第123話

皇天大樹地表東側

特務試験教導連隊

クラリス・”水蓮”・ベンネヴィス




落ちてくる

落ちてくる

落ちてくる!


「いぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!」


全長13m、重量80tにもなる口径41cm、世界最大級の砲身が遥か4000mの上空から落下してくるのを認めた瞬間水蓮はトラックの荷台上で絶叫した。既に地表は大小様々な火砲攻撃を受けて月の表面よろしくクレーターまみれとなっていたが、それを踏まえても80t、80tだ、たかだか1tの41cm破甲榴弾でさえ半径100mを地獄に変えるというのに80tなのである。そりゃあアレはただの砲身であり爆薬なんて積んじゃいないが、よく言うだろう、質量は攻撃力と。しかもそれはまっすぐ、水蓮、小毬、武川、そして嘉明の乗る4トントラックへと進路を向けている。これは死んだと思いながらも無意識に顔を下へ、両手を頭へ。


「邪魔だボケ!」


しかし落着寸前、高度にして10mも無いようなギリギリのタイミングでゴォォン!と壮絶な音が鳴るやその砲身は進路を真逆、ボールがバウンドするかの如くホップアップして、あまりの衝撃でくの字に折り曲がりながら砂浜の方へと飛んでいってしまった。


「……は?」


「え?」


「はぁいぃ?」


走馬灯がよぎるレベルの惨事に対して一様に丸まっていた3人はしかし、下→斜め前→前+パンチで繰り出せそうな体勢で右拳を天に掲げる嘉明を見て、やはり一様に唖然とした声を漏らす。


「いいから続きを話せ、そのショヘーカレンゴーってのは何なんだ」


「…………あ、はいぃ!一言でまとめてしまえば、戦闘に必要なすべての兵種を小分けにして組み込んだひとつの部隊であります!」


遥か遠くでようやく着地した砲身が轟音をかき鳴らす中、嘉明はあぐらで荷台に座り直し、武川は言いながら同じく固まっている運転手を叩く。

このトラックもやはり馬車のイメージから抜け出し切れていないフォルムをしていた。エンジンルームの形状は三菱A型とだいたい同じ、飛び出したような丸目のヘッドランプが付き、自転車ほどの細いタイヤを持つ。その後ろに屋根の無い運転席と荷台があるのだが、ぱっと見の印象で言えば、なんというかおもちゃっぽい。


「かつての戦闘部隊は歩兵科と、馬に乗る騎兵科、火砲を撃つ砲兵科の3要素ですべてが説明できましたが、現在ではそれに付け加え、戦闘車両を扱う機甲科、航空機を扱う航空科が足され、兵站を維持する後方部隊も肥大化の一途にあります。そしてこれらはすべてが別々の指揮系統に置かれているため、直接の連携を取ることができない、いわゆる縦割り構造なのです。これは現代の戦闘では致命的な欠点です、今まさに敵砲兵が味方を砲撃しているという状況において、味方砲兵は上層部から指示が降りてくるのを待たねばならないのですから。この連携能力の低さを補うために、あらゆる兵科をひとつの指揮系統にまとめた部隊、それが諸兵科連合(しょへいかれんごう)、我々が実用性を証明するために試験していた概念なのであります」


