第151話

「うわ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁん!!会いだかっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「よぉーーしよしよしよしよしよしよし!大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫!だから泣き止め!お前みたいな器用な真似できねーんだから!」


行動を始める際においてまず気にしたのは服装であったが、タンクトップの上から重ねたキャミソール+レイヤリングミニスカートというそこそこ肌を露出する格好よりはたぶん目立たないだろうと、日依は尻尾だけを消滅させて、後は黒マントのままとした。次に移動手段としてアルビレオを使うべきかで悩み、やっぱり目立ちたくないので言われた通り徒歩で川を下って海へと出る。突き当たりが山陽道、本州西端から瀬戸内海沿いに平安京のある畿内きないへ至る、要は幹線道路である。それに沿って北東へやや進めば長府、山陽道を行き来する者達へ宿を提供すると共に交通の要衝でもある町へと辿り着いた。普段住んでる大樹の主幹から枝端まで行ける距離を歩いたというのに貰った地図で見れば長門国(山口県西部)のほんのちみっこい範囲でしかないという事実に絶望しながら休憩、フードをかぶり、町中に忍びこむ。

小毬はすぐに見つかった、慣れた手つきで牡蠣かきを売り歩いていた。顔はそのままながら自分で自分に変化したらしく狸耳を消しており、緩くウェーブした茶髪はサイドテールを解いて肩にかかっている。当然ながら服装も自由自在であるのでネクタイシャツからオレンジ色の着物へ、それはかなり派手だったが売り子をやるにはむしろ丁度いいとも言えよう。しばらく遠くから観察してみて、そうしたら小汚い農民の男に言い寄られ始めたので、困り切った彼女の顔を眺めつつ接近、手を振ると、牡蠣(殻付き、ギザギザ、すごく痛い)の乗ったザルを男(顔面、直後絶叫)に押し付けて、そして最初のセリフである。騒ぎを聞きつけた町人が集まる中、あんまり人目に触れるとまずい日依は腰に巻きついて離れない小毬を引きずりながら町を脱出、どうにかこうにか泣き止ませた後、海辺の隠れ家まで連れてってもらう。


「ふむ…小毬、ここに飛ばされて何日目だ?」


「ええと、今日でちょうど1週間」


「そりゃ大変だったな、私はまだ2時間くらいだが」


「ずるい……」


神器といえどここまでの時間遡行では誤差が生じるという事だろうか、いやもしくはコストの軽い順に飛ばされたのか。小毬の生活領域は屋根代わりになりそうな反り立つ岩の下にかまどっぽく積み上げた石と焚き火の跡、その横にひしゃげた鍋、布団代わりのボロ布、拾ってきた何かの鉱石を尖らせたナイフと火打ち石があり、こういう生活に慣れているというのもあるだろうが、確かに1時間2時間で築ける拠点ではない。岩の下でしゃがみこんだ小毬はドロンと煙を発して元の服装とサイドテールへと戻ったが、相変わらず耳も尻尾も消えたまま。四角い穴の開いた丸い貨幣を数え出す横に座ってそれを眺め、いくらなんでも順応能力高すぎねーかとか思っていたところ、日依の腹がぐぅと鳴って、顔を見合わせ苦笑い。

さっきの牡蠣売りも鑑みるに海産物によって生活を支えていたようだ、ナイフを片手に拠点正面に広がる岩場へ向かうと適当な場所を見極め刃を突き立てる、すぐに大きな岩牡蠣が引き剥がされた。楽園か。


「結局ここはどこなんデス?」


「かつて東洋に存在した日本という島国だ、私らは今幻覚を見てるだけなのか本当にタイムスリップさせられたのかは判断できんが、基本的には後者だとして話を進める、いいな?」


