第4話
「と…飛ぶわけ……」
「飛んだろうが100km以上」
切って貼ったような直線で構成されるボディ、空気抵抗?何それおいしいの?と言わんばかりの切り立った機首、本体全長の2倍はある複葉の翼は大量の支持柱によって上下を接続され、その翼の間にエンジンが背中合わせで2セット置かれている。流れるような曲面で構成され、風を捕まえて優雅に飛ぶ鳥たちと比べると遥かに醜く、しかも全備10トンオーバーの巨体がたった4枚のプロペラの回転だけで浮き上がるなんて、まぁ実際浮いちゃったのだが。
「はぁ……さて…ひどいねこりゃあ」
飛行中金縛りにあったように縮こまり、着いた瞬間膝から崩れ落ちたスズはようやく立ち上がる。
主幹は生気のない茶色、無数に付いていなければならないはずの葉はひとつも見当たらず、細い枝の先端は灰色に代わり崩壊が始まっている。千羽大樹は死に切っていた、死んだ際の対処がまったくなされないまま死んでいた。滑走路代わりにした枝の1本だけを取ってみても黄泉とか天国とか地獄とか煉獄とかに行く事なく無意味に漂う魂の多いこと多いこと。もっとも瘴気で溶かされたのか骨の1本も見つからないが。そのうち一部は可視化しており、青白い火の玉、いわゆる鬼火とかジャックランタンとか呼ばれるものに変質している。
「時間が無いのは事実だが、これはどうにかしてやれんのか?」
「うーん……あたしが送れるのは職種の分類上黄泉に行きたい人と、あとは悪霊化する事なくここに留まりたい人だけかな。やれるかどうかで言えばやれるけど、菩薩さんとかマジギレするし」
つつつ…と寄ってきた鬼火を指でつつく、燃え尽きたように消滅した。可視化している魂は他にもいる、どのくらいいるかというと、これだけあれば夜道もめっちゃ明るくて安心だね、というくらい。しかし全員に対処する事はできない、どれだけの数がいるにしろ優先すべきはまだ命がある者である。時間をかければかけるほど瑞羽大樹の死滅は進む。
とにかく調査を始めよう、機体の確保に同乗した(浮遊する火の玉にビビり切ってる)兵士全員を残して主幹に向かって進み、ぐるりと回って反対側の枝に出る。その間寄ってくる鬼火はすべて消したが、その数はせいぜい50、後はお坊さんに読経してもらうか、もしくは神父が必要だ。
「あれは?」
「建物だな、ほぼ無傷の」
ここまで通ってきたルート上の、かつて民家があったと思われる場所には金属製の食器やドアノブのみが残され、有機的、簡単に言えば火をつけたら燃える類の構造材を使用していた建造物は跡形もなくなっていた。主幹の向こうに見えてきたそれはコンクリート製、屋根の上にあるなんかお皿みたいな白い物体がだらりと垂れ下がっている以外に損傷は見当たらない。相変わらず寄ってくる鬼火を処理しつつ目の前まで行ってみると、玄関の横に掲げられた表札には”千羽大樹研究所 遺物研究棟”の文字。
「遺物って?」
「世界にまだ陸地があった頃に作られた道具や機械の事だ。すげえ速さで本の複製が作れる印刷機とか、無限に動き続ける発電機とか」
「…………?」
「まぁ要するに、お前の天敵の巣窟って事だ」
蜉蝣がドアノブに手をかけ引く、それほど強く引いたようには見えなかったが、ゴリッと音がしてドアは巣立ちを果たした。
「やっぱり無傷ではなさそうだな……」
「いや、これは単に経年劣化だね。すごいなこのパッキン、溶けてない」
外れたドアはひとまず横に立てかけて玄関へ。中はロビー風になっており、いくつかの椅子、カウンターと、これうちの研究成果だよ!という感じに機械が並んでいた。そのうちひとつが蜉蝣の持っている無線機と似ているので、遠くの人間と話をするためのものなんだろう。
と
「ッ!?」
「どうした!?」
咄嗟にハンドガンを抜いて銃口を上に。ギギ…とぎこちない動きで天井の機械が動き出していた、それは白いボディで細長く、長さは20センチ程度。先端には水晶のような透明な部品が付いていて、天井から突き出す棒との間に関節。その関節を使って本体の水晶体こちらに向けようとしている。
「……ただの監視カメラだ」
「いや何ソレ知らないんだけど!多田野さんって誰!?」
「違げえよ」
とにかく銃を下ろせと言われハンドガンはホルスターへ。無視して先に進もうとする蜉蝣についていく、先程より幾分かスムーズな動きで水晶体も首を回してついてくる。
「……」
後退する、ついてくる。
「…………」
再び前進する、ついてくる。
「ごっち見てるよ゛ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「想像以上だなコイツ……」
