第131話

「……でかいな」


標高3776m、主幹を基点に方位130度、距離5.08kmの位置にスズの家はある。2階建てだが地上階の天井がべらぼうに高いために実質3階建ての規模を持ち、さらに地下室も1部屋、壁や屋根は着色が施されないニス塗りの木材のみによって構成されている。南側にいる一行から見て正面に数段の階段が付く玄関、右側に突き出たガラス張りの中二階があって、遠目で見たシルエットは”へ”の字に近い。正面玄関から入ると短い廊下の先に内部容積の半分以上を占める広大な空間があり、左側をダイニングキッチンとして台所や食卓が、右側をリビングとしてソファやカーペットが設置されていた。リビングの先の階段を登るとベッドがふたつ置かれた中二階、逆にダイニングの先の階段を降りると怪しい本や怪しい道具の入る棚、怪しいコンテナ、作業机等がある地下室に辿り着く。このリビング、ダイニングキッチン、中二階、地下室すべてが仕切りの無いひとつの空間となっているのだ、それはもうだだっ広い。他の部屋は風呂、トイレ、倉庫、及び二階の客室ふたつのみであり、我が家というよりは別荘。実際、どこかの金持ちがロクに使わず放置していた別荘を買い叩いたものなので何の間違いでもない。


「でかいな」


「なぜ2回言った」


「大事なことだからだ、お前こんな家に1人で住んでたのか?」


ついでに言うと庭付き、門の外側からそれを日依が見上げ、呆れたような感嘆したような顔で言う。完全に開放された空間内にベッドを置いている以上他人を招き入れる気がなく、客室もアリシアが掃除に入るまで閉めきりであったが、1人用の住居としては過剰に広い。日依の目にはそう映ったものの、スズ自身は特に何か感じた事は無いらしく、アリシアも、「当時の私にそんなことを気にする能力は」と解答。


「そんな高くはなかったはず」


「確かにこんな高層の枝っ端なら土地は安かろうが」


とにかく中に入ろう、スズは横にスライドさせるタイプの柵を開けた。どうぞと言うとまず日依が通り、次の小毬は買い物袋を抱えてキョロつきながら。落ち着いて昼食を取るためにあらかじめ食材調達を済ませており、小麦粉をメインに醤油、鰹節、みりん、調理酒と、ゴボウ、ニンジン、長ネギ、油揚げ。そう説明の余地なくうどんである。


「ん?」


2人がスムーズに玄関へ向かう中、アリシアだけはケージを提げたままあさっての方向に目を向けていた。何だと同じ方向を見てみたら、目に映ったのは1人の少年。


「お久しぶりです」


「あ…ああ……」


それは隣の家から出てきたばかりの少年だった、背中に大きな文字で”どえらい御仁”、右の胸元に小さな文字で”The Great Panjandrum”と書かれている我が目を疑うようなデザインの白Tシャツと、黒地に赤いラインの入るなんか中途半端な丈のカーゴパンツという普段着を着た紛う事なき隣人だった。母にお使いでも頼まれたのか何気なく外に出たら一行に遭遇してしまったようで、短い黒髪の彼は左手に財布だけを握ったまま固まっている、それはもう不自然に。

そして最後に思い出す、学校は今夏休みの真っ最中か。


「帰って…来てたんだな」


「まぁうん、さっきね。おひさー」


「ああ、そう、そりゃ、いや」


「?」


どこか落ち着かない彼にひらひらと手を振っておく。

初顔でもない、お隣さんの息子なのだから見知っている。しかしそこまで親しい仲でもなかったので、スズが持つ彼の情報は17歳の高校生、野球をやっていて、名字は平賀(ひらが)、通勤通学の時間帯に外へ出ると必ず制服姿で家の前を歩いていて、近付くと今みたいな感じで挨拶してくる、それだけ。

と、そこで日依が戻ってきて、塀の内側から顔だけ出しつつ少年を一目見るや、その人の心を読む魔女は笑う、これ以上無いくらいのいやーーな表情で。


「いや、その……じゃあ!」


魔女の嘲笑にやられたか彼は弾かれたように走っていってしまった。要領を得ない、というかまったく意味の無い会話だったが、それを見届け、改めて中に入っていく日依が言い残す、「アホオヤジに気に入られるか悠人に突き殺されるかはてさて」。


「……なんだろ?」


「スズ、そういうところだけしっかり主人公するのはやめましょう?」


「へ?」


なんか呆れられたが、まぁとにかく今はいい。

帰宅して、うどんを食べたら、小毬の服を縫おう。

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