第191話

暴力は、常に恐ろしいものだ。たとえそれが正義のためであっても。

ーフリードリヒ・フォン・シラー



















爆薬がガレージのシャッターを吹き飛ばした時、内部の車両整備スペースでは3人の兵士がテーブルに地図を敷いてブリーフィングの準備をしていた。驚きつつ咄嗟に腕で顔を覆う彼らの背後には通信機器らしき機材があり、そこにもう1人の男性がいる。おそらくこれがシオンに弱味を握られてるらしい通信兵、何も言われてないけど保護した方がいいのかな、と、フェルトに続いて内部へ突入したスズは思う。目に見える範囲にいる兵士はそれ以外に8人、2人が左で高機動車両に取り付いて燃料を補給しており、残り6人は右のテーブルで遅い朝食か早い昼食をとっていた。2階に繋がる階段は右奥、他には目もくれずフェルトが駆けていく。


「クソ!」


突然の乱入者に計12人全員が同じリアクションをしたが、そこはしっかりした訓練を受けている陸軍兵、テロリストや強盗犯などとは比べ物にならない速度で混乱状態から脱し、手近なライフルや腰のハンドガンへ手を伸ばす。最も動きが早かったのは車両近くの2人で、燃料缶と手動ポンプからガソリンを撒き散らしつつもスリングで吊っていたライフルを持ち上げる。それに対し、右足で踏ん張って減速し左手1本でサブマシンガンを振り回し、惰性で動かし続けながら彼らを照準点でなぞっていく。銃口が合った瞬間にトリガーを引けば必要最低限の弾だけが飛び出して、2人とも車両にもたれかかるようにして倒れ、その後ずり落ちた。次いで目を右の食卓へ移した時にはフェルトが通りがけに1人の喉を切り裂いたところで、彼女はそのまま奥の階段へ。左手に握っていたサブマシンガンを放り投げ、すぐ右手で握り直し、今度はトリガー引きっぱなしで水平に薙ぎ払う、鈍臭いのを2人倒したが、着弾前に伏せて避けた3人が一斉に銃口をスズへ向けてきた。撃たれる前に空いた左手を上へ、キンと鳴らして夢幻真改を握り締める。ちょっと間に合いそうになかったものの、いきなりの手品に連中揃って唖然としてしまった為、弾丸を受ける事なく勢い任せに右1回転、ふわりと舞って元に戻った頃には3人ともどこかしらですっぱりいっていた。


「だっしゃ!!」


残り4人、通信兵を除くなら3人。右手1本で握ったままのサブマシンガンにはまだ若干の弾がありそうなのでそいつを照準して、しかし発砲しようと思った矢先、奥の壁にいくつかあるドアのひとつを蹴り破ってヒナが現れた。真っ二つになった木製ドアの上半分が吹っ飛んでいく中、通常弾で800m、亜音速弾で300mか400mの射程を持つセミオートスナイパーライフルを左に45度傾けた状態で構え丁寧に1発ずつ、たった3発でガレージ中央の3人を、それもヘッドショットで、ドアが落着する前に片付けてしまった。最後の1人となった通信兵に対してはスズと同じ事を思ったか、もしくは尻餅ついて両手上げてる彼にまるっきり戦意が感じられないからか、一度照準はしたが、発砲は中断する。


「ガレージクリア!次!」


建物の形状とドアの配置を鑑みるに1階にはもう一部屋、事務所らしき場所がある。遅れて入ってきたメルに通信兵の拘束を指示しつつヒナは食卓の近くにあるドアへ移動、散乱する斬り捨てられた死体を見て思い切り顔をしかめ、その顔のまま援護してくれとの意味を込めてスズに手招き。


「ッ!?」


が、突入する前に突入された、事務所にいた2人の兵士は事態を察して勢いよくガレージへ飛び込んできた。1mも無い極近距離で射撃するにはヒナの武器は長銃身すぎる、すぐに懐へ入り込まれ、ハンドガンを突きつけられる。まずい、と太刀の柄を上段の位置まで急ぎ持ち上げるも、その前にズドンと音が鳴った。

