マジカルねんね!(13)

『貴様を食ってやる!封印ごと食ってやるぞ!』

 巨大なコアラがロンダーに躙り寄る。

「ウッ…ウアッ……!」

 ロンダーは傷口を押さえて後退する。

「父上ぇっ!」

 ここでカウが立ち上がり、両手で囲みを作って光を生み出した。

『むっ!?』

 後ろを振り向くコアラ。

『ファイアーボム!』

 カウの手から光弾が解き放たれた。

『グアアアアアア―ッッッ!』

 一瞬だった。コアラは魔法の直撃を受けて、熱と爆風で木っ端微塵に吹き飛んだ。

「父上!」

 カウは急いで父親の元に駆け寄り、体を支えた。

「おお!カウ、斃したか。」

 ロンダーは深手を負い、意識が朦朧とした状態だ。

「はいっ!斃しました!」

「今のは、おそらく魔軍の放った刺客だろう。我が家の事情を調べ尽くした上での作戦か。」

 虚ろな目で空を見上げる。

「何という事だ。相続の当日に、こんな事になるとは……」

 ロンダーは自分の傷口を拭って、手に付いた血を眺めた。

「カウ、手を出せ。」

「えっ!?」

 驚きを隠せないカウ。目の前のロンダーは、すでに呪文を唱え初めている。

 ――本日二度目の“作業”が始まる。

 やがてロンダーの掌から光の玉が現れた。カウは無表情にそれを見詰めた。そして、ゆっくりと光の玉を握り締めた。その輝きはカウの掌に呑み込まれて消えた。

「カウ、あとは頼んだぞ。」

 息子への遺言。だが、しかし――

 そこには不気味なドス黒い笑みを浮かべるカウ・ヴォールトの顔があった。

「――ッ!?」

 息子の表情に驚く父親。

 気が付くと、肩にコアラを乗せた息子が平然と立っていた。コアラはモグモグと葉っぱを食み、自分の体には擦り傷さえない。地面に尻餅を搗いた姿勢だ。

「幻術、魔法……!?」

 それがロンダーの導き出した答えだった。

『ロンダーちゃまぁぁぁぁぁぁっっっ!』


 遠くから聴こえる女の子の大絶叫に、彼はは顔を上げた。説明するまでもなく、声の主はネネだ。彼女は王宮の方角から無数の騎馬兵や歩兵を引き連れて走って来た。

 集団は現場を取り巻くように鶴翼の陣に広がった。その中央に、あたしとタムとネネの三人、そして女王サディアと重臣らがいた。女王は白い鎧に薙刀一本で白馬に跨がる。

「ロンダー、ケガはありませんね!?」

 真っ先に女王が彼を気遣った。

「間に合ったでち!」

 ネネもそう判断したが、あたしたちが約千人から成る女王近衛隊を引き連れて現場に到着した時――全てが終わっていたのだ。

「いや、間に合ってはいない。」

 カウが全員に聴こえるように言った。

「なんでちと?」

「聴こえなかったのかな、ネネ君?パラミレニア王国の格納魔法は、たった今、私の管理下に入ったのだよ。」

(“私”?)

 ロンダーが驚いているのは息子の一人称だ。カウは自分の事を“僕”と呼んでいたはずだ。

 ――果たして、これはカウなのか――?

 誰もがそんな疑問を持った。

「まさか封印を!?」

 女王が声を荒げた。

「その通り。“神の雫”は私の物だ。いや、“魔王汁”とでも呼ぶべきかな?」

 カウの視線が、一瞬だけ女王や重臣らに向けられた。

 彼らは“魔王汁”という語句に反応した。

「魔王の肉体を封印し、そこから染み出る魔力のエキスを精製し、王国の魔法使いや兵共に水や食事を通じて秘密裡に摂取させる。」

 近衛隊の兵士たちに動揺が拡がった。彼らは知らなかったのだ。

「そして、自分達が他国の軍よりも格段に能力が優れている事の理由付けが、『神の御加護が有るから』か。上手く考えたものだ。感心するよ。しかし、実際には『魔王の御加護が有るから』となる。フッフッフッフッフッ、これは王国の最高機密だったかな?」

