第71話

先程一蹴されたのを弁えれば割って入ったところで事態が好転するとは思えなかった。体は言う事を聞くようになってきたものの未だダメージが残り恐怖で足は竦む。今の円花にこの巨人と戦う力は無い、が、それでもたった今割って入ってしまった。正面には八相の構えをもって刀を振り下ろす寸前の赤い鎧があり、後方には緑の狐と怯える少女。守る為にはあれを止め後退させる必要がある、出来るかどうかでいえば出来ないのだが、そんな難しい事など考えてはいないのだ。眼前で殺されようとしている者がいて、自らの手には武器がある、これでどうして放っておけるのか。


「ッ…!」


左脇に構え、切っ先を下げて薙ぎ払いの軌道を上に向ける。同時に両手が震え始めるも構わず、力の限り、上から迫る刃を止めるべく大太刀を振り抜く。


「ああああぁぁぁぁッ!!」


その瞬間に、刀と、それを握る巨人は後方へ吹き飛ばされた。

両手の振動が増大し、閃光を伴う刀身が接触、前方への指向的かつ限定された範囲に衝撃波が生まれ、あらゆるとはいかないまでもほとんどの物なら断ち切れるだろうそれは太く厚い相手の刀身を欠けさせる。そこで切断は止まったものの丸ごと宙へと持ち上げ10メートル先に押し飛ばして、その後、発光現象を起こしていた大太刀は再びなりをひそめた。


「え……」


先程と同じだ、武甲正宗は唐突に目を覚まし、そしてまた沈黙している。仰向けに倒れ伏した赤い鎧と、助けた少女を物陰に隠す緑の狐をそれぞれ見てから、大太刀の刀身を持ち上げ眺める。

わからない、とはまず思ったが、同じ条件がひとつあった。それに気付いた直後、一番古い記憶が脳裏に湧き上がる。

これは人を守る為の刃だと、あの時、自分を抱き上げながら、あの人はそう言った。


「…はは…なんだ……」


無意識に笑いが込み上げる、全身を縛り付けていた恐怖が消えていく。


「たった…それだけの事か……」


詰まる所、まったくの勘違いをしていたのだ。これは妖刀などではない、血を吸って目覚める刃などとは間逆のもの。

敵の前に立ち、人を背にした時のみ力を発する守りの刃。


「今のは……」


少女を隠し終え、紺色の柄を持つ刀を携えて円花の横に来たスズはぽつりと呟き、それを一瞥したのち腰を落とし、足を前後に広げて駆ける準備を整え、大太刀を脇構えの位置へ。


「奴を倒す、これ以上被害が広がる前にだ」


起き上がり、再び八相に構えた巨人を睨む。


「手を貸してくれるか?」


「……もちろん」


玉を展開させるスズの返答を聞き、

円花は戦いを始めるべく地面を蹴りつける。
























荒れ狂う風と雨に翻弄されつつ飛行を続けるアルビレオを守るように雑兵を蹴散らし続けていると、そう時間の経たないうちに日依は台風の目に辿り着いた。


「なんぞ…」


全周をぐるりと囲む雲の壁、円形に切り抜かれた天頂の青空。風と雨は止み、しきりに羽ばたいていたアルビレオは翼を休めるように滑空を始める。事前情報通りその空間は極めて静かな場所だった、嵐の中でしか存在できないのか浸入を許されていないのか、おそらく後者だろうが1体も雑魚がいない。

しかし情報に無い点がひとつ、いや正確には有ったとも言えるが、どう見ても違和感しか生まないそれは最中心部、高度2kmに横たわる形で浮かんでいた。千羽大樹における戦闘で枝を1本、よりにもよって唯一残っていた建築物の乗った枝を幹から脱落させたとは聞いていたのだが。それにしたってアリシアの故郷が移動式になってるとは誰も思わないだろう。要約して言うと、折れた枝は状態そのまま、高度が変わる事も天地がひっくり返る事も無く鳳天大樹までやってきていた。


「どうしたもんかね、領海まで持ってきおって」


滑空を続けてそれへと辿り着く。長さ4km、最大幅300m、太い方の先端近くにコンクリートで作られたL字型の建物がある。下部には砲弾が命中したらしき焼け焦げた跡があるものの、大部分は自重で引きちぎったようにささくれていた。つまり一度は普通に落下した事になるが、決して軽くないアルビレオが勢いよく、航空機でやったら管制塔から怒号が飛んできそうなくらい乱暴に着地しても微動だにしないほど固く空中に縛られており、背中から降りて、アルビレオはその場で休ませ日依だけが建物へ近付いていく。

