第112話

「見えた!」


飛竜が大蛇の頭上に到着し、スズによってばらまかれた衝符が大蛇をタコ殴りにした直後、必要最低限の会話以外は目を閉じて立ち尽くしていた日依が叫んだかと思うと勢いよく動き出す。スズの父である天皇嘉明陛下と教導隊指揮官はいくらかの兵を引き連れ後退してしまい、小毬も一足先に逃がしたため、ここには日依とアリシアの他、副隊長と無線機だけが残された。


「そこの80年代生まれ!奴以外のヘビはすべて撃っていいと伝えろ!」


「了解!月に代わって殲滅するでござる!」


「いいぞ!いい感じの気持ち悪さだ!アリシア後は頼む!私はちょっとあっち行って…行…っていんねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


その副隊長を指差して簡潔に指示、部外者の命令は聞けないと本来であれば言わねばならない彼はノリノリで承諾し、次いでアリシアにも言いつつ左手人差し指を使って何かを招き寄せるジェスチャーをしたが残念、彼女の足たるアルビレオは一足先にあっち行ってしまった。確認する必要も無く一団から離れていく大蛇に徒歩で追いつく事は不可能であり、だからスズも空中移動を選択したのだろうが、その結果、本来の主人がこの有様である。


「おのれ義姉め!親権は渡さんぞ!」


「ふざけている暇があったら手を貸してください、もう間に合わないでしょう」


「いや新入りが、いや…まいいか、あそこまで小さくすりゃ負けはしまい」


爆撃を受けてまた少し小さくなった大蛇を見、向こうはスズに任せる事として、元は全長1kmだったウワバミを寄ってたかって叩きまくった末の産物、わらわら這い回る無尽蔵と言うべきヘビに視線を移した。完全に囲まれてはおらず、絶えず襲ってくるそいつらに5.7mm弾を1発ずつ撃ち込んでいるだけでここまで保ってはいるものの、110発あったウッズマンの残弾は既に20発まで減り、後は三八式歩兵銃持った変な男と無線機1台。とはいえ日依が動き出したのでもはやどうでもいい事だ。


「スズ、どうやら当たりのようです、救出行動に移行してください」


『あー、うん、たぶんどうにかなる、5分ちょうだい』


「ではお願いします」


交信を終え、トランシーバーを口元から降ろしつつアリシアはウッズマンのマガジンをリリースする。ショルダーバッグのベルトにトランシーバーのクリップを引っかけ、残り2本となった新しいマガジンを引っ張り出した。


「それでこの後は」


「主目的は達したから…この大騒ぎが落ち着くまで待機、そしたらアホオヤジを連れてすぐ脱出だ。水蓮も、ここまで派手にやったとなると逃がさなきゃまずいかもな」


「脱出で良いのですか?最高指導者が味方となった今、号令をかければこの事態は収束するのでは」


「確かにそうすりゃ逃げる必要は無くなるだろうが、我々の最終的な目的は”腐った政府を打倒する事”だろう。2年も3年も天皇が行方不明だった訳じゃない、指導者たるアホオヤジ自身がこの状況を良く思っていないにも関わらず地下に隠れて助けを待ってたって事は、奴1人じゃどうにもならない程深刻な腐り具合って意味なんじゃないか?」


リロードを終えた頃には日依が放電を始めた、閃光を撒き散らす最初の一撃で周囲30m以内のヘビが全滅、レンチンしたような感じに湯気を上げたのち一斉に消え失せる。


「みんなで渡れば怖くないと言うのは赤信号だが、志を失った政治家の考えも似たようなもんだ、いくらゴミでも50人60人まとめて首切ったら政府そのものが立ち行かなくなるし、独裁呼ばわりされちゃ支配力もガタ落ちする。西洋軍の話は覚えてるよな、戦力的均衡を崩したらおしまいなんだ」


「第3射決まぁす!」


「おっと……」


副隊長が言うので姿勢を低く、耳を塞ぎ鼓膜を守る。

噴火を起こしたかの如く地面そのものが爆発する。


「うおお…やっぱ頼るべきは文明の利器だな」


「……そうなると、スズがここに来てしまったのは」


「それは本人の口から聞こうや」


砂が落ち、爆煙が晴れた後、這い回るヘビ達も後を追うように霧散し始めた。


「終わったようです」


「んだな」


本体が入っている大蛇は首を斬り落とされた、かと思いきや首はそのままに穴がひとつだけ穿たれていた。直径はそれほど大きくなく、目的のものを引きずり出すに足る最低限のサイズである。霧となって消えていくそれからまずワイバーンが離脱、短槍を引き抜く動作をしながら白い翼の少年も続いたが、アルビレオとは反対方向に滑空していきやがて着地、アリシアの視界から外れてしまった。スズは悠人を目で追っていたが、大蛇が完全に消滅したあたりでやめ、まっすぐアリシアらに向かって飛行、間も無く辿り着く。


「アルビレオ……」


「…………」


悲しそうな顔をする日依のもとへと戻ってきた飛竜がまず行ったのは目を逸らす事だった。スズは背中から降りつつ最後に残ったヘビを投げる、砂に落ちたウワバミ(本体)が途端に煙を上げ、身長2m、福笑いみたいな造形の大男が復活した。呻きながら目を覚ましたが、それはひとまず置いといて。


「あいつは?」


「何?もう待てないくらい会いたいの?」


「本気で言ってる?」


「いいや」


黙り込むアルビレオを魔法陣に吸い込ませたのち、確保はしたと日依が言う。今頃はコンテナに詰め込まれるなりなんなりして上層へ移動中、軍隊が血眼で捜索しているのは変わらないが、陸軍士官の自宅なら少しは時間が稼げるだろう。

まずこの場を離れる、そして時間を置く。その間に水蓮達にも望むなら脱出準備を進めさせ、嘉明と合流したのち、第6艦隊に合図を送る。脱出手段は確立済みだ、もはや憂いは無い。



「んが……」


「起きたか?何が起きたか…は覚えてなさそうだな。まぁいい、お疲れさん」


ウワバミがのそりと上体を起こし


「…………ほっぺにチューは?」


どうにも忘れていた事を言い出した。

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