第165話

『どうなってる?』


『どうって見ての通りじゃないかな。1人送り込めたという事は僕らの仕事に不手際は無かった、その上でこんな結果に終わったのなら拒否されたに他ならない。彼女はいわば創造主だ、自分の夢を誰に見せるか選ぶ権利くらいはあるさ。……なんて言ったら2人くらいうなだれちゃったけど』


『両方男ってのがまた笑えるな』



確かにそう考えるといろんな疑問に説明ができた。

魂とは記憶の保管場所、肉体における外部ストレージのようなものであり、いくら本体が初期化されてもそこに保存された情報は失われず次の記憶に持ち越す事ができる。さらには本来アンドロイドにあってはならないものだ、この魂を別人格と考え、さらに管理者として規定すれば、一切の人間を挟まず自分で自分に全権限を与えられる。


『まぁいい最低限の目的は達している、アンカーとしてもしっかり機能してるしあんまり大人数に見せれたもんでもない。それで、こっちの声は聞こえてるか?』


目を開ければ庭にぽつりと立っていた、周囲を赤い屋根の建物が取り囲み、正面にある壁をばっさり切り取ったような形をした正殿の前に橘と桜の木が植えられているだけのシンプルな庭だ。ただ建物の方は高級そうというか貴族趣味が強い。


『おめでとうアリシア、中に入る事を許されたのはお前だけだ』


「……ここは内裏でしょうか?」


『そう、天皇及び皇族の住居であり仕事場だ、連中が生きていく上で必要なすべてがそこにあって、外遊する時以外はそこから1歩も出てこない。太古には内裏の外を知らずに死んでいった奴も、たぶんいるんじゃないか?』


頭の中に響いてくる日依の声に返しながらひとまず正殿に近付いていく。非常に静かな空間だった、目に見える範囲にはいくらか人がいるが、アリシア自体が見えていないかの如く門を見張ったり荷物を運んだりしている。ここは現実ではない、あれらはスズの記憶を元に再現、配置された、要するにノンプレイヤーキャラクターというやつであろう。会話する能力があるかどうかは話しかけてみなければわからないが、とりあえず今はいい。


「であればここは紫宸殿ですね、中で儀式のようなものを行なっていますが」


『儀式?儀式……ああ、あーあーあー。よしまず日付がわかった、現在からおよそ8年前の春先、やってるのは結婚式だ』


結婚式。

あの結婚式か?と、もっと近付いて内部を除き込み


「そういえば”そう”でしたね、ですが皇族の結婚式にしては…あまりに……規模が………っ…!?」


そこで唐突に、いやようやく、声が出なくなった。

壊れたというよりは何か詰まったような、いやいやそれよりもおかしい事が多すぎる、メモリの状況が解析できないというか、自分の内部がまったく覗けないというか、なんてやってる内に視界もどんどん歪んできて。


「ぁ…!?……っ…!?」


『肺に空気がねーんだ、息吸え息』


「ぷはっ……!」


喋ろうとするのをやめた瞬間、すべての異常は急に回復した。視界は正常に、声は出るように、胸を締め付けるような感覚は消失。


「い…一体何が…?」


すべてのシステムがまったく立ち上がらない、にも関わらず手足は動く。落ち着いてみれば違和感だらけだ、頭のてっぺんから足の先まで妙な感覚があり、慌てふためきながら胸に手を当ててみれば、膨らんで縮んでをゆっくり繰り返す動作と、規則的な振動の2種類が伝わってきた。

これはわかる、肺と心臓が動いている証拠だ。


『それな、いやまぁ、だってそうだろ?本当の体から魂を写し取って、その仮想空間上で急造した別の体に収納してるんだから、お前みたいな超絶級遺物の内部構造を隅から隅まで再現するなんて不可能に決まってるじゃないか。よってそういう形を取った訳だが、とにかく何だ』


