第122話

皇天大樹標高5000〜4000m地点

大内裏〜41糎榴弾砲陣地

両神 日依(りょうかみ ひより)




後でスズに言ってやろう、ぶっ壊してやったと。


「しゃらあ!!」


様々な施設が集中する大内裏のうち中心部分にあるものが内裏、スズの実家である。そのうちの清涼殿(せいりょうでん)という場所に金色の竜が突入した瞬間、少なくとも雨風を凌ぐ建物としての機能を喪失した。轟音を立てて崩壊する屋根に、真下にいた陰陽師っぽい格好ね人間は潰れ、それを免れた者は悲鳴を上げて腰を抜かす。

8年前とまったく変わらない、日依にとっては嫌悪感しか生まない場所だった。ああ、死人を出したんじゃ奴は喜ばんだろうな、なんて考えながら前進を指示、政務に使われるだだっ広い部屋を、やはり人を蹴散らしながらライコウは突っ切ってその両脚や装甲で覆われた翼で破壊の限りを尽くし、最後に隣の部屋めがけて壁を倒壊させた。


「ち…!」


「挨拶を忘れていたんでなぁ!!」


そこで壁際に飾られていた箱を開けようとする銀狐、すべての元凶を視界に捉える。半分で上に向かって折り曲げた銀色の髪と耳、豪奢な模様がある紫の着物と帯。幻術によって作り出された霧ではなく本物だ、その本物の葛葉は日依が突入してきた直後に瓦礫から身を守りつつ舌打ちをして、何が入っているかはわからないが箱から手を離し金色の竜へと体を反転、これ以上無いほど陽気な絶叫と同時に正真正銘の限界出力で行われた雷撃から身を守るべく右手を突き出す。バチバチなんてレベルじゃない、落雷とまったく同じ音を響かせたそれは葛葉に命中する寸前に大きく進路を曲げてしまい、コンマ数秒遅れで突っ込んできた9本の刃も右手を振り払うとその方向に叩き落とされた。


「ただの泣き虫がこうまで化けるとは、あの時殺しておくべきだった…!」


兎のように物理的な防御装甲を張っているわけではない、向かってきたものの進路を捻じ曲げているのだ。どっちにしろ質量を上げれば容易に突破できるだろうとライコウが右前脚を大きく振り上げ、対する葛葉はスズが多用するものと同じ衝符を1枚、どっかのなんちゃって陰陽師が使っていた式札を10枚、その場で撒き散らし、

その後、自分で自分を吹き飛ばした彼女は外壁を突き破って庭へと出ていった。


『届かぬか……』


3撃打ってなお葛葉は健在、時間切れである。

天皇の寝床と仕事場を担う清涼殿の主要箇所を破壊しきって脱出した日依とライコウを出迎えたのはひしめくほどの近衛隊、及び式札が化けた式神10体だ。式神とはいっても手の込んだものではなく、低姿勢で唸る体長2m、3本尻尾の黄色い狐。どちらかといえば伝説種に分類される、普通ならばそれなりに手こずる相手だろうが、それを含めて30秒もあれば十分に殺れるであろう。しかしそれさえ許される状況ではなく、無理にやったら日依も死ぬ。地面を何度か転がった後どうにか止まり、額から血を流しながら憎らしげに睨む顔を最後に葛葉の姿は無数の近衛兵と狐達に隠されていく。もはやここまで、後脚を跳ね上げてライコウは急速回転を行い、離脱するべく両翼を展開した。


と、そこであるものが目に入る。


「いや待て!」


葛葉が開けようとしていた箱の中身が巻き添えをくって飛び出したものだ、それを認めた瞬間日依は背中から飛び降りた。

まずそれは剣の形をしている、そして赤い宝石で象られている。柄まで含めた全長は85cm、日本刀よりやや幅広な印象の片刃の剣であるが、日本刀が刃の無い側に向かって反る外反りなのに対してこれは直刀と呼ばれる反りの一切無いまっすぐな刀身を持っていて、鍔は無く、刀身と一体で削り出された柄の後端には円環が付き、そこに紐を通して尻尾のような先細りの毛玉をぶら下げ装飾としていた。材質である宝石は不透明なワインレッド、所々に不純物である黒い筋が入るが、低質っぽい汚らしさは感じず、むしろ不純物が混じる事で美しさを増しているように見える。巨大な薔薇輝石(ロードナイト)の塊であるそれの柄を握り、崩壊した屋根の残骸から引き抜いた瞬間、今まで眠っていたのか、目を覚ましたように空間自体を揺さぶった。