「…………」

 女王は肯定も否定せずに沈黙を貫いた。

「それにしても――」と言いつつ、カウは足元のロンダーに目を移す。

「灯台下暗しとは、まさにこの事。正直言って、格納魔法は王家の誰かが持っていると考えていた。それが、よりにもよって自分が潜り込んだ家で代々受け継がれていたとは。」

「貴方は何者ですか?カウではありませんね!」

 女王が少年を問い質した。

「いや、正真正銘カウ・ヴォールトだ。ただし、こういう肩書も持っている。」

 カウの体の周囲に渦巻きが発生したかと思うと、そこにマント姿の青年が現れた。その頭には二本の角が生えていた。

「魔物――いんにゃ、魔人でち。」

 ネネの鋭い観察眼が敵の正体を見極める。

「それも、かなり高位な。」

 あたしは剣を抜きながら、彼女の言葉に補足を加えた。

「ほらなっ、言っただろ、ネネっ!あんなのロクでもない奴なんだよ!オレは最初から分かってたもんなぁ!」

 タムも、ここぞとばかりに張り切った。両腰の短剣を引き抜いて戦闘体勢に入る。

「…………」

 殺気立つ現場で、ただ一人、ロンダーだけが言葉を失っていた。十七年間育てて来た我が子が一瞬にして自分の元から離れてしまったのだから。それも最悪の形で。

 楽しかった事、悲しかった事、苦しかった事―数々の思い出が脳裏を過る。

「おやおや、覚えていらっしゃらない御様子で。父上が二十年前、魔戦争で斃したではありませんか?」

 そうやってカウがロンダーを茶化す。

「魔将軍センチュリー……」

 ロンダーは震える声で呟いた。

「魔将軍!?」

 女王もその人物を知っていた。

(二十年前、魔戦争で敵軍の大将を務めた魔人。)

 女王だけでなく、周囲の兵士たちもザワザワと騒ぎ始めた。

「まさか貴方が一連の魔物騒動を?」

「全ては魔王復活の為。」

 それをあっさりと認める魔将軍。

「この国の魔力を枯渇させれば、格納魔法から大量の魔力が抽出されるようになり、封印の場所を突き止める事ができると考えていた。」

 全ては彼の手の上で起きた出来事だった。

「ネネ君――」

 魔将軍は彼女に目を移す。

「君の珍妙な行動は、私に多くのヒントを与えてくれた。感謝しているよ。」

「…………」

 ネネは無反応だ。

「父上――」

 次はロンダーに目を移す。

「母上が私の妊娠を知った時、このコアラが一緒にベットで寝ていた、ですと?ハッハッハッハッ、当然です。コアラは母上が子を宿した事を嗅ぎ付けて、この魔将軍センチュリーの核を送り込み、胎児と融合させたのですから。」

「……ッッッ!」

 この時、ロンダーの心を支えていたものが脆くも崩れ去った。

「父上、そう心配なさらずに。私は確かに父上と母上の血を受け継いでおります。約半分ほどですが。」

 魔将軍には、絶望するロンダーの姿が面白くて堪らなかった。反面、人間としての血が悲しみと虚しさを呼び起こすのも感じていた。


 ――二十年前、百年続いた魔物との戦争が終わった。魔将軍センチュリーの本陣に対してトドメの超強力魔法を撃ち込んだのは、当時の格納魔法管理人であるゼッターとその息子のロンダーだった。彼らは死屍累々と横たわる人間と魔物の亡骸を見渡した。


