第185話

これら陸海の巨大な軍備は、戦争を行う手段ではなく、戦争を防ぐ手段なのだと言われている……しかしもっと安全な道もある……必要なのは各国政府の同意と善意だけだ。昨今は、平和を望むなら軍備を、と言われる。この議会は、民衆に代わってこう言う、Si vis pacem, para pactum、汝平和を望むなら、平和維持に賛同せよ、と。

ーアンドリュー・カーネギー




















ストライカー旅団戦闘団とはその名の通りストライカー装甲兵員輸送車とその派生型を中核とする高速展開部隊である。設立当初の目的としては「比較的小型の輸送機でも空輸できるくらい軽い装甲車を組み合わせて戦域内をあっちこっち飛び回らせよう」だったのだが、そんな短い距離をいちいち空輸する非効率さに途中で気付いてしまった為、現在では”やけに防御力の低い装甲車集団”でしかない。とはいえハンヴィー(ハマーの原型)よりは高防御、兵員のほぼすべてが乗車移動する機動性は確かな有用性があり、動きが速く汎用性のある使い勝手の良い部隊としてしっかり重宝されている。それ故に前線にいち早く立たされる事も多く、北京も上海も香港も海に沈んだ現在において中国軍司令部の置かれる重慶(じゅうけい、チョンチン)目前のこの場所へ迅速な展開を命じられ、そして包囲されたのだ。なんだかんだ言ったところで重機関銃弾くらいしか防げないうっすい装甲は敵の戦車、歩兵戦闘車、対戦車ミサイル、無反動砲、ロケットランチャー、あらゆる相手を天敵とする。


「誰かと思えば…まだくたばっていなかったか」


そのストライカー旅団のうち出迎えてくれたのはエドワード・マッコール少佐、にんまりと見つめてくるシオンを苦虫噛み潰した顔で見つめ返す男性である。真っ白な防寒コートを着込み、金色の短髪と青い瞳で、身長は人一倍高く190cm。こちらとフォルムは同じだが若干細部の異なるアサルトライフルを携行し、部下を2人従えながら道端に突っ立っていた。


「これはこれは少佐殿、あいも変わらず貧乏くじを引き続けているようで、ギネス申請してみてはいかがですかな?”激戦地で孤立し続けた総時間”とかで」


「ああ生きて帰れたらそうしてみよう、そしたら貴様はユーチューバーにでもなったらどうだ?部下のヘッドカメラがいくつかトンチキ行動を収めている」


などと仲良さげに挨拶を済ませ、彼は女ばかりの一行をざっと眺める。フェイは戦域外待機、ヒナは敵軍の監視を続けているので辿り着いたのは4人、シオンの他にメルとフェルト、それからスズである。散々言ってきたがとにかく場違い、周囲の視線集中とエド少佐の溜息を禁じ得ない。


「大佐殿はどこに?」


「爆撃を受け亡くなられた、遺体は向こうのボディバッグに」


「失礼、後で追悼を。では指揮官代理の方は?まさか少佐が?」


「いや違う、だが言いたい事は俺に言え。お前達が中佐に会ったとして、何か起きるとは思えんからな」


あらそう、とシオンは懐からメモリーチップを取り出し彼に渡す。携帯端末にセットさせ、一緒に見ながら説明する事しばらく。見る見る少佐の顔は険しくなり、トドメに増援が来ないという日本軍経由の情報を伝えると、「少し待て」とだけ言って背中を向け、おもむろに紙巻きタバコの火をつける。煙を吹き出すのをただ黙って眺め、その後火つけたまま振り返って寄ってきたので「消せ」と批判を殺到させた。ただし最後方で乾いた笑いを漏らす1人は除く。


「……つまり何だ?奴らが1発でも核を撃てばアメリカも撃つ、そしてアメリカが撃てば欧露も撃つ。だから何としても阻止せねばならないがそれができるのは後方支援を完璧に失った俺達派遣軍だけだと」


「その通り」


「クソめ…最後の最後まで貧乏くじか……いや仕方ない、残存する友軍戦力はここを中心に分散している、まとめ直すには俺達が動くのが最も手っ取り早いだろうよ。いいだろう、指揮官代理の説得は俺がしておく」


タバコを始末した少佐は頭を手に当て途方に暮れたが、すぐ持ち直し、提案受諾の旨をシオンへ伝える。その後改めて一行を眺め、しかし今度は怪訝な顔ではなく、何かを探しているような。


