第10話

「おっ…もーーい……」


ずるずると衣擦れの音を出し、がしゃんがしゃんと頭の装飾品を躍らせてスズは巨鳥ことツェッペリン・シュターケン爆撃機の座席に収まった。まず白衣と袴、これは巫女服の赤い部分を青くしただけなので重くなどはない。現在スズが着込んでいるのは神職装束というもので、白衣の上からひとえを重ね、さらに上から表着おもてぎを重ね、さらにさらに上から唐衣からごろもを重ねたものである。今どき北欧人だってそんな重ね着しねーよとか思うかもしれないが、神道的にはまだ軽装である、十二単とかマジ頭おかしい。


「おお、最終日にしてようやく本気を出しなすった」


「予想通りの反応どーも……」


外見年齢50歳くらいのお坊さんがはっはと笑う。彼の着ている法衣も似たようなもんだが豪華度が違う、僧侶が黒と白のツートンカラー、もしくは茶色などの地味な色なのに対し、神職は何においても基本カラフル、模様付き。奥で微笑んでるセディ牧師なんかと比べるとさらにひどい、というか修道服はいくらなんでも地味すぎる。


「服装だけでこれだけ違いが出るのですね」


「宗教は質素倹約が基本だかんね、神道は神様をおもてなしするもんだから。服装といえばアリシアさん、キミのカッコだけどさ」


「これですか?」


紙の紐を付けた木の枝など小道具を運ぶアリシアの姿は白いケープレットの付いた白いコート。白いボンボンと白いリボンの付属するいわゆるお嬢様コートと呼ばれるもので、白い髪の上にはダメ押しとばかりに白いベレー帽が乗っかっている。


白、白白白


「確実に、リアルでやったら目も当てられなくなるやつだよね」


「これは蜉蝣かげろうの趣味です」


「えぇ…………」


「ぶっ違げえよ!俺のカミさんの趣味だから!」


「ですがあの時あなたも同意していたではないですか」


「したよ?したけどこの世にはカカア天下ってものがあって…………出発するぞ!!」


プロペラを回して巨鳥のエンジンが始動、駐機場から滑走路へと移動する。スズの盛大な溜息を受けながら加速し離陸、機首を千羽大樹の方向へ。

あの場所に残された都市ひとつ分の霊魂を送ったり成仏させたり除霊したりし始めてはや6日目、ようやく終わりが見えた訳である。


「昨日までは特に何も持たずに歩き回っているだけでしたが、どうしてこのような格好を?」


「うん、神道の葬儀、神葬祭っていうんだけどね。これは天国に送る、って感じじゃなくて、魂を守護霊としてその場に留め置くものなんだ。そうやって代々続く家を守っていくんだけど、彼らの場合守るべき家がもう無い上、大樹もあんな有様だから、黄泉の国って所に行って貰う事になる。行き先を教えるだけならこんなもん着る必要もないし」


自分の制服をこんなもん、副操縦席の蜉蝣が呟く。坊さんは若い頃同じ思いをしてたのだろう、頷いている。後ろのセディ、微笑んでる。


「今日これを着たのは、あんな場所でも居続けたいと思う人がいるから。彼らのために神葬祭モドキをやる必要がある」


「……あそこはこの後どうなるのですか?」


「枯れた大樹なんて見た事ないけど、植物として考えるならそのうち芯まで腐って崩れ落ちるだろうね。そしたらまぁ……舟幽霊とか?」


「……」


「説得はしたよ?でも故郷だからって」


「それは…私にはまだわかりません」


あそこに留まっても意味はない、それどころかいつかは無くなり悪霊化してしまう。通常ならば絶対に避けなければならない事態ではあるのだが、スズはあくまで意思を尊重。無理矢理追い出したりはしないと。

瑞羽大樹をぐるりと回って進路が固定されるまで全員が沈黙、傾きが戻って水平になり、背後の大樹が遠ざかり始めた頃。


「信じ続けていればいつかは救われるわ」


最後尾、セディが口を開いた。


「どんな人でも最後には絶対に、なんて言うとカトリックの人は怒るけれど」


「そうでしょうか……」


牧師は微笑んだまま、首元の十字架を触って見つめつつ。


「ハッピーエンドとはいかなくとも、物語は必ず希望を抱いて終わらなければならないの」

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