『朽ち果てるか。』

 赤い目をしたコアラが言った。

『砂塵と消えるか。』

 畳み掛けられる問いに、魔将軍は無言で首を横に振る。

『――解った。我はこれより汝を食らい、核に戻す。だが、命は永らえても、汝は魔の誇りを失う事になるぞ。己に人の血を混ぜるのだからな。それでも構わぬか?頷け。唯一度、頷けば契りは結ばれる。』

 魔将軍は一度頷いて、コアラに問い返す。

「貴方…は……?」

『我が名は魔王ミレニアム。我は暗き地の底より此の声を伝える。我が肉体を開封せよ。我を檻の中より解き放て。』

 コアラの前足が魔将軍に触れた。すると、魔将軍の全身が光り始めた。

 大粒の雨が降り頻る中、コアラは泥濘んだ地面の上で、魔将軍の肉体に食らい付いた。


 回想を終えた魔将軍センチュリーは、ゆっくりと目を開いた。すると、彼の掌から強烈な光が漏れ出した。

「封印を解くつもりでち!」

 ネネが前に出る。

「行くわよ!」

 あたしとタムも、彼女に釣られて前に出る。

「攻撃しなさい!」

 女王も薙刀を突き出して近衛隊に命ずる。


(本当に長かった……)


 魔将軍は遠くの景色を眺めた。彼には、迫る近衛隊の動きがスローモーションに見えた。

 足元ではロンダーが引き攣った顔で自分を見上げている。

(どれだけ、この瞬間を待った事か。)

 魔将軍の心が歓喜の叫びで満たされた。

 格納魔法の光は強まり、それが彼の顔を強く照らした。肩のコアラは、その光を受けながらもムシャムシャと葉っぱを食べ続けた。

『我らを混沌の淵へと誘う地獄の門よ――』

 呪文と共に光が膨張していく。

「いッ、いかん!」

 我に返ったロンダーが近衛隊の方を振り向いた。

「皆、来るな!魔力にやられるぞ!」

 あたしたちは反射的に踏み止まった。女王や重臣、兵士たちも同じだった。

『今こそ、開かれよ!』

 遂に最後の呪文が発せられた。

 次の瞬間、掌から光が噴き出した。魔将軍自身が反動で押し返されるほどの圧力だ。


 ドバンッッッ!


 そのにいる全員が、魔将軍の手から産み落とされた大きな光の塊に目を奪われた。

 それはゾウほどの大きさがあり、重たい音を響かせて地面に落下した。

「魔王が!」

 恐れ戦く女王。千年もの間、先祖代々守られて来た封印が、まさか自分の代で解かれることになろうとは――

「フッフッフッフッ、ハッハッハッハッハッハッ!」

 光に照らされ、狂ったように嗤う魔将軍。

「ウッ!」

 光の奔流に抵抗しようと、自分の腕を盾にするロンダー。

「ねんねの後ろに隠れるでち!」

 ネネは杖の宝玉を翳して、あたしとタムの前に立った。光は彼女の寸前で左右に分かれて離散した。

「何なのよ、これ!?」

「だからぁ~、 魔王汁 全開だろぉ!?」

 タムが答えた。あれが魔王だとでも言うのか。


 ――王都の郊外に光の竜巻が噴き上がり、一瞬の内に暗雲が立ち込めた。


 同時刻、ゼッターは自室の窓から光の柱を見上げていた。側には医師や侍女がいる。

「何という事だ。遂に魔王の封印が解かれてしまった。だが、あの子がいれば、もしかしたら……」

 こんな時になって、自分が親から聞かされた伝説が脳裏をよぎる。

(千年前、魔王封印の助っ人として二人のドラゴン猟師が招かれた。二人は姉弟だった。仕事が終わった後、姉は故郷に戻り、弟は格納魔法を管理する為に居残って王国建設に尽力した。我がヴォールト家はその末裔と聞くが、確証はない。

 ――ドラゴン猟師の姉が血をつないで、千年後に魔王を斃しにやって来た――これは都合の良すぎる解釈かな。)

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