夏の夜の戯曲
第130話
憎まなきゃならなくなったとワタシは嘆く。
憎む理由ができたとワタシは喜ぶ。
壊れていく心の内に閉じこもって、かつてワタシだったものが怨嗟の花を咲かせていく。
一緒にいたかったのだという愛情が、殺してやりたいという激情に変わった時、この恋は終わったのだ。
それはもう変わらない、変わらせなど絶対にしない。
でも、もしそんなことが現実となるというならば、
それはなんて素敵な。
「西洋のジャンクヤードからかっさらってきました50口径30.5センチ連装砲に主砲を換装し、20門の7.6センチ砲と4門の4.7センチ砲すべて、及び小舟(カッター)を置いていた天蓋を撤去した上で新たに8.8センチ高射砲”Kw Flak”を艦載向けに改造したものを上甲板左右に6門、前後艦橋近くに4門、計10門を設置します。その他改良可能と認められる部分はできるだけ手を加えますが、本来戦艦の改装は年単位の時間をかけて行わなければならないものです、工期1ヶ月となるとできることは限られますしそれなりの不具合も発生します、ご了承ください。まぁ、今さら前弩級戦艦なんぞの改装にそこまでこだわる必要があるのかと言われるとその通りなのですけれど」
「まったくの不要とはならんだろうさ、相手を選べばちゃんと意味を持つ。例えばそう…世界三大記念艦とか」
「木造帆船2隻を三笠がボコボコにする構図ですわね」
ここに戻ってくる前に天皇陛下である嘉明(よしあき)は鳳天大樹に置いてきた、あそこなら斎院という高貴な人物(?)のもてなしに対応しいざとなれば牢屋も備える施設があり、人の目から遠ざける事が可能である。丁度良く酔っ払っていた香菜子に絶望したり円花に手首をひねられたりと一通りイベントを終えた後、おそらく田舎では補充できないだろう物品をめいっぱい積み込み、「手近な女に手出したら殺す、どうしてもというなら1件だけ店がある」と告げたのち、艦隊より一足先にゴールデンハインドで瑞羽大樹まで戻ってきた。まぁ一足先といっても三笠は修理と改装の為、夕張は最終調整をしてしっかり竣工させる為に鳳天大樹のドックへ直行、3水戦は手早くメンテを終わらせて剣の沈む壇ノ浦海域へ先回り、それ以外のポンコツは長時間の全力運転で全身バキバキであるので、ここに来るのは秋津洲くらいのもの。なお日依(ひより)と小毬(こまり)も、明日にはスズとアリシアを置いて壇ノ浦に向かってしまう。
「……やけに賑やかね、祭りの準備でしょうか?」
「うん、この時期は毎年」
フォッカー戦闘機が訓練飛行の準備を行う瑞羽大樹飛行場に接舷したゴールデンハインドの格納式階段(エアステア)を降りながら雪音(ゆきね)が呟き、8年来の住人であるスズが返した。無精髭のオッサンが待ち構える飛行場と、その奥の防衛隊本部、及びいくつかの箇所を除いて、大樹は紅白の垂れ幕で装飾されていた。これは豪華絢爛で有名な神道のお祭りで、その日がくれば一日中狂ったように大騒ぎする事になる。兎にも角にも神道の行事は派手なのだ、他の宗教の皆々様が見たら言葉を失うほどに。故に世界的にも神道の祭りは名が知れているのだが、実行する側からすればそんなにツラい事やる必要はないんじゃないかって感じではある、例えば神輿とか、神輿とか神輿とか神輿とか。
「神職いたっけか?樹長はキリスト教だし、住人の大半も仏教の皮をかぶった無宗教だろう」
「無宗教だからこそっていうのかな、お祭りもやるけど、クリスマスにはケーキ食べて大晦日に除夜の鐘鳴らすんだから。去年一昨年はあたしが神楽やったけど正直あれはただのパフォーマンス」
「え゛っ…姫様が踊…!あのそそそその神楽はどのくらい本格的なものなので!」
「何を期待してるのかまるで検討つかないけどストリップダンスとか絶対ないから」
ほら早く少将閣下は部下の所に戻んなさいとスズは一緒に階段を降りようとする雪音を押し戻し、ああんいけずぅぅぅぅ!なんて言う彼女は大霧船長に引き渡された後収納されるエアステアとハッチの先に消えていった。
改めて状況を確認する、僅か十数分の接舷だけでゴールデンハインドは離脱準備を開始、雪音を乗せたまま壇ノ浦直近の大樹へ向かう予定である。下船したのは僅かな積荷の他にスズと、日依と、小毬と、ケージを運ぶアリシアのみ。アリシアの左手の傷は完全補修に成功したものの、実体化した小毬の尻尾は収納がなされておらず、今も下向きに浮遊している。このまま街中を歩けばある程度の注目を集めてしまうだろう、言った通り明日には日依に連れられてここを出るので、本人に頑張らせる、以外に何の対策も取ってはいないが。