これはただの抜け殻だ、100年経っても残るほどに強くこびりついた感情から、ここがかつて現世の地獄であった事は想像に難くないが、瑞羽大樹の葬儀屋達はひとつ残らず魂魄を処置している、主幹からも切り離された今、この建物と枝に霊的な意味は存在し得ない。


「……いるな…」


そんな意味の無い、アリシアからも破壊して構わないと許可を取っている遺産に未練を感じてこんな保存をした本人の気配を察してそれから目を離す。生まれてからこれまで姿を晒す事を避け続けてきただろうそれは、日依が睨みつけると観念したように雲の壁から抜け出てきた。

これでもかと光り輝く金色かつ、鎧を着込んだような金属的な表皮。四肢が変化したものでなく完全に独立した翼を背中に持ち、シルエットとしては西洋の家紋に使われるドラゴンそのものである。しかし印象としては東洋色が強く、前述の鎧は騎士というより武士、付け加え頭部にも立派な二本角の鍬形(くわがた)がある。長い首と尻尾を合わせて15メートルのその竜はまっすぐ日依の前まで飛んできて、少し離れた場所に着地、翼をたたみ4本足で歩いてもう少し接近する。休ませていたアルビレオも唸りつつ真横までやってきたが、それは首筋を撫でて落ち着かせ。


『名を聞こう』


喋った、といっても喉を鳴らすのではなく頭に直接叩き込むテレパシーに近いものだが。


「両神 日依(りょうかみ ひより)、玉藻前から血を引いている。そちらは何と呼べば?」


『我に名は無い、不便だと言うならば好きに呼ぶといい』


「ふむ…では頼光(らいこう)と」


自己紹介が終わったところで、さっそくながら本題に入る。

この騒ぎを終わらせるに当たってこの竜をぶちのめす必要があるのか否か、重要なのはそこなのだ。ただここに住み着いていただけの無関係なものなら今すぐ取って返しスズの救援に当たるべきだ、しかしこのワイルドハントという事象に囚われた存在であるなら、直ちにこの世を去って貰う必要がある。


「お前は何の為にここにいる?」


『人を討つ為に』


相変わらず脳に響く声で、たった今ライコウと名付けられた竜は言う。

確認するが、これは例の宝石を用いた某略によって生まれたもので、直後に50万という人数を殺している。そのうち49万9999人くらいは発生場所にあった翔京大樹の住人であるが、たった1人、宝石の起動の為にどうしてもその場にいなくてはならなかった皇天大樹からの部外者がいる。


『我とて元は人、朝廷に召し抱えられた人であった。そこに疑問は無い、今も。ああしなければならなかった事も理解している、だが奴らは、犠牲となった者らの痛みを知らぬ』


その1人の成れの果てが今目の前にいるらしい、まずそれが判明する。そして目的も、進路が鳳天大樹と重なるからここで迎撃、消滅させる事ばかり考えていたが、もしここを突破した場合、その先にあるのは皇天大樹だ。


「……つまりこの狩猟団、あっちにいるのが頭領ではなくお前が……いや、違うな、両方か。あっちが骸の成れの果て、お前が魂の成れの果て。であれば私のする事は明白だ、お前を先に行かせる訳にはいかん」


じゃらりと、正面に突き立てるように錫杖を鳴らす。

左手でアルビレオにサインを出すと、止んでいた唸り声も再開する。


『何故道を阻む。九尾の末裔よ、お主も奴らに恨みがあるように見受けられるが、何故守ろうとする』


「1、排すべき連中以外に犠牲になる奴が多すぎる。2、西洋軍との軍事バランスを崩したら意味がない」


こちらが戦闘体勢を取ったのに対し向こうは翼をたたんだまま、間合いを取るべく、もしくはコンクリートの建物から離れるかの如く1歩だけ後退し。


『時間をかけていては虐げられ死んでいく者が増えるだけではないのか、真に無益な犠牲とはそういうものでは……』


「ああもうゴチャゴチャうっせえな!さっさとかかってこいや!」


周囲に展開し続けていた刃をすべてライコウへと向けると、それはようやく翼を広げる。


『……よかろう、もはやこれまで』


脳に響く声は言い、腰を落とすように四肢を曲げ、そして長い首の先にある声帯から、外見相応の竜の声。


『この首、討ち取ってみせよ!』


強烈な咆哮が放たれた。

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