攻撃する気だね」


「そして我らがアメリカ軍ですが、私らが貴族と遊んでる間に第1機甲師団(の残党)を保護しました、歩兵200人と戦車4輌が仲間になります。ああ戦車っつってもアレね、2本のキャタピラで走って旋回砲塔積んでるごく普通のやつ」


それの矢印キーを連打しながらシオンは話す。仲間になったのはフェイのアサルトギアや中国軍の機動戦車と比べればどうしたって見劣りするものの、整地最大速度70km程度で120mm滑腔砲を1門だけ積んだ、良くも悪くも”常識的な”戦車である。陣地突破支援や歩兵直掩などオールマイティに活躍でき、特に米軍のものは防御力に優れている事で知られている。最後の一押しが足りない、なんて状況では重宝するだろう。


「しかし皆さん薄々感づいていたでしょう、実際にこうやって詳細な偵察結果を見れば確信に変わります。必要最低限の物資を届けた事でストライカー旅団は進撃が可能となりましたが、集まった戦力はたったそれだけ。国家軍隊の本拠地を敗残兵1〜2個大隊で攻略する、これは明らかに不可能です。エド少佐はインフィニットウォーフェア的な自爆攻撃をお考えのようですけれど、それにしたってもっと火力は要るし、何よりできれば、彼らには生還して欲しい」


「となると?」


「目につくのはどうしたってロシア軍です、彼らの動きにはまだ理性がある。表立っての協力関係を築くなんてナイアガラが逆流くらいしないと絶対無いですがそこは私らの腕の見せ所、やる事は同じですよ」


「指揮官をドリドリすればいいのぉ?」


「何言ってるかわかりませんなぁ!!」


攻撃側が勝利するには防御側の2倍の戦力が必要と言われている、第一次大戦以降の近、現代戦はそれだけ防御側に有利な状況が整っているのだ。そこら中に防御線を張り巡らせ、機関銃陣地を設置し、迫撃砲によってそれらを支援、場合によっては機甲戦力が急行する。防御線内側の分厚いコンクリートで作られた施設群は砲撃や爆撃のほとんどを無力化してしまい、結局のところ、濃密な弾幕、幾重もの塹壕、有刺鉄線を乗り越えて歩兵が突入するしか制圧手段が無いのだ。そんなものを(長期間占領しなくてもいいにしろ)1000人ちょっとで攻略するのは現実的とは言いがたい。では何を頼るかといえばやはり米軍以外の戦力で、ただし思いっきり戦争状態にある相手なので、要するに軍全体を味方にするのは無理だが、一番のトップだけを説得して、進撃のタイミングを合わせるだけなら可能であろう、という話である。


「できるの?」


「会うだけならおそらく可能です、そこから先は不確定ですが、やんなきゃなんねえならやるしかないでしょう。再出発は8時間後、それまでにコンディションを万全としてください」


「ロシアってなんだっけ」


「ピロシキとボルシチ」


「ウォッカでしょ?」


「ビーフストロガノフ!」


「飯の話ばっかか!」

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