第152話

金払ってもそうそうお目にかかれないレベルの巨大な牡蠣を腹に収め、薬草茶を作ろうと井戸水を煮沸したもんにオオバコの葉を入れたら濃くなりすぎて悶絶したりした後、麻布数枚に2人でくるまって就寝。まだ暗い内に目を覚まし、誰もが見惚れるような朝焼けを拝みつつ撤収準備を行う。最後に風呂は無いんかと小毬に聞いてみたが、基本は何もしない、あってサウナ、さっぱりしたいなら川に飛び込めと言われて絶句した。これでも貴族よりは清潔である、連中は下手に体を洗ったら毛穴から邪気が入り込んで死に至ると信じているらしく、朝の占いが相当良いか、儀式で水浴びする時くらいしか肌を濡らす事はしないという。なんというか、お香がここまで発達した理由も推して知るべし。

目的地は彦島、本州西端からこぼれ落ちた形をしている島で、源平合戦における平氏最後の拠点である。既に退路を遮断され、東から義経の軍が迫る中、正面切って戦うには矢も船も足りない状態で立てこもっているのだ。それでも彼らは真っ向勝負を挑むのだが、それは武士としての意地なのかもしくは。


「よっしゃ」


小毬からの合図を海上で待っていた日依は、彦島南東で何らかの発光が起きたのを確認するやアルビレオを出現させ、海面すれすれを全速で飛ばしあっという間に彦島へ達する。マントを翻して飛び降りると出てきたばかりのアルビレオは粒子となって、日依だけが海岸へ着地した、この間30秒。


「雪音ちんは?」


「建物ざっと見ましたけどもう起きてるみたいで寝床にはいないデス、でも羅生門くらいの身長の人が入るには小さすぎると」


「そこはもうどうでもいいって」


地面に転がって眠る見張り兵の肩を全力で揺さぶる、「うぅん…?」とか言った瞬間に森へ駆け込んで完全犯罪達成、その後ゆっくり歩いて平氏本陣へ接近していく。


「とにかく拘束されてはいないんだな、なら聞いた通りなのかガセだったのか。このまま潜伏して様子を見よう」


子供じゃあるまいし大丈夫だろうとしっかり休息を取ってのんびり来たが、唯一心配していたのはそこであった。敗北しつつある軍は往々にしてモラルを崩壊させるもので、そんな連中に囚われたなら何をされるかわかったもんじゃ、いや何をされるかはわかりきっているが、朝起きて外出する自由があるならその可能性は潰えたと言える。そうなると現在、彼女より日依達の方が危険度は高い、まぁ小毬は捕まる可能性など無く、日依に襲いかかる愚者がいるようなら義経の手を煩わせる事なくこの戦争は終結を迎えるだろう、兎にも角にもこの時代においては魔法>科学である。

島の外周に広がる森から平氏本陣をざっと見た感じ残存戦力は万に届かず、10人くらい乗れそうな戦闘用舟艇がずらりと並んでいるが、小島1個しか支配していない集団が歯向かうのは日本のすべてなのだ、実際”彼”は海戦が不得手ながらこれ以上の数をしっかり出してくる。政治の片手間で兵法かじった程度のあんな連中などとは違い海での戦いに人生かけている少将閣下の存在は予測不可能な要素といえる、が、それでも結果は変わらないだろう。

ただ活力がある、ここまで追い込まれてなお軍としての機能を保っている。もはや自らの命運など感づいているだろうに、逃げ出す事無く、最期の戦いに備えている。


「大将が叱られたってのは本当なのかな?」


「やりそうではありマスよねぇ、ちんたら動くな軍人でしょうが!!とか」


「あるある」


ビンタ付きならなお良いなーはははとか、藪の中に隠れながら気楽にやっていたが、左前方から突如として草をかき分けるガサガサという音がして大いにビビる。そっちの方向に人の姿は無かった筈だが、背の高い草に覆われている為、確かに下方は死角で、更に足音のテンポからして犬猫だったというオチも薄い。まっすぐ日依達に近付いてくるそれから逃れるべく伏せ、「やべやべやべやべ」みたいに出来る限りの横移動、だがどうも足らない。


「後お願いしマース!」


「てめえ!1人だけ逃げんなこら!」


煙だけ残してその場から消えてしまった小毬に悪態をつく、仕方ねえこうなったら騒がれる前に気絶させてやんよと右拳を握りしめ、でも派手な音出したら他に気付かれんなと思い留まり、眠らせる為の符を持ってってしまった小毬にまた悪態、直後、音の主は姿を現した。


「な…!?」


「お?」


5歳か6歳、小学校にも入ってないような子供だった。身長110cm程度、豪奢な赤い着物を着て、髪はやや長く、男か女かはちょっとわからない。藪の中で潜んでいた日依を見つけて固まってしまい、対し日依もあまりに場違いなその子供の存在を理解できず硬直。

何か妙な時間が流れていく。


「陛下ー?」


「あ……」


5秒ほどだったろうか、子供を追うようにやってきた女性の声にビクリと反応し、日依から目を離して森の奥へと行ってしまった。

平氏が拠点を置いているとはいえ元からの住民もそりゃいるだろう、しかし今の子供は明らかに平民ではなく、服装の派手さから判断して貴族か、あるいはそれ以上。


「まさかありゃ……」


「陛下!」


「うおっ!?」


で、考えてる間に入れ替わりで尋ね人が現れる。


「えっ」


長い長い青髪狐耳付き、この時代の男には極めて目の毒であろうむき出しの肩と胸元、藍染めの衣装はないない尽くしの時代にあってなお汚れ無く、少なくとも、一定以上の自由を保障されているのが見て取れる。


「…………えー……」


たっぷり10秒、雪音は同じく固まった。その間に日依は立ち上がって、とりあえず眼前で手を振ってみると、そろーっと彼女は両手を伸ばし、日依の両頬を人差し指と親指で。


「いでででで!なんだよ!」


「痛くない…やっぱり夢だわ…………ちょっと待って!冗談ですってやめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


せっかく探しにきたのにふざけた小ネタを挟むもんだから、かねてより憎たらしく思っていた彼女のそれを思いっきり揉みしだいてやった。聞いた者が漏れなく振り返るような悲鳴で近くを歩いていた全員が驚き、そして走ってくる。


「御使様!?どうなされました!?」


一番乗りした薙刀装備の平氏兵、日依に気付いた、目を見開いた。


「ば…化け狐!?」


「なんでだよ!!ここまで来てなんで私は化け狐扱いなんだ!!」


「あ…それより陛下を探さないと……」


「どうせ遊郭だろうが!」


「そっちじゃありませんわ!もしアレが失踪しても私は探しませんわよ!」


「いや探してやってくれ最低限!」

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