第119話

皇天大樹標高2000m地点

陸軍遺物保管庫前

XHBD-2 アリシア




「かっ…!は…………」


墜落した瞬間、スズは地面に転がって動かなくなってしまった。偶然居合わせた民間人が悲鳴を上げて逃げ出す中アリシアだけがすぐさま立ち上がりライフルを防御のために振り上げる。


「ぬおおおおおぅ!」


刀身長130cm、柄を合わせた全長は160cm。大太刀に分類される最小サイズであった武甲正宗よりもさらに長く、いやそれでも大太刀の中ではまだ短い部類であるが、少なくとも”高速移動する馬上から刃を伸ばすだけ”という本来の使い方を無視した扱いをするにはあまりにも大きすぎる。いくらリーチが長くともその重量は使い手にどうしようもない負担を強いるし、そもそもリーチが欲しいなら槍を使えばいい。

だというのに、アリシアとスズの乗るアルビレオが着地しようとした瞬間、待ちかねたように現れたその男はそんな実用性のじの字も無い、2人の身長より長い大太刀を、しかも片手に1振りずつ持つ二刀流という頭悪そうな装備でアルビレオを叩き落とし、結果としては装甲の如き鱗に負け刃こぼれを起こしたものの、かなりの衝撃を左肩のごく狭い範囲に受けたアルビレオは即時墜落、転倒、日依が事前に安全装置として仕込んでおいたのか自動的に魔法陣を広げ消えてしまった。


「ぬぅ…!?」


受ける前からわかっていた事であるが、たった一撃でひしゃげ折れた三八式歩兵銃から手を離し、アリシアの右横に落ちてきた2本の大太刀に回し蹴りを見舞う。大きくはね飛ばされ、男がよろめいている間にまだ空中にあった三八式の先端部分を掴む。銃口にはナイフが付いたままで、それを片手で構え、翻るスカートが収まると同時に男の脇腹へ全力で突き刺した。


「ぐおおお…っ!」


身長146cmの小さな体から打ち出される、プロレスラーの一撃より強力な刺突である。男が着込んでいた革製の防具を難なく貫通し肉体へ突き刺さったそれのために男はよろめき、いくらかの時間的余裕を手に入れたアリシアは後退しながらウッズマンを引き出し片手で構える。


「ふ…ふはははは!なるほど!お主ただの餓鬼ではないな!」


大きく笑う男は毛皮で縁を装飾された薄紫の装甲を灰色の装着具で固定した具足姿で、ただし兜は付けておらず、身軽さを重視したのか、装甲部分は胴、肩、腰及び前腕と太腿の外側のみと防御範囲は限定的。大雑把に切り揃えた黒髪の頂点はウワバミと同じく2mに届き、全身を鍛えた筋肉で覆い尽くしている。まぁあれほどダメな雰囲気は感じないが、彼も彼で社交性をばっさり切り捨てた匂いが目立つ。巨大な太刀を握ったまま三八式の銃剣を引き抜いて捨て、血が噴出するのも構わず切っ先を突き出すように揃えた中段を取った。

ひとまずあの二刀流はわかる、ちゃんとした名前を持つ流派だ。宮本さんも大太刀ふた振りで実行されるとは夢にも思っていなかったろうが、鍛え切った図太い両腕はそれを実現するに足るパワーを持ち、突き出した両刀はピクリとも乱れていない。剣にしろ銃にしろ両手に同じ武器を持つスタンスは1割のメリットをもって9割のデメリットを跳ね返す類のものであるが、ただ戦闘の根本的な面を見るならばエモノは大きければ大きいほど、多ければ多いほど有利なのも確か。