銃声ではない、人工筋肉が伸縮する事で肉体と同じ動作をするヒナの右足が思いっきり蹴り上げた音である。何をとは特に言わないが、その時ヒナと取っ組み合っていた敵兵はかなり大股に両足を広げており、蹴られた瞬間、彼は何ともいえない表情で、声帯を使ってない感じの悲鳴を上げ、ついでに、ヒナのその義足が本当にアリエスと同性能であるなら瞬間最大馬力はプロレスラーの一撃を超える。背後に控えていたもう1人はスズが太刀を振り下ろせば肩から脇腹にかけて断裂し、後は悶絶している彼のハンドガンをヒナが押しのけ、自分のライフルを突きつけ、最後の1発を撃ち込んだ。


「うっは…事務所クリア」


「よろしい、1階クリア。……あぁ…私がぽそっと言った事を覚えててかつコイツを見逃すとはスズ、あなたは頭が良すぎるしこの時代を生きるには優しすぎる」


「なっななななな何でだよ言われた通りにしたろうが!」


「だからまだ生きてんでしょうがアンタ、流れ弾に当たっちゃえばいいなーとは思ってましたけども」


戦闘が集結した頃、いや2階では未だ野郎の悲鳴と絶叫が響き渡っているが、ヒナが出てきた通路から(たぶん物置きとか見回ってきた)シオンはのんびり現れる。メルに組み伏せられた通信兵へまず溜息をついたのち、腕をひねってるメルをどかし、起き上がる彼にフリースジャケットの内ポケットから出した黒い切手みたいなのを手渡した。


「コピーはしてませんから、さっさとどっか行きなさい」


「言われなくても…!」


これさえあればこっちのもんだとばかり、名前もわからない彼は大事そうにそれを握り締めつつ破れたシャッターから外へ飛び出していく。直後に拠点中のバトルドールが寝返った事に起因する銃声と怒号がけたたましく断続的に上がったが、「武器持ってないなら大丈夫、たぶん」とメルが一言。


「そんでほんとにコピーしてないの?」


「さてどうだか、と言いたい所ですが本当です。味方を裏切ればデータを渡してやるとか、そのへんの密約を交わした音声記録が残っていますので」


「スズちゃん、この悪魔に弱味見せちゃ駄目だよ、こうなるからね」


「え…あーうん、気をつける」


けたけた笑うシオンを指差すメルに言われて、乾いた笑いを漏らしながらスズは太刀を消す。サブマシンガンの50発入り弾倉はまだ下から4発目に詰めてある曳光弾を放出していないが、残っていても10発あるかどうかだろうから、腰のポーチから新しいのを取り出して入れ替えておいた。「では行きましょう」とハンドガンを階段の先に向けるシオンを先頭、重アサルトライフルで背後を警戒するメルを最後尾に4人まとまって2階へ上がる。

予想はついていた事ではあるが、1階にしばし遅れて静かになった2階には休憩中だったらしい10人以上の兵士、指揮官がいて、そのすべてが既に絶命していた。反撃を試みた形跡はあまり無い、銃声も聞こえてこなかったし1発の発砲すら許されなかったのだろう。弾薬箱や機材の積まれる廊下、寝袋が並んでいる居間と、首か胸を一撃というスマートな殺され方をした死体達を見ながら通過、寝室へ辿り着く。


「あ、来た」


「ぐ……づ…!」


室内は他と同じく各種物資、特にスパナやドライバー等整備道具を中心に置かれていて、そして1人のイギリス人がまだ生存していた、右足太ももと右脇腹と右手の平から血を噴いているが生きてはいる。木製の簡素なベッドにもたれかかり左手で脇腹を押さえつつ息を荒げる茶髪中年男性の前で血まみれのコンバットソードを提げたフェルトは突っ立っていた、4人が入ってくると血払いをした剣を鞘に収め、シオンと入れ替わりで大佐の制服着た情報将校から離れ、出入り口近くで止まったスズの隣へ。