「ただいま」
「おう、おかえり」
そして降り立った先で待っていたヒゲオヤジが蜉蝣(かげろう)、スズと最も面識が深いという理由で対応を押し付けられている防衛隊少佐だ。それは間違いではなく、確かにこの瑞羽大樹に移ってきた時にはもうこの男の顔はあった。どちらかというとスズが世話になったのは奥さんの方で、この本名を高旗 東(たかはた あずま)というヒゲオヤジはむしろ妖怪由来の怪奇現象が起こる度にスズを頼っていたが。
「増えたな」
「そう、あの茶色が民間協力者で、この赤いのがえーと…無職」
「ふははは!もうちょっとなんか言い方あるだろ!」
義理の妹という表現をすると話がこじれる気がしたし、神祇伯も辞めてしまっているので、身分は何かと問われれば当然そうなる。ひっぱたかれてキャスケット帽がずれ落ち狐耳が露わとなるも、スズは慌てないし周りの誰も気にしない、今の所は小毬の尻尾の方が目立っている。やっぱ田舎が一番だわーとばかりにのんびり帽子を直した後、改めて日依を説明、そして話題を祭りに移す。
瑞羽大樹祭という何のひねりも面白味も無い名を持つこの祭りは神様をもてなし、楽しませる事でまた1年守って貰えるようにすると共に荒神となるのを防ぐ祭礼である。神道の神は基本的に和御魂(にぎみたま)と荒御魂(あらみたま)というふたつの側面を同時に内包しており、魂が和んでいる時は善神として豊穣をもたらし、逆に荒ぶっている時は悪神としてどっかの青少年から「何ゆえそのようにして荒ぶるのか!」なんて言われたりする。つまり、その神様が人類にとって敵となるか味方となるかは人間の対応次第という訳である。が、そんな事はとうの昔に形骸化しているこの祭りはただただ騒ぐために存在しており、巫女の神楽舞に始まって巨大な山車(だし)が練り歩き、1日中鳴り響く祭囃子(まつりばやし)のもと屋台が粉もんとか氷とか金魚とか提供して、オーラスに何千発もの花火を打ち上げるという、およそ一般にイメージされる祭りの要素をすべて詰め込んだ一大イベントとなっていた。もっとも、神様を歓迎するに当たって一番重要ともいえる神輿(みこし)は無い、あれマジできついからね、仕方ないね。
「準備は順調みたいだね」
「概ね順調といっていい、お前がいなくなったおかげで踊り手が空席になってたが、一般から募ったら1人だけ、練習無しで完璧に踊れるって子が立候補してくれてな、普段から巫女さんやってるとか」
「巫女?そんなのいたっけ?」
「それがいたんだよ、七海(ななみ)っていう」
「ふはははははははは!!」
さっきの日依と同じくスズも笑う、その間にゴールデンハインドが離脱を開始、ゴンドラ内部で手をぶんぶんふる雪音には小毬が応じて、それだけじゃかわいそうだと日依も控えめに振る。あいにく2人共あさってには再合流するのだが。
「いや違うよ!?巫女っぽいカッコしてるけどあれ巫女じゃないからね!?ウエイトレスだからね!?」
「うんそれはそうなんだが、本当の巫女さんはいないんだ、1人も」
とにかくお前の手は煩わせん、今年は見物する側に回ってくれと蜉蝣は言う。ならば気にする必要も無いので、それでこの会話は終わりを見た。明日に備えて休ませなければならない2人のため、およそ1ヶ月ぶりに自宅へ戻ることとする。
「それで確認するが、お父上は無事なんだな?」
「元気すぎて困るくらいに、ねえ?」
「ああ、今夜はオカマバーで忘れ(られ)ない夜を過ごすだろう」
実際のところ鳳天大樹に風俗店は無かったのだ、このあたりは秋菜ちゃんの実績である。奴の女好きは絶対に抗えない血の宿命であるので、プロがいないとわかりゃどうせ自力でナンパでも始めるだろうが。
「なら良かった、こんなちっさい頃から見てきたこっちとしては親代わり子代わりみたいなもんだったし」
「気持ち悪い事言ってる暇あったら早よ奥さん説得して子供作んなさい」
「返す言葉もございません……」
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