「我が名は又兵衛(またべえ)!お主らの首を頂きに参った!女子を嬲る趣味はないが、戦えるなら話は別ぞ!武具はその豆鉄砲のみで十分か!?」


その生まれてくる時代を400年間違えたような男性が名乗り終えた直後に無言でトリガーを一度引いた、相手は武士のようだが、どれかといえばアリシアは兵士であり、名乗りを上げる時間があるなら弾の1発でも多く撃つよう教えられているからである。10mの距離から撃ち出された弾丸を又兵衛と名乗った男はさも当然とばかりに両手の大太刀を振り回す事で弾き、続けて弾倉が空になるまで連射する。オートピストルの限界に近い速度で9発が発射されたにも関わらずそのすべてを難なく防いだ男は右足を大きく踏み込み、だが続けて前に出した左の足首にレーザーが突き刺さると短く呻いて体勢を崩す。


「く……」


足首から下を貰うつもりのフルパワー照射だったのだが、やはり何らかの魔法的な防御を敷いているのか、洒落にならない電力を消費したというのに重度の火傷を負わせただけで彼はまだ二足歩行可能な状態にある。高火力兵器に頼らない1対1の戦闘において自分はあの手の輩に敵わないと改めて理解したところで背後をちらりと見、アリシアの右後方20mで倒れるスズにまだ動きが無い事を確認した。この場にいるのがアリシアだけならば計100発もの弾丸が残るウッズマンとレーザーによるつるべ撃ちを行いながら目的地までゆっくり後退すればいいだけなのだが、今のところ、アリシアは1歩の後退すら許されない。


「ぬううううおおおおおおおお!!」


「は…!?」


体の各所に配した予備弾倉を片端から使う連射とレーザー照射を受け、最低限急所への命中のみを回避する彼は全身を貫く鉛弾と光線をものともせず突進。被弾を許容するという選択をされるなどとは頭の片隅にも置いていなかったアリシアは次の対応を取れず大太刀の間合いに捉えられ、咄嗟にウッズマンのレシーバーで両側から襲ってくる刃のうち右を防御。大太刀は鉄製のそれを紙のように切断したが僅かなりとも勢いは鈍り、1歩前進、反対側の左から迫る刃のミートポイントより手前を、できれば避けたかった左の素手で掴み止める。


「なにい!?」


皮膚は裂けたが、人工筋肉で止まった。人間であれば手のひらの半分と指4本を失った上激痛でのたうち回る筈の行為に今度は向こうが驚愕し、アリシアは間合いの内側へ入り込んだ。向こうの回復は早く、グリップだけになったウッズマンを手放した右手を握りしめた所で又兵衛の右足も動き出し、限界まで引いた拳を鳩尾目掛け最大出力で打ち込んだ直後、アリシアの体は遥か後方まで蹴り飛ばされた。


「ぐう!ぬぅぅぅ……!」


あまり自慢にしたくないが100kg程度の物体なら宙に浮かせるくらいの出力を腕1本に持たされている、だというのにそいつは片膝をついたのみ。対してアリシアは5mほど上まで上昇し、スズのすぐ近くに向かって落下を始める。しかし衝撃に備えて丸めていた体は何者かによって受け止められ、ばさりと翼の羽ばたく音を立てながらそのままきちんと着地、


「あ……」


気付いた時には黒衣の少年に抱き上げられていた。


「…………」


「……ありがとうございます…」


相手を横にして背中と膝裏を支える、いわゆるお姫様抱っこの状態からゆっくり降ろされたアリシアはひとまず左手の傷を気にしながら身を引き、代わってコートの背部に翼を貼り付けた悠人が謎の大男と対峙した。近くでよく見ると素材はあの水晶で、小さな菱形が大量に集まって翼面を構成している、なんて考えていたらその翼は邪魔だと思ったのか槍と入れ替わりで消されてしまった。又兵衛は既に満身創痍ながら急所はしっかりと守っており、鳩尾への一撃からも回復すると、すぐに悠人の姿を認めてにやりと笑う。


「次はお主か?」


「……」


「ふん、無口なやつらめ」


相変わらず一言も喋らない悠人へ相手を変えた彼は前進から血を流しながら、ふた振りの大太刀の左を突き出し、右だけを先程より少し上の上段の位置へ持ち上げ。

そして両者同時に地面を蹴る。


「口で語らぬなら腕で語ってみせよ!!」

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