第29話

「まだ聞いていませんでしたが、今から会いに行くヒヨリという方の分類、九尾とはどういうものなのですか?」


「言うだけなら簡単だよ、尻尾が9本ある。だけどどうやって成るかってのは難しい」


繁華街を抜けると普通の商店街、住宅街と続き主幹上層へ繋がるロープウェイ乗り場に出た。武器を置いてきたのが幸いしたか住民は繁華街と比べていくらかフレンドリーだった、話しかけないと近付いてすら来ないが。


「天狐の衣装を着た時に細長いのがこのへんに付くでしょ、それが尻尾の代わりなんだけど、知っての通りあたしは4本」


緑の着物に巻かれた黄色い帯の背後に現れる4本の菱形を言っているのだろう、腰をポンポン叩きながらスズは上を見る。やたら長いロープウェイには大型のゴンドラが6つ、空中にかけられたロープの回転に合わせて動き回っていた。怖がるかと思ったが、彼女が嫌なのは航空力学とかいうよくわからないものに則って飛ぶ、内部がどういう風になっててどんな動作をするか皆目検討もつかない機械に命を預ける事であり高所恐怖症な訳ではないようである。要は機械オンチが原因なので、ロープに沿ってどんぶらこするだけなら問題無い、ただし滑車にしがみつくだけとかいう誰でも怖がるものは除く。


「野狐と気狐は1本から3本、そもそも実体化させられないから確認しようとすると一工夫必要だけどね。付いた力のぶんだけ増えてくんだけど、天狐になった時点で4本に固定される。でもこれはなるかならないか決められるもんじゃないから、どれだけ修行しても4本以上増えないはずなんだ。じゃあどうやって9本にしたかっていうとよくわかんない」


駄々をこねる事もなく乗り場に近付きチケットを買い求める。そこでアリシアがピクリと何かを察知、少しだけ後ろを見た。


「天狐の先の空狐は0本だから普通4以上になる事はない、まぁあたし自身が生まれた時から天狐っつーイレギュラーだから何か抜け道があるんだろうけど、やっぱよくわかんないよね。子供が大人になるような変化だし……」


「スズ」


話に割り込み、あれを見ろ、みたいな感じにアリシアは背後を指差す。


「ん?」


指の先、黒いマントで全身を覆った人物が近付いてきていた。


「な…なんぞ……」


一枚の大きな布を頭からかぶり、胸元でボタン留めしただけのものだ。頭と上半身は完全に隠しているがマントは下にいくにつれ開口部が広がり。白いトップスの一部と、先程の狸以上に短い、生地を2枚段重ねにしたような赤いチェック柄のスカート。ソックスは履かず、確かプラットフォームサンダルとかいうやたら靴底の厚い、ハイヒールのようにかかとの上がった白いサンダル。


そのおそらく内部にはイケイケな感じの若者が入ってるだろう黒マントは、今まで誰一人として近付いて来ようとしなかったにも関わらずまっすぐ一行に近付いてきて、スズの真横に到着してすぐ、顔を覆うマントを少し持ち上げ。


「遥か昔、今の天皇から何百代も前に即位し、現職を引退して上皇になった男がいる。これが少しばかりのラブストーリーの後白面金毛九尾の狐こと玉藻の前と関係を持った。この2人の子供が私のご先祖様、もともとそういう事になる遺伝子を持ってたって事だな」


肩を越えて背中の中ほどまで伸びた燃えるような赤い髪。シャツか何かに見えていたトップスは赤いタンクトップの上に重ねた白のキャミソール。


「お前は私の事を九尾だと説明したようだがそれは違う、分類として言うなら私は妖狐だ。天狐に連なる道筋から外れた存在、尻尾9本なんて望んでなったもんじゃない、つーかそんなにあったら邪魔だろ」


スズより少し背の低い、ただし厚底サンダルでカサ増ししているので実際はもっと小さいだろうニヤニヤとした笑みを顔に貼り付ける少女を見て、少なからず警戒していたスズは溜息をつきつつ目を伏せた。


「何そのカッコ」


「急すぎてこんなもんしか用意できなかったんだよ、あんなバカでかいもんで堂々と来やがって、受け入れる方の身にもなってくれ」


会話を続けつつ少女は他の2人に目を移す。アリシアは無表情、雪音はなんだこのガキんちょみたいな顔。何も知らない彼女らは状況を理解していないが、それを知りつつ少女は笑う、ニヤニヤと。


