第121話

皇天大樹標高2000m地点

陸軍遺物保管庫前

鈴姫




「スズ!!」


「ぎゃひんっ!?」


墜落の瞬間にどこかしら打って気絶していたスズであったが腹への一撃を受けてようやく目を覚ます。気付けば仰向けで寝転がっており、上から覗き込むアリシアは青空を背景に焦り切った表情。起きると同時に上体を起こされ、訳もわからぬまま両眼の瞳孔と頭の傷、脈拍を診て、それでアリシアの表情は少しだけ緩んだ。


「な…なんぞ……ってアリシア手切れてる!」


「そんなことはどうでもいいのです!」


左の手のひらを横断する深い傷は当然の如く血が出ておらず、断面は人間の皮膚そのものであるが、内部には明らかな人工物があった。基本構造は筋肉と同じ、前に聞いた話ではカーボンなんちゃーらという素材で作った繊維をひたすら重ね合わせたもので、層と層の間には信号伝達に用いる銅箔と、筋肉からそれを絶縁するシートが挟まる。もう少し深ければチタン製の骨格とやらも露わとなったろうが、何もかも真っ白な外観とは逆に真っ黒なその筋肉はどれほど硬いのか何十枚と重ねた層のうち2、3枚しか傷付いていなかった。瞳孔観察の際に気付き、言ったが、当のアリシアは切れたら繋げばいいとばかりまったく意に介さず、代わりに背後を指差す。


「弱すぎる!」


呆れるほど大きな太刀を両手に握る血まみれの大男と、その眼前で膝をつく、やはり血まみれの少年、指の先にあったのはそれだった。


「力が、ではない!心が弱いのだ!一度相対すればどちらかが死ぬのは必定!何としても相手を殺さんとする意思こそが勝負を分かつものであろう!今のお主には何一つそれが無い!」


腹に一撃貰ったか、こちらに背中を向ける悠人は短槍を取り落とし、赤い血を撒き散らしながら動こうとしない。それは極めて当然の結末だ、いかに天狗種、古くから内裏を警護してきた家系に生まれようと、”一部の例外”を除き力の強さは修行の年数に比例する。年長者には逆らえないという非常に簡潔なルールがあるその中で、少なくとも一部の例外にはなれなかった彼にとって当然の姿、戦いに敗れた無様な姿だ、今より死のうとする幼馴染の背中だ。


「お主は戦士などではない!これではだだの粋がり、いや死にたがりぞ!」


だからそれを認めた瞬間、スズの姿は入れ替わった。


「む!?」


相応の力しか持たない悠人や、元より一切の魔法、魔術を用いないアリシアとは比較すべくもない膨大な魔力放出に二刀流男はすぐ目をスズへ向ける。装飾品の付く褐色の狐耳、肩を露出させるよう切り離された袖と、足の動きを阻害しない大きなスリットの入った緑の着物。それを縛る黄色い帯は長く垂れ下がる余り部分と金具で吊る紺色の鞘を急加速と同時に揺らして、水晶で象られた上向きの尻尾4本が追従する。一息で距離を詰めた後、前のめりの中腰を取り、鞘を右手で、柄を左手で掴む。右手首を動かす事で照準を補正、力任せに左手を振り抜くだけで鞘をレール代わりに刀身が打ち出された。防御として大太刀が割って入ったために大男の体には届かず、しかしそれと接触した瞬間、夢幻真改と銘打たれた刀は空間を丸ごと揺さぶる衝撃波と、鐘を突いたような音を盛大に響かせる。


「ぐぅぅ…!」


大男は明確に、おそらく初めて後退した。防具を着込む全身に穿たれた槍と弾丸の跡も手伝って、3歩後ずさったそいつは血を吹き出し、呻き、次いでにやりと笑う。


「……このような女子供を狙わねばならぬ理由がようやくわかった」


悠人の前に立ち下段に構えるスズ、対し相手はそのままだった。少し足を開いた状態で直立し、腕を伸ばして、大太刀の切っ先は下。


「何者か!」


「小松 又兵衛(こまつ またべえ)!陰陽寮直属の雇われ武者である!葛葉妃、貴殿の母上より貴殿を殺せと仰せつかっておる!」


スズの問いに彼はそう答えた。

とても単純、この状況が生まれたのはそれだけの理由である。


「気付いたのなら退け!お前も騙されているのだろうが!」


「騙される?これは異な事を言う。某(それがし)は人を殺せと言われているのみ、そのような単純な命令のどこに騙される余地があろうか!」


臨戦体勢を取ったまま無意識に舌打ちする。

こいつはまずい、何も考えていない。


「何がしたい……」


「強き敵と戦い打ち破る!某が求めるはそれのみよ!そして貴殿は今まで相対した中で最も強いと見える!」


「お前……」


「ふふ…だが貴殿は先を急がねばならぬ模様、死ねぬ立場に関わらずこの場に割って入った意気に免じてここは退こう。だが忘れるな!必ず貴殿は討ちに行く!」




避けられない、かと思ったが、突如としてそいつは大太刀を消失させ、血を垂れ流しながら普通に歩いて去っていってしまった。




「……………わかんね」


「ぐ……」


「あ……悠人…!」


その背中が見えなくなってから、すぐ背後で呻く少年の事を思い出し、太刀を鞘に収めしゃがみこむ。しかし触れる前に静止された、左手で脇腹を押さえ、右手の手のひらを見せつつどうにか悠人は立ち上がる。


「アリシア、脱出手段は」


「座席はふたつですが、3人乗れないなんてことはありませんよ」


言いながら近付いてきたアリシア、弾倉の詰まった小型ポーチから注射針の付く絵の具チューブを取り出して、チューブに書かれたモルヒネの文字を見せる。それも拒否した悠人だったが、問答無用とばかり腹にぶっ刺されて痙攣、脇から血が吹き出す。


「悠人……」


「構うな」


ようやく聞けた声、最初の言葉はそれだった。どう考えても、アリシアと同じく問答無用で引きずって連れ帰るべきだったが、何かがどこかに突き刺さったか、言われた途端にどうすればいいかわからなくなってしまって、遺物保管庫とは反対方向に歩いてスズの横を通り抜ける。


「あ…あの時のことは!」


それでも言わなければならなかった、そうしなければ始まらない。


「恨むとか…そりゃちょっとは思ったけど……でも一番最初の部分をどうにかしないとって…そうするためにここまで来た、じゃないと意味がないから、だから……」


足が止まる、僅かに首が動く。


「いいかげん、自分を呪うのはやめなさい」


それ以上の反応は無かった、ただ少しだけその場で止まって、顔も見せてくれないまま、いや、今の顔を見せたくないというように、歩きを再開して、後は止まることなく行ってしまった。

伝わっただろうか、理解してくれただろうか。今はわからない、でもきっとそのうち。


「スズ」


「……大丈夫、行こ」


姿を元に戻す、帽子を被る。

急ごう、もう時間が無い。諦める訳には行かなくなったのだから。

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