第184話

自国を自力で護れない国歌の主張など、他の国は聞きはしない。

ーカール・グスタフ・マンネルイム


















2人は小高い山を越えようとしていた、なんか開けた場所に出ちまったなと思ったらそこは敵の主補給路(メインで使う道、軍的幹線道路)であり、あろうことか姿を暴露してしまったのである。詳細な地図があったところで何もかも雪の下、人工衛星は塵の雲に阻まれ能力半減、さらに本来基礎情報を集める専門家もいないという有様ではリサーチ不足も致し方ない事だったが。結果から判断する限りこの時点において既に目撃されていた可能性は高く、であれば少なからず先に数を減らしておいたのは正解と言えよう。後はまぁ、スズが楽になるようわざと目立ったんだとか勘違いしてくれるのを祈るのと、中途半端なタイミングで発砲して見事外した敵狙撃兵へ嘲笑を送りたい。


「よぉぉし楽しくなってきた!走れ走れ走れぇーッ!」


目標地点改めフェルトとの合流地点へと向かう中、背後から車のエンジン音が聞こえてきた途端にシオンは叫ぶ。最短ルートから少し右へ、少しでも木々の密度が高い方へ駆け込んでいく。


「チームブラボーからムーンライトへ砲撃支援要請!榴弾!拡散砲撃!」


『思ってたのと違う人から求められたなう』


「そこ言わないで!!」


『ドローン射出、目標指示して』


ヒナが言っていたタイヤ痕の主だろう、元から帰路にあったのか連絡を受けたのか、歩兵2個小隊40人程度を乗せた高機動車両(ジープっぽい四輪駆動車)の車列が主補給路に現れ、シオンとメルを追撃するべく付近で停止、歩兵を降ろした。敵の展開が終わる前にシオンは木影へ隠れ、雪に埋まって、同じ事をしたメルに指二本立てた右手で連中を指し示す。すぐに彼女は自らの武器を前に引き出しバイポッドを立てた。

シオンのアサルトライフルを拡大したようなもので、軽機関銃っぽく運用法もそのままだが本職ほどの制圧力は無く、その代わり軽量で、仲間と弾倉を共用でき、何より操作方法が同一である。重アサルトライフルという捻りの足らない名前を持つその銃には上部に1.5倍固定のACOGスコープと下部に二脚(バイポッド)、そしてメルが手を伸ばした左側にレーザー誘導装置を備える。対地ミサイルや誘導爆弾に目標を教える為のもので、こいつが放ったレーザーパルスは目標に当たって反射、その後ミサイル等のシーカーに飛び込む。シーカーはレーザーが飛んできた方向を察知し弾体の進路を変更するので、誘導手は着弾までレーザー照射を続けなければならない。今回誘導するのはフェイの乗るAGF-29Cムーンライト、その105mm弾である。ご存じないかもしれないが”レーザー誘導砲弾”というわけわからん兵器は実在し、原理は同じ、撃ち上がって落っこちてくる砲弾をレーザーで誘導するのだ。しかし今回使うのはそれではない、「誘導能力を持つミサイルよりも1発あたりの単価が圧倒的に低いから砲弾使ってるのになんで砲弾に誘導能力つけなきゃならないの」というもっともな意見によりフェイは誘導砲弾の使用を拒否していて、そのため今からやるのはレーザー照射→シーカー搭載の飛行ドローンが位置を特定→ムーンライトへ伝達→射撃という回りくどい行為だ。


『信号検出、もういい』


ただそれによって得たものもある、着弾するまで見つかろうが撃たれようがその場を離れられないミサイル誘導と比べ、照射し続けなければならない時間が非常に短くて済む。可及的速やかに立ち上がって、合流地点への直進ルートへ戻った。

程なくして反響混じりの砲撃音が5回発生する、降車を終えた者から発砲を始めようとしていた連中はそれを聞いて中断、蜘蛛の子を散らすように逃げようとしたがもう遅く、落ちてきた榴弾によって彼らの姿は爆炎と轟音に飲まれていった。