「姫様…この子は……」


「うん……あの、顔見た事無いんだっけ。紹介します」


顔が見えるくらい持ち上げられたマントをスズは更に持ち上げ、赤い髪から生える赤い狐耳を露わにした。同時に少女は右手をひらひら振り。


両神日依りょうかみひより、現職の神祗伯です」


「やっほー」


確認する。

ゴールデンハインドの船上で雪音はかつて彼女のラジオ放送を聞いた事があると言った。その時感じた印象では理性的で、穏やかで、優しい人物だとも言っていた。その点から推測すると、雪音より年上で、常識を弁え、和を持って尊しとし、物腰柔らかな大人の女性。そんな風の聖人君子を人物像として想像していたのだろう。

この人をからかうように目を細め、口角を上げ、都会の表通りで遊び倒してそうな格好をし、今まさに仕事を部下に押し付けてここにいるだろうおちゃらけた女を。


「…………ラジオでなんか話したんだって?」


「ん?あぁ、やったなぁ、秘書の香菜子ちゃんが書いたのを音読しただけの」


そんなこったろうと思った。

現実とのギャップに付け加え今まで憧れてたのは香菜子なる謎の人物であった事が発覚した雪音は銅像よろしく固まってしまい、回復を待つのも何なので話を進める。日依はマントを下げ辛うじて顔が見えるくらいに調整、直に見るか写真を手に入れるくらいしか有名人の顔を確認する手段は無いが、いくらなんでも居を構える大樹の住民に見られたら一発なのだろう。


「まず意思確認をしよう。あそこを出てここに来たって事はヤる気だって事でいいんだな?」


「それ以外にどう見えんのよ」


「ふむ……まぁよかろう」


その返答に対し、スズの顔をじっと見つめ、すぐに頷いた。それから視線をアリシアに移し、ニヤけ面を一旦やめて怪訝な顔になる。


「そちらさんは人じゃないのかな?いやでも…んー?」


「機械です、アリシアとお呼びください」


「機械か……うーん…変わってるな」


理由は不明ながらどうも納得はしてないようだ、そもそも眼球をじっと観察してカメラの絞りが動いているのを見るか皮膚を切り裂く以外に確認する術が無いほど、体温含めて人間そっくりに作ってあるアリシアをどうやって人間じゃないと見破ったのかも不明であるが。左腕の腕時計で時間を確認、午後3時46分、なんだかんだ言って移動に時間がかかったのだ。


「そっちはお変わり無いようで、あの頃と比べるとだいぶだけど」


「はいストップ、再会を喜ぶのはまだ早い」


「?」


右に左に首を回して周囲を確認。相変わらず誰も近寄ってこない、冷めた街だ。日依もこれは気に入っていないようで、少しだけ厳しい顔をし、その後元のニヤけ面に戻った。


「公式の予定上では私は今斎院の奥で筆を和紙に叩きつけてる事になってる、実際やってるのは香菜子ちゃんだが」


何者なんだよ香菜子ちゃん。


「あそこに詰めてる神祇官の誰も私が今ここにいる事は知らないし、これから知る事もない。つまり、公式には私達はまだ再会していない訳だ」


「……なるほど、じゃあどうすれば再会できるのかね?」


「1時間以内に斎院に来い、相応の格好をして、正面からだ。それから…アリシア」


「はい」


日依は斜め下を指差す。その先にはひとつ下層、分幹と並行に伸びる主幹の枝があった。見た感じそこは宿泊施設の集まりである、よそ者がこんな扱いを受けている現状、マトモに機能しているとは思えないが。


朱雀亭すざくていって所に話を通してある、そこにあの青いのを連れてって待機しろ」


つまり1人で来いという事か。恐らく今の雪音に言って聞かせるより手っ取り早いと判断しただろうアリシアに指示した後、マントをかぶったままスズにぐっと顔を近付け。


「話した内容はすべて記録する」


「オッケー」


それを捨て台詞に日依は一行から離れていった。ロープウェイ乗り場に駆け込んで、ゴンドラに乗り込み消える。


「……指示通りでよろしいですか?」


「いいよ、たぶん朝までかかるからゆっくりしてて」


「たったあれだけの会話で何故理解できるのか理解できません」


「そういうもんなんだ」


腰に手を当て、スズは上を見る。

最上層に建てられた瓦屋根の建物群、そこが斎院。


「あいつだけはね」

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