「ッ…!」


まずい事をしたかもしれない。

これは人間の制御し切れるものではない。


『九尾よ!』


脳をゴツンとやられふらついてしまった日依に対して間髪入れず襲いかかった式神狐はライコウから電撃を浴びせられ蒸発、反対側からのもう1体を踏み潰しつつ、その間に長い首の先にある大きな口を使って日依を咥え上げる。5秒ほどのタイムロスを払いながらもライコウの巨体がようやく飛翔、全身の装甲に弾丸が当たって弾ける音を立てながら低空飛行で枝の端へと達し、表面をなぞる緩い角度での降下を始めた。


「つぅ……っておいコラやめろ!ヨダレが付くだろぼけなす!」


『無茶な……』


いいから離せと喚く日依のために速度を落として水平に飛び、そこで口を開けると鼻先に左手と、直刀を握ったままの右手を当てた日依が足を振り上げ逆立ち、勢いそのまま前転を行う事で2本角の頭を飛び越え、後は滑り台のように首を滑っていく。

さて、怒りに任せた突撃は失敗に終わった。奴さえ殺せれば残りは出がらしみたいなもの、刺し違えてでも息の根を止める価値はあったろうが、ここまでメチャクチャに世界をかき回して自分は死ぬ、なんてのはあまりにも無責任が過ぎる。方々に偉そうな事を言った手前こんな所では終われまい。

では本来の目的遂行だ、あのバカみたいに巨大な大砲を止める。


『それは手放すべきではないか?』


「何としても持って帰る、くそ…こんな危険物を持たせておけるか」


金色の背中に落ち着いて、なお鼓動を刻むように振動を起こす真紅の直刀を睨み付け、どうにか鎮めようと全力を注いでいるうちに榴弾砲のすぐ近くまで達してしまった。

主幹の表面をぐるりと囲む4列レールによって垂直の壁に貼り付き、右左と自在に移動する能力を与えられた41cm榴弾砲は砲身を水平にして次弾装填の真っ最中、次を撃つまで最低でも5分はかかる。まさか竜に襲われる想定なんぞしていなかろうが、砲基部には7.5cm高射砲が2門供えられており、それが爆煙を吹き出すやライコウが急旋回で砲弾を避ける。


『なら抑えるな、疲れさせるのが一番だ』


何もできない日依に代わって機関銃の猛連射を受け止め、砲座を一度右に見送ってレール沿いに主幹を回る。1周する前に準備を終えろという意味らしく、両膝と左手をしっかり背中に固定させ、暴走寸前の直刀を振り上げる。


『想像せよ!あの鉄塊を破壊するにはどうすれば良い!』


それは簡単だ、レールから引き剥がしてやればいい。


『ならばどこを攻撃すべきだ!』


砲本体ではない、その裏側だ。


『その思いを叩きつけよ!お主ならやれる!』


激しく脈打つ直刀はもう待てないとばかり魔力を撒き散らし、それを歯を食いしばりながら踏み止まらせる、暴走させたらおしまいだ、何もかもを破壊し尽くすまで止まらない。間も無く主幹を一周、眼前に砲座が現れ、機関銃掃射が再開される。


『放てぇ!』


「だぁぁぁぁぁぁぁ!!」


すれ違いざま、30mの距離から、指向性を与えつつもお望み通り解放してやった。

振り下ろした瞬間、あれだけの魔力放出は突如として停止し、休眠状態に移行したそれは刀の形をした宝石の塊へと戻る。右腕のざわつきが消えて一息ついた日依が砲座から離脱しながら後ろを見ると、榴弾砲は無傷のまま。

いや、主幹表面から生えてきた何かに押されてレールから外れつつある。


「やっ……」


そこから先は早かった、いきなり生まれた新しい枝は想像を絶する速度で成長を始め、レールを引きちぎり、無数の分枝で砲座を取り込み、その際に砲弾が誘爆を起こしたか、大爆発を起こした榴弾砲を自壊に追い込む。もうどうしようもない、何発用意されていたか知らないが誘爆する砲弾は何度も何度も轟音と衝撃波を吹き荒らし、そんなものに耐えられる筈も無く、ちぎれた砲身がその場から落ちていく。

地表に向かって落ちていく。


「っべぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る