第70話

まず渡辺綱(わたなべのつな)という人物について確認する。

頼光四天王筆頭格、渡辺性の祖であり、現代で渡辺を名乗るすべての人は家系図を最後まで遡ると彼に辿り着く。説話によって場所や時期にばらつきがあるが、概ね酒呑童子の最大の配下、茨木童子(いばらきどうじ)と(毒に頼らず真っ向から)戦い、髭切(ひげきり)という名刀で腕を斬り落とす物語である。羅生門と題名の付く謡曲や映画があるが、その主人公こそ渡辺綱なのだ。鬼の天敵と称される彼の子孫達は節分の豆まきが必要無いらしいがそれは別にいいとして。


「どっせぇぇぇぇぇぇい!!」


枝から叩き落とした濃緑の鎧が赤い鎧にストライクした直後、追って落ちてきたスズの左足が顔面にめり込んだ。その反動でスズは落下の速度を殺し無事着地、主従2名は付近の民家に突っ込んで轟音を鳴らした。着地点から右前方にライフル持った兵士が3人、それぞれ一様に仰天している。彼らに守られるように円花がいて、既に一撃喰らったらしくなんとかという感じで立ち、握った大太刀は切っ先が地についていた。


「貴女は…!」


「いいから退がれ!」


玉4つを伴いつついきなり登場した皇女様に改めて驚く連中の脇を走り抜けて倒壊した民家へ。まず綱が立ち上がっていたのでジャンプして左回転してまた顔を蹴り飛ばす、ゴォンと鐘音が鳴って左へ再び吹っ飛ばされ、空中で太刀を上段に。真後ろにいた赤い鎧、源頼光へ向かって放物線を描く。

夢幻真改と(あのオッサンの頑張り次第で)いつか呼ばれる事になるだろう刃を全力で振り下ろし、落下も合わせスズの腕力以上の威力を持って尻餅をついた頼光公の右肩へ。

空間を丸ごと揺さぶる衝撃波は肩の金属板を破壊せしめ、粉々になったそれは本体より一足先に消滅した。しつこく頭を蹴って5メートル後退、着地し、再び疾駆するもその頃には奴も立ち上がって応戦を始める。しっかりした構えではなく片手で咄嗟に横薙ぎしたもので、前進を継続しながら限界まで頭を下げて潜り込む、狐耳の先端を掠めてそこに着いていた装飾品を吹っ飛ばされるも回避に成功した。体勢復帰、右下から左上への一閃を見舞う。頼光公の左膝付近に命中したが今度は鎧にヒビが入っただけで終わり、さっき蹴っ飛ばした綱が戻ってきたため玉から牽制射撃を行いつつ右に逃げて挟み撃ちを避ける。


「え…?」


ようやく気付いたがここは避難区画の直近である、スズから機関銃の列まで30メートル、その直後は市民の隠れる建物群だ。頼光公の獲物には雑兵が群がらないようになっているようで、対峙するスズと、さっきまで交戦していた円花、及び兵士3人は攻撃を受けていない。だが避難区画の方には攻撃が集中しており、事前の戦闘による疲弊もあって急速に防衛戦力の崩壊が始まっていた。亀裂の入った堤防が穴を押し広げて決壊していくように、ああなってしまったらもう持ち直す事は無い。どうしようもなくなって恐慌状態になった最後の機関銃射手が薙刀で串刺しにされたのを皮切りに市民にも兵隊は矛先を向け、守られていた彼らは悲鳴を上げて逃げ惑い出した。

もはや一刻の猶予も無い、一箇所崩れたら他も厳しくなるという点は大樹全体の防衛線にも言える事だ。今すぐにでもこの派手な鎧の巨人を倒さねばならない、が、こちらの焦りを察するように頼光公は防御姿勢を取り、残った最後の配下である渡辺綱を戦線離脱させた。

ご丁寧に避難区画へ向けて。


「まっず…!」


このまま頼光公だけに集中すべきかと一瞬思ったが、無意識に足は綱を追っていた。地面を揺らして駆ける濃緑の鎧の背中へ飛びかかり首筋へ刃を突き立てる。似たような鎧を着ているとはいえ頼光公より脆く、簡単に装甲を突き破り、続く衝撃波により兜付きの頭部は千切れて飛んでいった。すぐさま体の霧散が始まるも惰性で転がるその巨体はもう避難区画へ到達しており、直近の木造建築物へ突っ込んでしまった。内部には5人、おそらく家族らしい集団が残っていて、壁を突き破った瞬間に中年男性と老婆が下敷きとなり、大黒柱を失った屋根の落下を受けて少年も姿を消す。巨体の霧散が終わった時点で母親と娘の2人のみとなり、母親は絶叫しながら娘を抱き抱えて建物から脱出、雑兵達と鉢合わせする。


「動くな!物陰に……」


間に割り込もうとしたが、その瞬間に背後の気配を察して振り返った。金の装飾が付く赤い鎧がローキックの体勢を取っており、防御も何もできずモロに喰らってしまう。また肋骨かなという感じではあったが幸いにして折れた感触無くただ吹っ飛び、そして不幸にも親子へストライクヒットしてしまった。水平に飛んで、枝端のフェンスを破壊する代わりにようやく停止、痛みを堪えて立ち上がる。

大丈夫かと声をかけたかった、しかし母親は既に首が無かった。遺体の腕の中に少女はおらず、音を立てて崩壊、落下するフェンスに目を向けると、それと一緒に枝からずり落ちようとする少女が目に入った。


「あ…あぁ…!」


あまりの恐怖に声も出ない彼女へ急いで駆け寄り手を掴んだ。漫画やアニメでよく見るあの状態になってしまったがここは垂直に切り立った崖ではなく緩やかに弧を描いて少しずつ傾斜のきつくなる枝端の上部、引き上げるのは容易である。


「大丈夫…大丈夫だから……」


何の因果かその少女は数日前、変態に捕まって監禁されていた子だった。心の傷も癒えていないだろうに、もはや一辺の希望も無くなったと言いたげな顔の彼女を急いで引き上げ。

それが終わった後、視界に入ったのはやはりというか、今まさに刀を振り下ろそうとする頼光公であった。

目先のもんに飛びつくからそうなんだ、とか日依に言われそうな、いや言って貰えないというか聞けないかな、とか考えながらその刃をじっと見つめ。


そうしたら、大太刀を携えた黒いポニーテールが視界に入ってきた。

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