「ではそういう事で。とりあえず休憩させて貰えますかね?結構な距離を歩いてきたもんで」


「ああ、そりゃ構わんが、その前に…いや何でもな…いや……」


「何すか?言いたい事があるなら今のうちにお願いしますよ」


「その…さっきの通信なんだが……」


さっきの通信、というのはストライカー装甲車による支援を要請した時の会話を指しているようで。急に動きがぎこちなくなったエド少佐を見て、ふと思い当たり。


「あのとても高貴で優しげな声の女性はどこにいるんだ?」


ばっと、その瞬間3人は後ろを振り返る。しかし悲しいかな、あの時彼と通信を行なったスズはほぼ同時に目線をあさっての方向へ飛ばし、遠い目と、口角をやや上げるだけの半笑いを行いつつ、数秒に渡る沈黙のすべてを無反応でやり過ごして見せた。


「……私らたった4、5人の為だけに4輌も出してきましたよねぇ、常識的に考えてICV(輸送型)が1輌いれば十二分に救援可能だったのに」


「展開している敵戦力が不明だったからでだな……」


「それにしたってIFV(戦闘型)を付け足すだけでよかったでしょうよ、IFVにICV2輌にAGS(支援型)まで出してきよって」


「万が一という事もある…そう万が一にも……」


にやりにやりと笑いつつ追求するシオンに彼は高身長な体をもじって狼狽を表現し、意を決したように胸くらいまで上げた右手を握り締める。何やってんだと思ったら、フォレッジグリーンのフードがおもむろに視界へと入ってきて。


「悲しませる訳にはいかないと思ったからだっ!!」


「ありがとうございます」


「へ?」


「お?」


その瞬間、思った事はいくつかあったが、最も先行してきたのは「誰だ?」という疑問である。目を丸くする少佐と同じくシオンとメルとフェルトも言葉を失ってしまい、優雅に朗らかに微笑む彼女を揃って眺めるのみ。


「私のような小娘の身を案じてくれるなんて、優しい方なのですね。改めて、感謝の意を示させて頂きます」


「あ…あぁいや……それほどの事でもない…ありません……」


いいとこ生まれのご令嬢、メルの評するところ庭園ピアノ系(野外の洋式庭園でピアノ弾いてそうな人の意)という感じの口調だ。どことなく眠そうな目と綺麗な曲線を描く閉じた口、体の前で指先揃えた手を重ねて、ゆっくりお辞儀した後は僅かに首を傾げつつ、スズは少佐の顔をじっと見つめ始めた。おかげで彼も言葉を正してしまい、気持ーち姿勢も直立不動になりつつある。


「ですがこれで終わり、という訳には参りません、ご存知の通り世界は破滅を迎えつつあります。それが避け得ぬ運命なれば仕方なし、されど抗う術が残されているなら、この場にいる我らが諦めるのは許されない。でしょう?」


ご令嬢というか、明らかにそれより格上っぽく、例えば英国の…いや、というよりは…その…………誰だ?


「それはもちろん…全力を尽くします……それで、あの…貴女はいったい……」


「うーん…別段隠すようなものではないのだけど、秘密、という事にしておいて頂けません?急に言ったらみんなびっくりしてしまうもの」


「は…はい!構いませんとも!」


あーあアレは落っこちてった、彼女がロシア人スパイなら軍人失格である。左手の人差し指を口元に添えいたずらっぽく笑むととうとう両手両足を揃えて直立不動、「では」と言い残しスズは下がっていって、なかなかに深い溜息をついていたが少佐殿は気付かず。


「…………ああいうの好みなん?」


「もう少し歳いってればな……向こうの学校の食堂を動かしてる、お前達の事は伝えてあるから手早く食事を済ませろ。日没後、東の包囲部隊へ攻勢をかけるぞ、お前達の拠点はそっちの方向にあるんだろう?」


「へーい」


そうしてエド少佐は部下を引き連れ去っていった。概ねシオンが考えていた要望通り、といっても押し込んだのはスズで、そもそも提案してすらいないのだが。

で、当人の様子は思った通り。


「昼食のお時間です、本場米国のおジャンクフードを食しにゆきましょう」


「真似しなくていいから……」


「お嬢様はあのような雑なお食事はお食べになった事がおありですかぁ?」


「やめい……」


「エスコート致します、お手をどうぞ」


「やーめい!」


あれは終わらんだろうな、しっばらく。

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