「ハッハー!燃えてろワンタン野郎!」


「ワンタンを悪く言うな!!」


破壊され炎上する車両群に対しサムズアップを下に向けて振り下ろすシオンにメルは叫び、『射撃終了、位置を変える』との通信を聞きながら視線を前へ。今ほどの人数ではないが、いつの間に展開していたか違う部隊が体勢を整えていた。距離150m、高低差が若干あり、稜線から顔を覗かせつつ既に射撃を始めている。


「制圧射撃!ぞろぞろ湧いて出てくんなや!てめえの晩飯のマーボー豆腐にバーベキューソースかけんぞ!!」


「やめて!!」


周囲の木の表面が弾け、雪が飛び散る中、その場に留まったメルの重アサルトライフルはバースト連射を実施。100発入りドラムマガジンの中身を少しずつリズミカルに撃っていくそれは敵に攻守交代を強制させ、一時的ながら攻撃が止んでいる間にシオンだけが右側面へ迂回していく。

少し移動しただけで敵部隊の横腹は現れた、人数4、全員がライフルを握り、木や雪から突き出た岩に隠れて、反撃しようと顔を上げる度に撃たれて引っ込めるというのを繰り返していた。視認してしまえば後は簡単、自分のライフルの銃口をスコープ越しに突きつけ、セレクターがセミオートの位置にあるそれのトリガーを1人あたり2回ずつ引いていくだけ。

バスバスとやや気の抜けた音がして、4人の敵兵は順番に倒れ伏した。通信機にクリアを伝え、メルが追いつくのを待ってから再び前進していく。


「チームブラボーは間も無く合流地点に達する!今のところ攻撃は受けていなうわっち!!オーケー訂正しよう!ヘタクソスナイパーがまだいやがった!」


移動速度がもう少し遅かったか、もしくはシオンがもっとふくよかな体形だったらその弾丸は命中していたろうが、幸いにしてジャケットの脇腹部分を長さ5cmに渡って裂くのみに終わり、咄嗟にヘッドダイブ、雪に埋もれて姿を消す。「1人倒すのに何発撃つんですかー!?」とか言いつつ最寄りの岩まで這って進んで、弾の飛んできたのとは反対側で落ち着いた。


『チャーリー、現場に着いた。そのヘタクソは私がやるわ』


「お願いしますぁ!急いで!早急に!」


「罵声飛ばしてるけどもう心折れてるからねこの人!」


しかしそう長い間休んではいられない、雪をかき分ける足音がまた聞こえてきた為にライフルを持ち上げ、だからと言ってスナイパーが健在な限りそこから動けず、やれる事といえば音の方向へ何発か牽制を送る程度。


「アルファ!?そちらの状況は!?」


『…………』


「フェルト!?スズ!?」


ここが一番の正念場という所、ではあるのだが、通信機に返答は無く、頼みの2人は消息を絶ってしまった。フェルトはデストロイモードで疾走中だからいいとしてスズは、焦っていたからそういやよく考えていなかった、というか緊急参加の新人の割に手間がかからな過ぎたもんだから大丈夫じゃないかと勝手に思っていたが、フェルトの全力前進速度についていけるとは思えず、実績はあるとしても、たった1人で複数に襲われて5分も10分も耐え続けられるほど今の戦争は甘くない。


「やっべ…スズ!?至急応答してください!答えられないならフェイを向かわせますよ!至急応答を……!」


全身の肌があわ立った感じがして勢いよくマイクに叫ぶ、それでも彼女の性格から予想される「大丈夫」とか「気にしないで」とかいうのは返って来ず。


『ちょっと待ってくださいね』


代わりといっては何だが、あまりに、この女だらけの戦場ですらあまりに場違いなものごっつぅお上品な声がやってきた。


「……何今のいいとこの家に生まれて手厚く育てられた感じの庭園ピアノ系ご令嬢ボイス!?」


「わからん!?」


ていうか庭園ピアノて何だよ、とかやってる間に気付けばフェルトが到着しており、シオンの視界外での出来事ながら接敵した直後にアサルトライフルを(たぶん片手で)乱射したらしき音、いつも通りならライフルを放り捨て、直視されればトラウマ不可避な眼をしながらコンバットソードを振り回している筈。実際乱射の後に聞こえてきたのは中国語の絶叫であり、更に首を一撃された死体が山の斜面を転がっていくのが見えた。


