第6話
「よろしいでしょうか」
「「あ……うん」」
ひとしきり言葉のキャッチボールを済ませた2人はアリシアの一声で我に返る。顔寄せメンチをやめ、噴出口の方に視線を戻した。
「当時、あなたはここにいたのですか?」
「ああいたよ、妙ちきりんな野郎がそこでゴソゴソやってるのも見とった。聞きたいか?」
「はい、とても」
あいわかった、と狸はふわふわ浮いたまま噴出口の端まで移動する。その後、ニヤリと笑いながら中心部方向をキセルで指し示し。
「狐、その方向に12歩進め」
「……うん、わかってたからいいけどね、どうせこうなるって」
指示通りスズは灰の山へと足を踏み入れる。ずぼりと靴は沈み込み、歩を進めるごとに足首、脛、膝と灰まみれとなった。指示された場所に到着した時には太ももの中ほどまで真っ白となっていて、顔を見てみると気持ち涙目。そこで何か見つけたのか、右腕を思いきり差し込んだ。
「はい取った!!戻っていい!?もう戻っていいよね!?」
「おう持ってこい」
灰を撒き散らしながらスズ帰還、収穫物をアリシアに投げ渡してから猛烈な勢いで灰を払い始める。
「石……黒曜石ですね、これが発生源なのですか?」
「詳しい事はわからんよ、確かなのは、この樹の者ではない他所からきた男がそれを埋め込んでから事が起きたという点じゃ。瘴気が出始めた途端にうわー騙されたーとか言いながら死んでしもうたが。毒を出す石、
「嫌味なネーミングしやがって……」
僅かに紫色を帯びた黒い水晶のような物体、形はオーバルカットと呼ばれる小判のような形状で、全長は10センチ程度。黒曜石は現在では宝石だが、叩いて割るとナイフのように鋭くなるため石器時代において重宝された物質であり、かつて儀礼用メスとして使われた事もあった。しかしどのような用途であっても製鉄技術の発展に伴い廃れていったため、黒曜石自体には意味はなかったと思われる。
「はぁ……うん?」
こびりついた灰をはたき落とし靴に入り込んだものも極力排除したスズの前に鬼火が降りてきた。今までと同じように指でつつこうとするも、その鬼火はひょいと指を避けた。すぐにまた寄ってきたが指を突き出すとやはり回避。
「あいや待たれい、狐よ、送るのは後だ」
「なんで?」
それを見た狸はそう言った。理由は話してくれず、だがその後も鬼火は集まってくる。ぞろぞろぞろぞろ、辺りの鬼火が残らずこの場所に。
「刻印があります、これは何の意味が?」
仕方ないので鬼火はほっといて、アリシアの持つ石、仮名殺生石を観察しに行く。表面には確かに紋様が彫ってあった、真円状に9個の菱形が並び、その内側にも大きい菱形を3つ、少しずつ位置と角度をずらして重ね描きしたものである。その下にも文字のようなものがあるが、古代語か何かのようで解読はできそうにない。
「……笑い飛ばして馬鹿にしたい所じゃが、笑えんな」
見た瞬間にスズと狸は意味を理解した。アリシアだけが理解できずじっと凝視していて、それが何なのか説明するため、狸はやや笑みを取り戻しつつそれを指差し。
「まずこれは術を込めるために描かれたもんで…まぁ殺生石が入れ物とするならこの紋様は蓋になる。中心のこれは稲穂を抽象化したものじゃ、それを9つの菱形が囲っているのはとある名家の家紋でな。色々と言い様はあるが、世界で最も権力を持つ大樹を統治している家の家紋、という所か。真偽のほどはわからんがこれが刻まれているという事は……」
「つまり千羽大樹の死滅は国家元首が望んだこと、だと」
「国という概念は既に亡いが、ほとんど同じようなもんじゃな。世界の統治者と目される
この刻印から説明するものはもうない、とばかりに狸は指を引き上げ、そしてニヤリ顔を取り戻す。
「さて困った事になったなぁ、これは要するに世界最強の術式じゃ、破壊するにはこれ以上の力で強引に叩き潰すか、親族しか知らぬという自己分解点を突くしかないのう。成せるのはこの世に5人とおるまい」
「現時点での対抗は不可能という事ですか?」