エンジンが唸りを上げてタイヤへと動力を伝達、トラックはゆっくり動き出す。武川を乗せているため便宜的に指揮車両となるこれを守るべく追従する車両は4台あり、そのうちふたつは同じくトラックで、前方を走る片方は主にライフルを装備した兵士を満載、後方のもう片方には37mm平射歩兵砲と70mm曲射歩兵砲を積んでいる。歩兵砲なんてよくわからない名前が付いているが、これは本来なら砲兵科に所属させるべき装備を歩兵科所属にするための方便であり、それぞれただの軽量砲と迫撃砲である。そしてトラック3台の車列より先行して2台並走するのがルノーFT-17軽戦車、世界で初めて360度旋回する砲塔を搭載した、いわば戦車版ドレッドノートで、簡単に言うと、キャタピラで動いて1門しか無い大砲を右左にうぃんうぃん回す、これぞ戦車という外観を確立した車両なのだ。全長5mの車体に前方だけが妙にでかいキャタピラを備え、37mm砲を用いる砲塔がその上に乗る。それぞれ左右に砲を向け警戒しつつ、市街地と砂浜の境界にある防風林へ車列の進路を向ける。林の向こう側では絶え間無く銃声と砲声、爆音が鳴っており、絶望的状況ながら教導隊は耐えているようだ。そもそも教導隊とは他部隊の訓練相手を主要任務として新型装備のテストも請け負う部隊であり、練度が高い上に使う兵器は常に最新。


「とはいえうちだけの特許ではありません、西洋でも似た事をしているはずですが?」


「こんな陸地なんて持ってないんだからそんな大規模部隊が必要になる訳ないじゃない、コンバインドアームズ自体は研究してるけど……ん?」


だよな?みたいな感じに水蓮を見てきた武川にそう返すと、そこで味方車両以外のエンジン音が耳に入った。すぐさま気付いた武川は周囲を確認、車列以外に車は存在しないと見るや視線を上。


「加速しろ!林に入れ!」


「ちょ…痛い!」


複葉単座戦闘機が2機まっすぐ突っ込んでくるのだ、爆装はしていないが機関銃を搭載、掃射されれば我々人間はひとたまりもない。回避行動に入るも直後に後方を走っていたトラックが悲鳴にも似た金属音と火花をかき鳴らす、何が起きたか確認する前に水蓮は頭を掴まれ、お前の金髪は目立つんだとばかり伏せさせられる。視界に入ったのはセルフで狸耳の付く頭を抱えて震える小毬と、彼女の右横にあるケージだけである。中にいるのは明るい茶色の毛玉だ、体長40cmほどのその毛玉はまさに毛玉と言うべき長い毛を持っており、ここで入手したなら芝犬か紀州犬か何かだと思っていたが、以外にも西洋種、ポメラニアンだった。そのへんあまりこだわらなかったのか、まぁ徹底的に時間の無い中調達したそうなので、選定基準は単純に見た目だろう。


「連中無事か!?助けに行くか!?」


「彼らの事は忘れてください!通信!高射砲部隊を呼び出せ!」


「応答ありません!」


「クソ!」


水蓮の頭を離した武川は嘉明に向かってそう言い、その後悪態。頭上からの砲撃は急速に沈黙しつつある、縦横無尽に飛び回る金色の竜が片端から電撃を喰らわせているのだ。しかしせっかくのその努力も戦闘機が居座っていては意味が無い、防風林に逃げ込んだ事で一旦は安全となったが、この先は遮るものの一切存在しない砂浜地帯、撃ち落とさない限り林から先には進めない。で、奴らを撃ち落とす能力を持つ高射砲だが、下手に上への攻撃ができるせいか初戦の大混乱の際上層へ反撃してしまい、目立っていたのは否めない。おそらく既に全滅しているからだろう助手席の通信兵の返答に武川は荷台の壁を強く殴り、上空で旋回する戦闘機と、遥か先の港を順に睨む。このままでは駄目だ、どうには撃墜しなければ。


「吹っ飛ばせないの!?」


「ううん……届くかな…」


火力だけならここにもあるだろと水蓮は思ったが、嘉明の評価はこんな感じ。いかんせん絶対に死なせてはいけない人間でもあるため、自信が無いならやらせる訳にもいかず、これはまさしく万事休す。


「っておい、おい、なんか来たぞありゃなんだ」


そんな状況下、どうしてそんな落ち着いていられるのか理解できない嘉明はより上空を指差し。


「あれは……え?わ…わかりません!」


指先を見た武川がそう言った後。


「何!?」


2機の戦闘機は突如真っ赤な火炎を噴いた。

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