第120話

慶天環礁南南西20km地点

第6艦隊 戦艦三笠

穂高 邦彦(ほだか くにひこ)海軍大佐




30.5cm砲4門、15.2cm砲7門、7.6cm砲10門、4.7cm砲2門、今の三笠が片舷に向けられるすべての砲である。この全23門に及ぶ膨大な数の砲はしかし、1門たりとも金剛型巡洋戦艦の水上装甲を貫く能力を持っていない。


「榛名沈黙、西へ離脱する」


「追いますか?」


「行かせなさい、わざわざ撃沈する理由も時間も弾もないわ」


とはいえ砲弾は砲弾だ、命中したら爆発するし火災も起こる。左舷副砲の砲列を完膚なきまでに破壊され、甲板に敷き詰められた木材を大炎上させており、主砲が無事でもそれ以外のすべてがこの有様じゃあ…とばかりに戦艦榛名はよろよろと撤退、敵駆逐艦もそれをとりまく輪形陣を整えながら一緒に去っていった、その際置き土産として複数の魚雷が撃ち込まれたので、回避するついでに左回りの180度反転を行い進路を西に戻す。

周辺に展開する残りの敵艦は今追い払ったのとまったく同じ、金剛と駆逐艦7隻の部隊が日進、球磨と交戦している。急いで救援に向かわなければならないのだが、言った通り三笠に金剛を撃沈する能力は無く、相手の意表を突ける装備も使い切った。まさかまた体当たりする訳にもいかないだろうし、やはりここはオーソドックスに3水戦によるジャイアントキリングを仕掛けるのが適切だろうが、なんだかんだ言った所で小型艦に積んだ魚雷を叩き込んで大型艦を葬るという手段は”満足な数の戦艦を揃えられない貧乏海軍の苦肉の策”という根本を持つもので、すべてがうまくいったとしても2、3隻の犠牲は避け得ない。駆逐艦の数隻ごとき本来であれば気にしてはいけない犠牲であるものの、もし沈んでしまったらこの敵地ど真ん中というロケーションでカッターボート降ろして救難作業というふざけた事態に陥るし、何より皇女様が嫌な顔をする。


「どうする…どうする……」


なんていう穂高の予想を証明するように、露天艦橋、羅針盤の右横に陣取った雪音は肩の高さで縛った長い髪を風で揺らしつつ、腕を組んでひたすらカツカツ靴を鳴らしていた。今の所艦隊に被害はまったく無い、完璧とも言える形で前哨戦を終えた、その点はもう彼女の頭には存在しないらしい。


「既に敵艦隊の半数を退けました、相手も脅威を感じているでしょうし、このまま撤退してくれるのでは」


「それはない、あの阿呆はもう思考停止しているから、大なり小なり叩かないと目を覚まさないわ。命の危険に晒してやればビビって逃げ出すでしょうけれど、あいつ、駆逐艦を盾にしてくる」


「…………」


ここまでの戦闘においてことごとく先手を打てた理由は、上空で弾着観測を行うゴールデンハインドに搭載された無線傍受機による情報支援が大きな割合を持っている。ロクな電子防御手段も持たず開けっぴろげに行なわれる音声会話をすべて盗み聞きしていたのだから、向こう方は正に心を読まれているような錯覚に陥ったろう。しかし今はどうだろう、ゴールデンハインドからの報告は来ていない。だとすれば。


「交戦したまま姫様をお迎えする訳にもいかないし…一時的にでも退かせて、その後はゴールデンハインドが爆撃……」


「向かえの合図はいつ来ますか?」


「そうね……だいたい8分後、だから最低でも1時間はここに留まり続けないといけない」


やはり、今の彼女には目に見えないものが見えている。


こうなるともはや穂高のような常人には手の出せない領域だ、頭の中で詰み将棋でもやるかのように次の手を考える雪音から目を離し、日進隊が交戦を続ける北を見る。視界の右半分には環礁が広がり、その少し左の水平線、断続的に立ち上がる水柱で隠されながらも遅滞戦闘を行う日進、球磨、駆逐艦の春雨(はるさめ)と島風(しまかぜ)が見えた。文面的には巡洋艦2隻駆逐艦2隻ではあるが、そのうち日進は小型版三笠とも言うべき性能を誇り(?)、常備排水量1300トン少しという島風に対して日露戦争時代の代物である春雨は370トンというちんちくりん具合である。まぁ小さいぶん当たりにくくもあるけれども、超弩級戦艦と長時間向かい合わせて耐えられるものではない。


「西より敵航空機!」


「っ……機種はわかるか!?」


露天艦橋より一段下の探照灯近くで周囲を警戒していた水兵が叫んだので、慌てて目を戻し、双眼鏡で一点をじっと見つめるそいつへ穂高は叫び返す。大した反応を起こさない雪音も寄っていた眉をさらに寄せ、ちらりと視線を西へ。

陸軍と海軍がそれぞれ機体を出した合計10機の編隊である、それぞれ爆弾や魚雷を抱えていて第6艦隊を攻撃する気なのは間違いない。魚雷装備は翼を3枚重ねた、無理矢理飛んでますと言わんばかりの小型三葉機。爆撃機は逆にかなりの大型、瑞羽大樹のツェッペリン・シュターケンに準じた機体で、いやさすがにあれほど巨大では無い、というか半分以下だが、ぶら下げた爆弾は相応に大きい。


「ファルマンF.50が2!10式艦上雷撃機が8!」


「機銃!やられる前に叩き落とせ!提督!?」


「進路を北西へ!陣形間隔詰めて!ゴールデンハインドは高空退避!」


このまま悩んでいても良い事は無く、時間が経つ毎に敵戦力は増加していく。決心がついたか組んでいた腕を解き、全艦へと命令を下す。


「多方向水雷戦を行う!すべての駆逐艦は魚雷発射準備!」

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