天井を指差しつつ服を掴んで泣きわめくスズを引き連れつつ、蜉蝣はロビーの先にあったドアへ。一切の窓が無い内部は何があるかもわからないほど暗闇だった、監視カメラが動くなら電源は生きているのだろうと照明のスイッチを探そうとするも、壁に手を当ててまさぐっているうちに2本セットの蛍光灯群は勝手に点灯した。そこは奥まで一直線に続く廊下で、左右にドアが3つずつ、最奥にもうひとつ。合計7つあるドアのうち5つはとても綺麗な字で隔離区画と書かれ、よく見ると金属部分を溶接されている。それ以外に目立った異常は見当たらず、埃もたまっていない、100年も前に放棄された施設とは思えない清潔さである。
「センサーで作動するのか?それとも誰かいるのか?」
「ポルターガイストって事にしといてよぅ……」
「普通逆じゃね?」
廊下を進んで最奥のドアへ、そこは溶接されていなかった。ドアノブを回して引っ張ると、研究所らしく機材の並ぶ部屋に出た。そのすべてが現在の技術で作られたものではなく、ぱっと名前が浮かぶのはフラスコとビーカー程度。蛍光灯以外に稼動している機械がひとつあり、名前は確かパソコン、遺物として残されたものとは比較にならないほど巨大ではあるがある程度解析され量産されている。これはデスクの上に乗るくらい小さいので遺物の方だろう、その黒い画面を覗き込むと、表示されていたのは文字列2行。
XHBD-2 restart
- complete
「あ…これは見たことある……」
「防衛隊本部にもあるからな。しかしどうやったらこの小ささになるんだ?うちのは部屋ひとつ占領するくらいデカいぞ」
と、観察していると、背後でキイと、ドアの開く音がした。
「真空管を使用していないからです」
咄嗟に振り返ると、そこには白衣の少女が1人。
「現在の技術力では大量の真空管を組み合わせなければ実現しない演算回路を1枚のプロセッサユニットで構成しているのです、それはまだ大きいほう」
感情の見えない表情、色味のない真っ白な長髪はてっぺんが140センチ後半。男性用と思われるダボダボな白衣の下はやはり男性用らしきシャツとジーンズ、それを縛ったり折ったりして無理矢理着込んでいる。胸にはバッジがあり、おそらくこの研究所のものである大樹の形をした識別章
「ようこそ当研究所へ。私は医療支援ユニットXHBD-2、個体識別名称”アリシア”です」
お人形、という雰囲気のその子は、ドアの内側に入ってからぺこりとお辞儀した。
「……ここに住んでる人?」
「いきなり元気になった」
機械以外ならこっちのもんだ、とばかりにスズがまず質問する。ひとまずパソコンの前から離れ、少女の前へと移動。
「住んでいる、とは少し違います。私はこの研究所にある機材のひとつとお考えください」
「機材?あなたは従業員でしょ?」
「いいえ。その質問への解答は以前より検討していたのですが、簡潔に申し上げるならば私はロボットと呼ばれるものです、人間ではありません」
「…………ろぼっと」
「ロボットがわからない、そうですね……」
既に状況を察した蜉蝣が俯いて額に手を当てる。アリシアと名乗った少女は視線を少し外し、スズの背後にあるパソコンを指差した。
「そこにパソコンがありますね?それに手足を付けて自力で移動できるようにしたものが私なのです」
「…………ぱそこん」
「パソコンがわからない、困り果てました」
少女が手をあげた所で蜉蝣が割り込む、オーケーよく聞け、と言いながら少女の隣に回り。
「からくり人形はわかるな?」
「うん」
「それのすごい版がこの子だ」
「…………じゃあ機械?」
「はい、私は内部の機械が動作する事によって活動します、脳も心臓もありません」
「………………え……」
知った途端にこれである。
「フリーズしてしまいました」
「人間の事はよくわからないのか?これは驚いてるんだ」
「驚く、とはどのような状態なのですか?」
「想定していなかった事態に直面して困惑する様子、かな。例えばこんな感じに」
蜉蝣はスズの横に戻り、硬直する彼女の帽子を持ち上げた。アカギツネに準ずる形と色、三角形で赤茶色な狐耳がぴこりと立ち上がる。それを見た途端、少女は両目、正しくは内蔵式カメラのシャッターを見開き。
「そ……それはアタッチメントではないのですか?体の一部?……なんという事でしょう!触ってもよろしいですか?」
「触れ触れ。普段は嫌がるからな、動かないうちに触っとけ」
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