第3話

「……何これ?」


「炒り豆」


主幹からすぐの場所に作られたバリケードは先ほど破壊されたものと違いコンクリートで作られた本格的なものだった。横3メートル、縦6メートルの分厚く白い壁が整然と並べられ、僅かに開けられた隙間から住民が主幹側へ退避している。とはいえ相手はあの怪物だ、隙間のうちいくつかには水冷式機関銃が設置されているが、足止めくらいはできるかな、という程度でしかない。もともと人間の兵隊を食い止めるために作られたものなのだから当然ではあるのだが。


「鬼って言っても色々あってね。人を喰い殺すのとか犬猿雉が苦手なやつとかが有名だけど、普段から人に害を成すものばかりとは限らない、泣いた赤鬼とかあるでしょ?」


言いながら、スズはバリケードに符を1枚貼り付け、反対側に回ってもう1枚。続いて隔離された区画の方向へ豆をぶちまけ、防御体勢を取っていた兵士の1人に大量の符を渡した。バリケード1個の表に1枚ずつと指示し、蜉蝣の元に戻る。


「最初から有害な鬼だったら何の兆候もなくいきなり現れるなんて有り得ない。という事は無害な、もしくは守護的なものが、アレに当てられて変質したんだと思う」


ピシリとバリケードの遥か先、枝の先端を包み込む黒い霧を指差した。事が起きてからもうしばらく経ったが、未だに霧散していないという事はどこかから噴出しているのだろう。


「やっぱ無関係じゃないよなぁ…見に行くか?」


「無理無理、鬼がいるっていうのを抜きにしても無理だよ。あの瘴気は吸うどころか触っただけで骨まで溶かされる、今頃あの枝、溶けはしないけど枯れてるだろうね」


今を生きている人間にとって大樹というのは世界である。遥か太古には海水面がもっと低い位置にあり、現在の海底に文明が築かれていた。しかしいつからか水位は上がった、水が増えたのか陸が減ったのかは定かではないが。それまでの暮らしは奪われ、人は樹の上で暮らさざるを得なくなった。大樹は熱を生み、水を湧かせ、実を育てる、かつての大地と同じ役割を持つものなのだ。そのため、枯れてる、という単語を聞いた瞬間、周囲の兵士を含め蜉蝣は絶句した。


「ひとまず鬼はほっとこう、鬼っていうのは…なんだろう、ザコ敵の最上位みたいなやつでね。戦場における機関銃、料理におけるコシヒカリ、ゲームにおけるレッドアリーマーみたいな。対処してる間にも侵食は進む、とりま襲ってきても追い返せるようにしといたから。豆撒きは間違いなく意味ないけど」


「例えはよくわからんがどうもそうらしいな……どうすりゃいい?」


「あそこに近付くのは無理、でも調査はしないといけない。20年か30年以上前に同じ症状起こした樹って無いかな、それだけ経てば生命力を喰い尽くして瘴気も消えてるはず」


「そうは言っても枯れた樹なんて……いやある、あるぞ、隣の樹だ。枯れたのは100年以上前だが、間際には真っ黒い霧に覆われたって記録にある」


「なら今からそこに行こう、船で1日くらい?」


「いや1時間だ」


「…………は?」


「瑞羽大樹から115km、全速で飛ばせばなんとか……シュターケンを用意しろ!」


樹を出るというのなら行くのは普通は最下層である、そこに港があって大小様々な艦船が繋留されている。しかし大急ぎでバリケードを離れる蜉蝣は上層、防衛隊本部へと向かっていく。そっちに行っても大樹を出る事はできない、できないのだが、そういえばつい最近、本部の向こうの枝先に、ただただ平たいだけの場所が現れたはず。


「おい待って、ちょっと待って。まさかあの例のあの…ヒコーキっていうのを使うつもりじゃ……」


「何か問題でもあるか?」


「大有りだバカ!あんなでかい機械の塊が飛ぶわけないじゃん!」


「それが飛ぶんだよ、いい加減信じてくれ」


「いやアンタね!そんなホイホイ空飛んだら苦労しないのよ!人が空を飛ぼうとした歴史は遥かAD875年……」


「やけに詳しいな!」

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