第124話
皇天大樹標高2000m地点
遺物保管庫
XHBD-2 アリシア
ついさっきまで庭先で謎の大男が暴れていたためか、保管庫内に配されていた職員は臨戦態勢を取っていた。とはいっても彼らは根っからの軍人ではなくどちらかといえば技術者であり、確かに忍び込むのは不可能となってしまったものの、裏口のドアを蹴り”割った”瞬間、そこを守っていたグループは1人残らず腰を抜かし、要求してもいないのに両手を上げてしまった。本来なら全員縛り上げて動けなくする所を時間が無いと省略、ほったらかして先へと進む。
「どこにあるの?」
「この先です、あれ以外に持って帰りたいものもたくさんありますが、この際仕方ありません」
枝先の隅にあるこの施設は5階建て、そのうち3階が地下室である。さして太くない枝を完全にくり抜いてしまい、地下3階は下に向かって露出している。目的のものはそこだ、アリシアはスズを引き連れ階段を駆け下りていく。
「急ぎましょう、ここに入る前に戦闘機が飛んでいくのを見ました、私から見れば取るに足らない相手ですが歩兵にとっては天敵と言っていい」
「それはまぁ想像つくけど…あんなのどうやって撃ち落とすつもり?こないだのみさいるとかいう……ッ!?」
「スズ!?」
階段を降りきった直後、スズがいきなりガバメントの銃口を天井へ向けた。
敵はいない、いやいるにはいるが蹴ったら黙った。だったら何を撃とうとしているのか、もしかしたらアリシアの知り得ない未知の生物、例えば妖怪が張り付いていたり、したのかと一瞬思いはしたが。
「また…オマエか…!」
上を見たままギシリと歯を鳴らすスズに対し。
「監視カメラ相手に何をやっているのですか」
かつて毎日見ていたものとほぼ同型、白いボディにレンズの付く自動追尾機能付きカメラが天井からぶら下がっているを見つけてしまったアリシアは呆れた顔しかできず。
「いいから早く!」
「ちょっと待って!アイツ絶対…うわ゛ぁぁぁぁやっぱ追ってくるよ゛ぉぉぉぉぉぉ!!」
確かに遺物には違いないがそんなもんにいちいち構ってられるかとばかりスズの右手を引っ張って、ガバメントを握る左手がぶんぶんされるのも構わず目的地へ辿り着く。廊下の突き当たりにあったドアを開けるとその先が主作業場、5階建ての施設を縦に貫くエレベーターがアリシアから見て右奥に、外に繋がるシャッターが左の壁に。
そして部屋の中央で鎮座している全長17.8m、全高4.4m、にも関わらず本体幅は1mも無いというアンバランスな薄っぺらい物体こそ今まで脱出手段と呼ばれていたものである。
「乗ってください」
「待って」
「待ちません」
「待って!」
全体的には細長い、軍艦とほぼ同じライトグレーで塗装されたそれはソリのような棒の脚で自重を支えていて、前部先端下の360度回転可能なターレットに埋め込まれた3砲身ガトリングガン、及びそのガトリングと背中合わせで後方を向く、潰れた六角形の棒状をしたレーザー発振器を固定武装としている。上部には前から順にミラーボールっぽい照準システム統合センサーポッド、防弾パネルで守られたタンデム複座のコクピット、4枚羽のメインローター、その直下の左右にある双発エンジンと並んでいて、そこから本体は急に細くなり、少し離れた尾部の向こうに水平安定翼とテールローターがある。中央部側面にあるのが武器を懸架する為のスタブウイングで、両側合わせて対地ミサイル8発、70mm無誘導ロケット弾38発、対空ミサイル2発。さらにウイング上にはミリ波レーダーがオプション装備され他にも、まぁ現状必要無かろうがIRジャマー、レーダー警戒装置、チャフフレアディスペンサー、ECM等々を機体各所に配した、文句の付けようが無いほどの完全武装である。文明が崩壊する前の当時ですら一定以上の脅威となり得る攻撃力を今になってなお保持しているのだ、これは奇跡と言っていい。
「これ何!?」
「ヘリコプターです、さあ早く」
「いやいや!よくわかんないけどこれ飛……!」
コクピット下部にあるコンソールを操作してキャノピーを開放、自動で上がっていくそれが停まる前にアリシアは青ざめるスズの腰を掴んで持ち上げ、半ば放り投げるように座席へ押し込んだ。前席が射手、後席が操縦手だが座席の機能自体はまったく同じ、1人ですべて操作する場合はどっちに座ってもいいので、スズを後席に詰め込んだ後、アリシアが前席に向かって飛び込む。
「駄目だってこれどうせ飛ぶつもりなんでしょ!?ヒコーキみたいに!ヒコーキみたいに!!」
「むしろそれ以外の何だと思っていたのですか」
縮こまりながら泣き叫ぶスズのために前席から乗り出して4点式シートベルトを装着してやり、死にたくなければあらゆるボタンや計器に一切触れるなと忠告したのち、彼女が硬直したのを見届けてから改めてアリシアもシートベルトを締めた。コクピットレイアウトは座席の右側に操縦桿、左側にスロットルがあり、正面には横並びの大型ディスプレイふたつと、両足で挟み込む位置に小型ディスプレイとキーボードがある。それ以外の隙間という隙間に置かれたボタンとスイッチを右手で次々操作しつつ左手は自らの白い長髪の中に突っ込み、その先から1本のコードを引っ張り出した。小型ディスプレイの左横に端子を接続した瞬間、気の遠くなる時間を越えて息を吹き返した機体はアリシアに向け自身の状態を流し込み出し、同時にエンジンを始動させる。双発ターボシャフトエンジンの騒音と、ひゅんひゅん回り出したローターの風切り音から逃れるようにキャノピーを閉鎖させると安全装置が解除され操縦桿が動くようになり、完全に発進準備を終えた後、シャッターの遠隔操作と、無線機の周波数調整を行う。
「第6艦隊三笠、こちらアリシアです、応答願います」
『こちら三笠、聞こえています。たった今全速でそちらに接近しているけれど、残念ながら追っ手をまだ振り切れていません。とはいえまったく余裕がないわけではないから、やるべき事をきっちり済ませてからこっちに来なさい。まぁ弾の1発でも残しておいてくれるとこちらとしては助かりますわ』
「……まだ何も言っていませんが」
『ん…?そうだったかしら?とにかくそちらは切羽詰まっているのでしょう?私達の事は気にしなくていいから、好きにおやりなさい』
こちらから通信を始めたのだが、一方的に喋った雪音はさっさと話を終わらせてしまった。腑に落ちないものの、彼女の言葉は寸分違わず的を射ていたため、無線を終わらせて操縦桿とスロットルに手をかける。しかしながらやたらめったら開くのが遅いシャッターを見て、イラっときてしまったアリシアは発進より一足早くウエポンシステムを片端から叩き起こしていく。
「垂直ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
プロペラが真上にあるのに滑走するとでも思っていたのか、エンジンが唸りを上げて機体を50cmほど浮かせるやスズも絶叫した。すべての装備、機能が問題無く作動しているとようやく確信を持てたので少なからず安堵しながら、まずは鈍臭いシャッターの為にハイドラ70ロケット弾を選択、操縦桿を握る右手親指に力を込め。
「行きます!」
ボタンを押し込んだ。
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