第39話

「うーん…うぅーん……」


「香菜子ちゃんはまだやってんのか」


「あぁ…はくさまぁー……」


「おーよしよし」


朱雀亭の囲炉裏の前に戻ってくると香菜子は完璧に悪酔いしていて、横向きに転がっていたが日依の姿を見つけるや足を撃たれたゾンビみたいに寄ってきた。斎院から背負ってきたハードケースを置きしゃがんで受け止め、腰に巻きついた彼女の頭を撫でる。


「助けてくださいぃ……」


「そうか助けて欲しいかー。自業自得だ、いい加減反省しろ」


撫でて撫でて、ぺしりとはたいて日依は立ち上がった。以降呻く香菜子を無視して玄関口に戻りハードケースを持ち上げ、部屋の隅っこでコンセントを占領するアリシアに手招き。


「見て欲しいもんがある」


VVF線むき出し、後から付け足した事を隠しもしないコンセントにはプラグがひとつ差し込まれていて、そのコードの繋がる先は横で正座するアリシアの右頭部。声をかけられるとプラグを抜き、自動で巻き取られるコードを白い髪の中に隠した。それから立ち上がり囲炉裏へ歩いてくる。


「ていうかお前さん、100Vだったの?」


「5でも12でも200でも、高電圧である方が充電速度上望ましくはありますが」


「どれにしろ電力メーターの円盤が想像を絶する速度で回るけどね」


走り寄ってきた雪音の足を引っかけおかえりなさいまぐぇっ!とか言わせた後、半分ほど中身を減らした一升瓶をどかしてスズは一足先に座る。少し離れた場所にハードケースを降ろし、パチパチンと留め具を外した。


「つい先程、斎院は鴉天狗の討伐を決定した。小毬は…少なくとも現時点では待つしかない」


助ける、という手段は既に潰えた、それを察したのかアリシアは何も言わず日依の前で立ち止まる。気になるのはやはりこのケースだ、146センチのアリシアより大きい。


「とにかく倒す方法を検討する。最も問題なのは相手が飛んでいるという点だ、面と向かってしまえればなんてこたないがアレにはちょっと追いつけん」


まだ一度しか会っていないが、あの天狗はかなりの高速を出していた、戦闘機と比較しても遜色ないくらいに。軍艦でもそうだが速度で負けるとあらゆるシチュエーションで主導権を握られてしまうのだ、日依は未だ本気を見せていないものの、少なくとも本気になったからといって自身に翼が生える事は無い、それを補助するワイバーンも最大速度は精々天狗の半分。


戦って貰えないんじゃ意味が無い、呟くように言いながらケースを開ける。中にはスポンジに埋まるように筒と、それに付属する部品のようなものが詰まっていた。長さ1.4メートル、直径10センチある黒い樹脂製の筒を中心に、30センチ弱の長方形の箱、似たサイズのスコープ、それから手のひらサイズの円筒形をしたバッテリーらしきもの。


「どうやって叩き落とすかってのを考えた時、倉庫でこいつが寝てるのを思い出したんでとりあえず持ってきた。アリシア、これは使えるものか?ぶっちゃけこれが何なのかよくわかってないんだが」


アリシアは両膝をつき、まず長方形の箱を持ち上げる。横に書かれた英語を確かめた後すぐに戻し、次いで筒を回してやはり英語を読む。


「ヘルスティング……」


「わかるのか?」


「携帯式防空ミサイルシステムと呼ばれるものです。簡単に説明すると、誘導能力を持ったロケット弾を射出し航空機に衝突させ撃墜するための兵器、でしょうか」


「……ええと…追いかけるのか?」


「はい、追いかけます」


FIMー166と書かれた筒を指差し、この中に入っているものが飛んでいくと説明が入った。

航空機が実用化されてから20年しか経っていないこの世界、2枚3枚と翼を重ねて翼面積を稼ぎ、大して馬力の出ないエンジンをアップアップ言わせてなんとか飛び上がる歪な形の航空機しか無い現在、専門家ですらどういう形が最適なのかよくわかっていないし、スズのようにあんな機械の塊が本当に飛行すると信じていない者すらいる。もっとも当のスズには無理矢理教え込んだが。

日依はどうなのかというと、恐らく平均よりは科学に興味を持っている方と思われる。魔術と名の付くものすべてに精通するほど貪欲な知識欲を持つ彼女の事だ、知らないものは知りたがった結果だろう。

それにしたって説明を聞いた瞬間に目を丸くしてしまった。これに目をつけたのは単にAir Defenseと書かれていた為らしく、たった140センチ、重量にして10キロも無い、こんな棒みたいなもんが、みたいな顔。


「あの天狗は急降下すると200キロは出るんだが…こいつは?」


「時速3000キロメートルは確実に」


「ふひっ…!」


妙な声が出た。


「んまぁいい……航空機を撃墜するもんだと言ったな、人間大の飛行物体にも使えるものなのか?」


「そのような想定はされていませんが……シーカーを改造する必要があります、半日ほど頂ければ」


「ではかかってくれ。…ここで広げるのはまずいな、おっちゃーん!そこの部屋使うぞー!」


旅館の主人に声をかけながら日依が奥に消えていく。アリシアはハードケースを閉じ、一息ついて、視線を囲炉裏、薄い、手のひらサイズの見慣れない木箱を開け閉めしながら困った顔をするスズへ。さっきまでは持っていなかった物だ、どこかから入手してきたようだが、中身を雪音に見せていやいや無理ですとかやっている。


「スズ、それは?」


「うん…神祇官の副長官に挨拶してきたんだけど、そこでちょっと勘違いされて……」


その木箱からは棒が出てきた、茶色く、細い、たばこ葉で巻いた。


「葉巻貰っちゃった……」


「どんな勘違いをされたらそうなるのですか」


「いけません!皇女たる貴女がそんな安物を吸っていては!とか。いやだからね!あたしはニコチンが好きだからこんなものを持ち歩いてる訳じゃないのよ!こんな1本吸い切るのに1時間かかるようなもん貰ってもさぁ!」


「あ…じゃあ私が……」


「香菜子ちゃん…アル中な上に…?」

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