「おつかれさま、大丈夫だった?」


「一応ね。そっちは?血とか浴びてない?」


「血?」


「いや、まぁ、狭い所だと、ならない?真っ赤に」


「あははやだなぁ、返り血を浴びるのは三流のやる事だよ?」


「あっ…そ…ふぅん……」


曇りの無い無邪気な笑顔で言われ、そうか自分は三流だったのかとか思いながら引きつった笑みを返す。深くは考えないようにしよう、闇の気配しか感じない。


「ではブリティッシュジェントルマン、質疑応答の時間です。ああ名乗らなくて結構、あなたの名前に興味はありませんので」


「ガキの遊びに付き合っている時間は無い……」


「不要な心配してますねぇ、あなたはもうここからどこにも行かないというのに」


お前のすべてを握っているぞと言いたげな表情、ハンドガンのトリガーガードに指を引っかけくるくる回してシオンは威圧を与え続ける。味方はいない、喋らなければ助からないと思い込ませれば勝ち、もう嫌だと思わせても勝ち、最悪精神を崩壊させても勝ちである。「外出て、他の事してましょ、まかり間違っても見せらんないから」とヒナは言うが、その前に気になる事があって、スズはシオンの隣へ向かう。


「クソ共め、お前達は事態を引っかき回しているだけだ。打つ手が無いなら大人しく消えろ、邪魔だ」


「不要だと言いましたが……ああ不要といえばその足、もう要らないですよね?」


グリップを握り直したハンドガンを睨みつけてくる情報将校の左足へ向けた彼女の肩をつつくと、何も言わないながらそれを中断、振り返った。


「あの、そうする前に説得できない?」


「うーん……スズ、気持ちはわかりますがこういう人間は……」


「止められなかったら全員死ぬんでしょ?核兵器?っていうのが”絶対に使ってはいけないもの”として世界中で認知されてるなら利害は一致してるはず。そうなってしまった後じゃ勝ち負けも何もなくなるんだから、ここで争う必要は、ない、と思うんだけど……」


「く…はは……」


情報を司る部門に所属するなら現状は知っていなければおかしい、そう考えて言ってはみたが、倒れる情報将校が見せた反応は嘲笑だった。それは無理だと、おそらくそういう意味を込めてシオンはスズの肩に手を乗せ、次いで冷めた目でそれを睨む。


「使ってはいけない道具などあるものか!ただ1発で敵を全滅させる力を秘めた武器だぞ!今まで使われなかった方が異常なのだ!」


「っ……」


「全員死ぬと言ったな、勝ち負けも無いと言ったな、まったく違う!先に撃った方が負けなのだ!”我々”は相手が撃つのを待っていただけだ!そしてそれで死ぬのは、特に何も成す事無くのうのうと生きてきた愚民だけだ。人など勝手に増えていく、頭脳さえ、我々さえ生きていれば何度でも復興できる、それ以外などどうでもいい」


一瞬、何を言っているかわからなかった、だがすぐに気付く。あちらとこちらの違いはひとつだけ、人死にを忌避するかどうかである。それを度外視すればなんと効率的な考えだろうか、何せシェルターにこもっていればいいだけなのだから、あくまで度外視すればだが。


「我々は勝利する、大地が焼かれようが無くなろうが生き延び覇者となる。協力など論外だ、わかったら……」


シオンに肩を押される、抵抗できずに2歩退がる。言葉を失ってしまったスズから手を離し、彼女はハンドガンのトリガーへ指をかけ。


「ふっ……」


しかし、その前に、なんか後ろで笑い声が漏れた。


「そっかぁー、どうでもいいのかぁー」


振り返ってみれば何かを察して思いっきり顔をしかめるメルと、彼女の腕にしがみつき、恐れていた事が起きてしまったかの如く絶望するヒナ。まずい事になったと2人の表情は語っており、何だ何が起きたんだと目を戻してみれば、眼前のシオンは笑顔を取り戻していたものの、だらだらだらだらととんでもない勢いで汗を流している。


