第111話

試製41糎(サンチ)榴弾砲という陸軍最強の大砲がある、同時期に竣工した長門型戦艦のそれ(同じ41cm口径の砲を合計8門)と比べていまいちインパクトに欠ける上、その長門型戦艦の妹達の建造中止に伴い使い道の無くなった海軍製41cm砲を譲って貰った為にたった1門しか作られる事無く、その後起きた太平洋戦争が海軍主体の戦争だった点も合わさってただただ地味な兵器である。しかしそれだけで終わった兵器ではない、太平洋戦争の最期といえばやはりというか海軍の大和特攻や原爆投下があまりにも有名なせいで影に隠れているものの、密かに中国大陸へ運び込まれていたこれは陸軍最後どころか第二次世界大戦最後の戦いとなった対ソ連戦においてシベリアの鉄道輸送線を爆砕、有終の美の一言を赤軍に叩きつけ、尚自身がスクラップとなり果てるまで射撃を続けたという。



「何ぃぃぃぃ…!?」


太陽が落ちてきたと錯覚する閃光、続く轟音、大地震。気付いた時にはうつ伏せで倒れ、背中を押さえつける悠人に落ちてきた砂から守ってもらっていた。そんな覆い被さるようなやり方ではなかったので下半身は砂まみれとなったが、久しぶりに守られる側に回っている事を実感しつつスズは上体を起こす。ごめんのごの字も言う前に悠人は離れていってしまい、謝る代わりに溜息をついて、砂を払い立ち上がった。

4体いた100mオーバーの大蛇は3体に減っている、真上からの砲撃によるクレーターは逆に増え、囲むように真っ赤な肉の山。


「あれにウワバミは入ってなかったの?」


『そのようです、ただ日依によると残り3体の最も遠くにいる個体の判断がなかなか付かないそうで、なんでもいいから刺激してみろと言っています』


日依から遠いやつ、と視線を流してそれを探し出す。生き残ったものの中で一番大きな190m、足元を走り回る歩兵に気を取られ右往左往する他2体と違い、戦艦の方に興味を持ったらしく軍港へと這っていく。ここから見るとのろのろ動いているように見えるが実際はかなりの速度が出ており、このまま放っておけばそう時間を置かずに向こうも大混乱を起こすだろう。


「オッケ、アルビレオ寄こして」


『え…どう意思疎通を図れば……』


「言えばわかってくれるから」


『理解不能です……』


こっちとしちゃこんな手のひらサイズのタマゴみたいなもんで数km先の相手と会話できる方が理解できんのだが、とにかくアリシアとアルビレオが初絡みしている間に改めてガバメントを引き抜き、初弾は装填済みのためセーフティを解除しハンマーだけを起こす、そして両手でグリップを握りつつ走り始めた。そういや彼女は子犬見て異常興奮していたが、さすがにワイバーンは可愛く見えないか。人間以外の陸上動物は漏れなく絶滅寸前というこの世の中でペットを探すのは極めて困難ながら、東洋の首都たる皇天大樹でなら入手も不可能ではないかもしれない。まぁ余裕があれば、という所まで考えたあたりで真正面からヘビが飛びかかってきた。右足で踏ん張って一時停止、両手を振り上げるように構え、しっかりと照準してからトリガーを2回引く、寸分違わず頭部へ命中した2発の弾丸が脳を吹き飛ばし、その後スズが身をよじって避けると背後で砂に突き刺さった。続いて右から接近してくるもう少し大きい個体は一度聞き取りづらい鳴き声を上げたのみで黒い菱形ナイフに喉を串刺しにされ、その間ガバメントは前方にもう2体いる小型ヘビに1発ずつ発砲、霧散させる。右の大型ヘビは悠人によってざく切りにされたが頭部分が少し大きすぎた、ほとんどすべての部分が消え去る中その部位だけは4m程度の新しいヘビに早変わり。両手で握っていたガバメントを右手のみに切り替え、ほぼ無照準で弾倉に残っていた3発を叩き込む。うち1発が命中するも効果無く、全身をバネにして飛び上がるそいつの為にスライドストップした右手のガバメントを引き戻し、空いた左手を頭の上へ。キン、と短く音が鳴るやその手には紺色の柄を持つ剥き身の太刀が握られており、すぐさま上段から振り下ろす、鼻先からヘビの体に侵入した刀身は見事に背骨を両断しつつ直進、尻尾の先端近くでようやく脱出した。


「消える基準がわからん!重要なのはサイズ!?脳みそ!?」


おもむろに叫んだが誰からも返事は返ってこず、代わりに全速急行してきたアルビレオが砂を撒き散らしてスズまで辿り着く。太刀は一度収納し、ポーチから取り出した予備弾倉を左手人差し指と親指で挟んだまま手のひらでリリースした空弾倉を受け止め、回転、予備弾倉を挿し込む。ガバメントを再発射可能とした後アルビレオの背中によじ登った。いつもなら日依が居るべき場所はやたらと高い、戦闘機と比べるとサイズはほぼ同じ、全高が少し上回る程度ながら、あんなものより遥かに安心できる乗り心地である、物理法則とかそんなもん知らん。


「悠人…は……」


乗るのか、と徹底して口を開かないせいで居場所のわからない彼を探して首を回すと、いつ切り替えたかコートを着ていた。長袖シャツとスラックスはそのままに膝下まである黒コートを羽織り、全身真っ黒なその服装とは対照的に白色の翼が一対、背中に張り付くように浮かんでいる。


「だよね」


天狗も天狗、大天狗である。現在では鴉天狗(からすてんぐ)の出世した姿とされているが実際の所あの鼻の長い赤顔の天狗は中国から流入した説が有力であり、それまで日本において天狗といえば黒い羽毛とくちばしを持つ鴉天狗であった。流入直後は鼻高天狗という名で鴉天狗と切り離した扱いをされていたものの、それがいつからか大天狗、小天狗という区分にそのまま割り当てられた。という訳で、狐の尻尾が増えていくように今の天狗は力の度合いで色が変わる、未熟者は黒い翼、熟練者は白い翼だ。


『天狗なのに鼻が高くないのは”天狗になっていない”からなのでしょうか?』


「何言ってるかわかんない」


アリシアがおもむろに喋ったが、とにかく悠人を気にする必要は無い。群がってくる小ヘビ達に向かって予備弾倉分の7発をすべて発砲、所持していた全14発を撃ち切ったガバメントをホルスターに戻し、

スズだけを背中に乗せたアルビレオが両翼を大きく展開する。

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