『仕留めた』


これはヒナの声、スナイパーは排除されたようだ。ヒナの姿も敵狙撃兵の姿も見えない中、銃身内蔵式の大型サプレッサーを持つセミオートスナイパーライフルと、ソニックブームを出さないよう音速以下で飛ぶ特殊弾を用いた彼女の射撃は映画みたいなプシュンという音しか発さないので、何が起きたかは一切感知のしようが無いのだが。


「他!周囲に何か見えますか!?」


『南西方向から歩兵1部隊、東のキャンプからも新しい車列が出発した。ストライカー旅団は……ここからじゃちょっと見えない』


『アルファは進路掃討を完了、こっち来ていいよー』


コンサート会場のヒッピーみたくぞろぞろ集まって来やがる、これ以上交戦を重ねる前に味方勢力圏へ逃げ込まなければ身がもたない。岩から離れて斜面を登り、斬殺死体の転がる中ライフルの弾倉を交換する彼女と合流、一目散に西へと駆けていく。そうしたら聞こえてきたのは車のエンジン音だ、高機動車とは違う、もっと大きな。


『もしもし?なんか援軍が向かってるっぽい』


続いて聞き覚えのある、シオンの知っているスズの声が通信機から流れてきた。ならばこれは味方の音、ストライカー旅団をその名たらしめる装甲戦闘車両。


「よくやった!手放しで褒めましょう!あなたはそのまま市街地内へ!後で合流します!」


白と灰と黒をドット絵みたくピクセルで並べたデジタル迷彩塗装を施され、8個のタイヤをすべて駆動させて雪上を進む頭が横に平べったい車である。まず現れたのは箱っぽい車体上部に25mmチェーンガンと対人レーザーを並列装備するターレットを備えた戦闘型で、続いて歩兵9人を車内に詰め込め、自衛火器として12.7mm重機関銃だけを持つ兵員輸送型が2輌。これだけでこの場を収めるには十分すぎるほどの戦力だったが、スズはどんな交渉をしたのか、ダメ押しとばかりにどでかい105mm砲を背負った火力支援型まで現れてしまい、こっちが呆気に取られている間に良さげな広場を見つけて4輌一斉に停止、戦闘型は1部隊やってくるという南西方向へ、火力支援型は敵軍キャンプのある真東へそれぞれ砲を向け、そして同時に射撃を開始した。

もはや勝ち負けがどうとかいう話ではない、25mm弾が地面を耕し、あぶれたのをレーザーが焼き、単なる4輪車でしかない高機動車は先程と同じように吹っ飛ばされていく。兵員輸送型から降りてきた米兵にジェスチャーで乗車を促され走り寄りながら「くたばれワンタン!」「ワンタンに何の恨みが!?」のくだりをもう一度、全長7m全幅2.7m、タイヤを含めて全高2.6mの車体を持つストライカーICV装甲車にたどり着いて車体後端のハッチから内部へ駆け込み、米兵へCIA職員である事を告げてから椅子に座って、銃にセイフティをかける。


『乗車を確認、チャーリーは監視に戻る』


「お願いします、なるべく早く迎えに行きますんでね」


『トッツィーロールあったら貰っといて』


「はいはい」


間も無く全員乗車、扉は閉められ、「あんなクソ甘いだけでやたらと歯にくっつくキャラメルみたいな菓子のどこがいいんだ……」みたいな顔をするメルとフェルトに苦笑いした所で再発進、市街地へストライカーは戻っていく。


「よし、結果オーライだ。ここの指揮官も核発射の兆候は感じ取ってるでしょう、まずは話をして、可能であれば今日中に隠れ家との連絡線を打通してもらう。あそこには少なからず燃料が残ってますからね、補給線を失っている彼らには悪い話じゃない筈」


「その前に休憩とごはんを」


「ああ、うん。そこのミスター?今日の昼食の予定は?ハンバーガー?そりゃ最高ですな」


「………………」


「ふふふふふ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る