「ど…どしたの……フェルト…?」


「いやぁー、なんかぁー、面白いこと言ってるなぁーって思ってぇ……」


滅多な事じゃあ怒らないけどもし怒らせちゃったらその時点ですべてを諦めること、あの時メルはそう言っていた。今のフェルトの心境がどんなものかはわからない、ただ一斉に凍り付く3人を他所に、俯き、前髪で目を隠し、口だけで笑顔を表現しつつコツリコツリと足音を鳴らして情報将校の前まで歩み寄り、そのさい壁際にあったテーブル上、工具や何らかの予備パーツが散乱する中からハンドガンっぽい見た目の道具を掴み上げる。

動かし方はまんまである、グリップを握って、トリガーを押し込めば動作する。しかし弾丸を発射する能力は無く、マガジンがあるべき場所にはバッテリー、銃口があるべき場所には螺旋状の溝が彫られた金属の棒が刺さっている。丸みを帯びた、派手なカラーリングのそれをフェルトが試運転とばかりにトリガープルすれば、ぎゅるん!と音を立てて棒だけが高速回転を行う。スズにとっては初めて見る道具だ、使用用途は見当もつかない。つかないが、しかし、いやしかし。


「な…何を…やめ…!」



うん、よくわかんないけどあれ多分ドリル。



「ちょ…待ってそれ何に使むぐっ!?」


トリガー押しっぱなしにされたそれが恐怖の騒音を奏でる中、スズは背後から口を塞がれ、シオンに両肩を押され、そのままフェルトだけを残して寝室から退出。肩を押していたシオンはスズを反転させて、その場に座らせ、今度はヘッドギアの電源を落としさらに狐耳を押し潰してくる。その間メルは極めて迅速に寝室のドアを閉め、最後にヒナが腹部に巻きついて、混乱しながらとりあえず背中に手を回せば。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


悲鳴、絶叫、いや慟哭(どうこく)と表現すべき、ドアを閉め耳を塞がれてもなお鼓膜に声が届く音量である。聞いた途端に全身が痙攣、両目を見開いたまま、他の3人と同じようにただ耐える、終わるのを待つ。


「嫌だ!!違う!!わかっだから!!なんでも話ず!!だからやめ……やべでええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


別な事を考えよう、そういえば巻きついてるヒナの腕、義手の筈だが暖かい。まさしくアリエスとまったく同じだ、ただ向こうと違ってヒナのこれは肉体との接合部が凍結するのを防ぐという意味があるのだろうが。触り心地も人肌そのまま、これで触覚があれば完璧だろうが、そんな事は可能なのだろうか、まさか電線と神経を繋いでる訳でもなし。


「そごの!!そのパソコンに全部入ってる!!プロテクトキーを挿してパスワードを入力すれば閲覧できる!!kmtcd5g12bb9だ!!プロテクトキーはこれ!!だから……やっ…待って!!」


バシン!というくぐもった1発の銃声を最後に地獄の騒音は終わりを迎えた。ゆっくりシオンの手が離れ、ヒナはまだ抱きついたまま。


「やっぱこうなったぁぁ…!」


「私のせい?え、これ私のせいなんすかね?」


「間接的には、うん」


シオンとメル同時の溜息、こっちは抱き締め合ったまま涙目を継続。そう間を置かずドアが開く音がする。


「お待たせ!」


「うわめっちゃ笑顔。……まぁいい、戻りますよ、とにかくいい加減、まとまった休息を取らないと」


その通りだ、休みたい。そして可及的速やかに、今起きた事を忘れたい。

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