「いやあ?それはどうだろうなあ。くふ…ふふふふふ」
「…………」
にやりにやりとスズを見る、ひたすら黙って睨み返す。
とにかく得るべき情報は出揃った。可及的速やかに瑞羽大樹へ戻らなければ。
「では儂は用済みか?」
「まあね。どうする?黄泉に行く?……おっ…」
気付いたら鬼火が集まり切っていた。
周りを取り囲むように、空を覆うように、無数の青白い炎が。
「少し待て、言いたい事が…いや、言わねばならん事がある」
そう言って狸はキセルに火をつけた。味がわかるのか知らないが、ふうと煙を吹きながら、あぐらのままアリシアへと向き直り。
「人形よ、67度左回転せい」
「はい」
「ようし、そのまま5歩前へ、そこで足下を見ろ」
指示通り、アリシアは前進した。その先には何もなかったが、足下を見てみると金属片がひとつ。
錆びついたバッジに見える。
「…………これは」
「あの時飛び出していった西洋人のもんじゃ、弔ってやんなさい」
膝をつき、拾い上げた。もはや原型もわからないほどだが、アリシアの白衣に着いているものと同じなら、かつての千羽大樹を象っただろう樹の形。
「……ここまで来ていたのですか?」
「ああ。すべて諦めて出て行った訳ではない、体が動かなくなる瞬間まで殺生石(それ)を探し出そうとしておった。自力でこの身に成る事さえ出来れば少しは手を貸せたものを」
すぐ燃え尽きた刻み煙草を入れ直しキセルを口に当てる、鬼火の埋め尽くす空に煙が舞う。
「無念であった」
訴えるように、慰めるように、言葉を発せないそれらは寄り集まる。
「あの中でやっていた事は知っている、お主がどんな思いをしたかもな。勝手ながらあやつの葬儀にも立ち会わせて貰った、まこと不器用な男じゃったな」
「…………そうなのですか」
「古くからの付き合いだからの、何を考えてたかは大方わかるよ。だからあやつの意思を汲んで、死に際に言いかけた事を儂が代弁させて貰う」
キセルを揺らし、狸は話す。
かがんだままのアリシアを見下ろしながら、無惨な大樹を見上げながら。
「あれから随分経ってしまったが、見ての通りじゃ、この樹はもう助からん。こっちの都合で眠りを妨げ、その結果がこれじゃあ申し開きもできんが……とにかくすべては終わってしまった、だからお主はもう、この場所に拘るな」
ぽつりぽつりと、呟くように。
「生き残れ、そして世界を知れ。あやつらが出来なかったこと、見れなかったもの。どれかひとつだけでもいい、成してやってくれ。どうすればいいのか、今のお主ならわかるはずじゃ」
と、そこまで話して、狸はキセルをしまった。あぐらのまま、姿勢を直し。
「そして最後に、これは”我ら”から」
無数の鬼火を背負いながら。
「この樹の生まれではない、この時代の生まれですらないお主がここまで尽くしてくれた事に、皆を代表して言わせて頂く」
彼女は深く、頭を下げる。
「ありがとう。…………すまなかった」
頭を上げると、狸はにやり顔に戻っていた。
「言いたい事はこれで全部。狐よ、送っとくれ」
「…………」
「ほれ、早よう」
アリシアはしゃがんだまま、鬼火はもう逃げる様子はない。左手を開いてかざし。
一気に握る。
「……お主も、後悔無きように」
一息にすべてを送り出されたそれは、一瞬、葉が戻ったように大樹を飾って。
最後に余計な事を言い残し、狸はこの世からかき消えた。
あれだけいた鬼火も皆弾け、ちりちりと燃えかすが舞い踊る
「…………」
「……教えて欲しい事があります」
錆の塊を見つめながら、ようやくアリシアは口を開いた。
「この原因不明のエラーについて。博士は人間の感情に相当するものと定義していました」
「感情?」
「最初は博士が死亡した時に、それから枯れたこの樹を見た時に。今もずっと……」
「…………それはたぶん…」
燃えかすも無くなった空虚な空、無言でそびえる樹を見ながら。
「あなたは今、悲しんでるんだと思うよ」
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