次々と採取して、すぐに両手いっぱいの牡蠣が集まる。よく誰にも取られずに残っていたものだ、ああいや、取りきれないほどあるという事だろう。


「文明レベルから察して中世、平安時代の最末期だ。ここに来るまでに水田を見かけたが、田植え直前って感じからして今は4月か5月」


「あ、じゃあまだこの岩牡蠣取るには早かったデスね」


「真っ先に気にするとこではないと思うが……とにかく、時間軸は移動させられたが場所的にはほとんど移動していない、私らはまだ下関にいる。その下関で源氏の兵が今まさに活動していて、かつ天叢雲が”何を見せたいがためにこんなことをしたのか”というのを鑑みると、おそらく今は西暦1185年、壇ノ浦合戦の直前だ」


戻ってきた小毬が石製かまどの上部分に取ってきたものを並べている間に日依は薪を探す。洞窟のなり損ないみたいなへこみの一番奥に集積されていたので、いくつか拾って投入、火をつけるべく電撃を、電撃…火を……


ライコウがいない、時間遡行の際に突っぱねられたんだ。


「なんでこんなこと……」


「それについて確証は無いが確信がある、私らは今のうちに観客席を用意して、戦う様子を眺めてればいい。見て欲しいってな、言ってた、確か、夢の中で」


「夢の中で」


「夢の中で」


直接火を出せれば良かったのだが、あいにく日依自身にそんな能力は無い。という訳で大きい瑪瑙めのうの塊と、刀の破片らしき鉄板を木片で挟んだ即席火打ち金を手に取った。火打ち石の方は実際問題鉄を削り取れる硬度があれば何でもよく、重要なのは火花を散らす鉄、これがなかなか手に入らない。日本最古の火打ち石の記録は神代におけるヤマトタケル(山を焼き払うのに使用)まで遡るが、鍋や農具を削る訳にはいかない庶民はひたすら火を絶やさないようにし、消してしまったら木の棒をぐるぐるである。


「たった今わかった事がある、どうやらあの場の全員が飛ばされた訳ではないらしい。可能性があるのは雪音ちんとあの脳筋二刀流……着かねーなくそ、おいライター」


「そんなもんあったら……」


火口として小毬が綿を用意してくれたがそもそも火花が出なかった、こういう状況を想定するにしてもやはりタバコセットを持ち歩くのは有用と言える。石と金を受け取った小毬が一発で火花を散らし命中させたのを見て素直に感嘆、のち、そんなスキルが必要になる状況を想定して悲しくなる。


「とにかく仲間を探すなり戦場を見てみるなり行動しよう、何か情報持ってないか?」


「テートクさんの居場所については噂がありマスよ、ただちょっと信憑性が……」


「んー?まぁ国家レベルの伝言ゲームで広まるからな、途中で尾ひれが付くのは当然だろう、どんな?」


薪に燃え移って大きくなった火は牡蠣を炙り、ただし側面からの加熱なのでうまく回したりひっくり返したりして火を通していく。それをやりながら小毬は「あのー…」と言い澱みながら。


「平氏軍の居る彦島にお稲荷さんの使いが現れたそうデス」


「うん」


「なんでもどこからともなくやってきて、戦意を失った宗盛むねもりサンを叱りつけると瞬く間に軍を立て直したとか」


「うんうん」


「姿形は藍色の着物を着て、海のような青い髪を持ち、頭に狐の耳、背丈は羅生門の天井に届くほど」


「うん?」


「金剛力士のような屈強な体、イノシシを片手で打ち倒し、怒れる様はまさに鬼神」


「うん……ああ…」


「御使い様さえいれば平氏は不敗、源氏は恐れおののき坂東へ逃げ帰る事になるだろう。以上」


「うん、平氏によるプロパガンダだ、彼女の名誉の為にそういう事にしておこう」


性別もわからないような言い回しになってるし、いくらなんでも尾ひれ付きすぎ、つーかこちとら化け狐扱いで向こうは稲荷神の使いかよ、何が違うってんだ、胸か、そうか胸なんだな、ぺたん狐なめんなチクショー。


「……まぁいい、何が正解かもわからんしひとまず行ってみよう、彦島だな」


「今からデスか?日暮れ前にはなんとかって感じデスけど」


「いや…もう疲れた…今日は寝る……」


「たかが300mもないような小山から降りてきた程度で……」

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