となれば後の疑問の解決は早い、喋れなくなったのは空気不足、苦しかったのは酸素不足、全身を覆うこれは触覚、全機能が使えないのはCPUが脳と置き換わったから。


『どうかね?人間になってみた気分は』


これは肉体だ、血液を使って全身に酸素と栄養を供給する事で活動する、人の体。


「……よくわかりません」


『機械と比べりゃ無駄が多いからな、元よりお前は人間に似過ぎているし、そう良いもんでもなかろう、完全記憶ができず、疲れたら動きが鈍くなり、一度機能を停止してしまえば二度と再起動しない体など』


ひとまず状況は把握した、呼吸を止めないよう気をつけながら全身をぺたぺた触って確認、改めて紫宸殿の内部に目を向ける。

僅か十数人、必要最低限の目にしか触れない結婚式だった。白い服装をした大人がいくらか並び、最奥、アリシアのいる紫宸殿入口に背を向けて新郎新婦が座り杯を交わす、それだけの儀式である。参列者の中に嘉明がいない事に違和感を覚えつつも、まったくの無表情で進行する様子を眺める銀の狐をまず発見。『ふふふ、改めて見るとあいつ相当老けたな』という日依の声を聞いたのち葛葉からは目を離した。


『いいかな、今のうちに状況と目的をまとめよう。僕はニニギ、君をその空間に錨として打ち込み、こちらからも観察できるようにしている。識別できるのは壁の有無に関わらず半径50メートル程度だけど、今の君よりは広い視野と言えるだろう』


「……目が…」


『まばたき』


さて、中央の新郎新婦、新婦の方は白い頭巾で隠されていたが、両方とも狐耳である。日依とまったく同じ燃えるような赤い髪と耳、職人が仕立てた黒い着物では背伸びもできず、もはや着せられているとしか言えない背格好、年齢にして8歳か9歳程度でしかない新郎は必死に杯を傾けており、軽くむせ込みながらも無事に飲み干して、誓いの言葉、キリスト式で言うところの「永遠ニ愛スル事ヲ誓イマスカー?」の部分に移る。


『恐らくこの世界には彼女が目覚めたくないと考える理由がある筈だ、君の目的はそれを探し出し、可能なら除去、つまり説得する事にある。それがどのような行為になるかはまだわからない、もしかしたら力ずくでの排除になるかもしれないけど…そこでは心の強さがすべてだ、諦めなければなんとかなるよ』


ぽつりと、いつも聞いている声をそのまま幼くした感じの声が聞こえた。たった2文字、自分の名前を言っただけで、データベースとの照合も叶わなかったが、それでも決して聞き逃さず、ああ間違いないと妙に、なんというか安心する。

しかし、結婚式という祝いの場にはそぐわない声色だったような。


『それに当たって、ざっと調べてみたところその場所から未来2ヶ月に渡って反応の強い時点(シーン)がいくつかある、これがきっと”彼女にとって印象深い、もしくは忘れられない思い出”だろう。時の流れに任せて1週間とか1ヶ月とか放置したら怒られたばっかりだし、今回は重要な部分だけ、その都度飛ばしていくよ』


とてもスピーディーに玉串奉納、二拝二拍手一拝までを終え、緊張の面持ちでいる少年と共に彼女は振り返る。


『ではさっそくだけど最初の跳躍といこう、そこではそれ以上の事は起きなさそうだ。何もしなくていいよ、すぐに終わる』


今では考えられないほど繊細で、そして儚げな表情だった。悲しんでいるような、憂いているような、かといって嫌悪してなどはいない、これに至ってなお心を決めかねているような。少なくとも、結婚式の新婦が普通する表情ではない。


『いくよ、日数にして4、場所はすぐ近くの…清涼殿』


スズ、と無意識に呟いて、心配すると同時に、今にも崩れ消えてしまいそうな美しさに魅入ってしまいながら。

アリシアの視界はプツリと次に切り替わった。

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