マジカルねんね!(11)
午後一時過ぎ、女王サディアが執務室で書類に目を通していると、一人の家来が息を切らせて飛び込んで来た。
「申し上げます!只今、王都へ向かって魔物共の大群が進軍中!数は一万から二万!その構成は大中小の魔物が入り乱れております!」
「魔軍!?」
彼女は机に書類を置いた。
「今すぐ重臣に招集を掛けて下さい!」
魔物襲撃事件なら慣れたものだが、一万から二万というのは尋常な数ではない。
王宮の廊下を女王とロンダーが早歩きで進んだ。
「ロンダー、神の雫ですが……」
女王は小声で耳打ちした。辺りを気にしている様子だった。
「在庫は僅かしかない。敵軍が二万となると、とても賄い切れん。」
「では、すぐに大量抽出を行って下さい。できれば通常の十倍。」
「十倍!?」
大声を上げて立ち止まるロンダー。慌てて周囲を見回し、傍聴者が居ないのを確認する。
「不可能だ。御父上は病床の身――とても、そんな量は。」
「方法なら、有ります。」
「――ッ!?まさか!」
女王の計画を察してロンダーは息を呑んだ。
「ん?あれっ?」
そして、息を呑んだまま足元の物体に目を奪われた。分解されたランプのガラス部分である。それが等間隔で回廊に並んでいた。
見上げると、ランプの接続部が根本から引き抜かれていた。
王都の街路を歩いていたところ、あたしたちの前を数人の役人が通り過ぎた。とても慌ただしい雰囲気だった。
「んー?なんか騒いでるでちよ。」
「本当ねぇ。どうしたのかしら?」
「また昏睡強盗事件でも起きたんじゃないのかぁ?」
「――っ!?」
タムの一言に、ネネがビクッと肩を竦ませた。まあ、それはさておき――
「数は!?」
「一万体以上!王都の西の丘陵地帯に迫ってるそうだ!」
「王国軍の動きは!?」
「それは心配ない!すでに出動命令が下っている!」
役人たちは、そんな会話をしていた。あたしは彼らに走り寄って若い役人に声を掛けた。
「ちょっといいかしら?さっきから王都が騒がしいようだけど。」
「魔軍が出たんだよ!あんたらも避難するなら東の方角にした方がいい!」
言うと、彼は仲間と共に行ってしまう。
「魔軍?」
また昨日のような集団が襲って来るというのか。彼らの情報が正しければ、一万体以上も。
「つまり、ドラゴンの餌がたくさんやって来たでちね。」
「そ、そうなんだ……」
ネネの言う事はアホだが、嘘ではないので何とも言えない。
「西の丘陵地帯でちか?だったら、ねんねたちも偵察に行くでち。」
「ええっ!?それ、危ないでしょ!相手は一万体以上よ!」
「いざとなったらピーチちゃんを召喚するでち。」
この小娘、本気だ。一万体以上の魔物を相手にする気か。有り得る話だが。
あたしたち三人は王都の郊外にある丘の上に陣取った。眼下を灰色の群れが移動していた。魔物の進軍スピードは遅く、じっくりと足を進めている印象だった。
「ずいぶんスピードが遅いでちね。走れば三十分で王宮に着くのに、おサボりしてるでち。」
「あっ、ちょっと待って。先頭の奴が止まったわ。」
「本当だ。何やってんだぁ?」
後続の者が次々と歩みを止めた。魔物はその場に立ち止まって好き好きに吼えたり、横の者を突々いたりしている。
これが魔将軍センチュリーの作戦であるなど、あたしたちは知る由もなかった。誰もが王都侵攻の準備行動であると判断した。
王宮の廊下をロンダーとカウが並んで歩いていた。先ほど女王と一緒に通った場所を逆に辿る形だ。
「何でしょうか、父上?お呼び出しして。」
「大事な話だ。」
ロンダーは立ち止まる。
「お前に見せたい物がある。どうしても見てもらわねばならない。」
「父上?」
「実はな――」
父親は息子に何かを伝えた。彼に十七年間隠していた、ある事実を。
「――ッ!?」
カウは目を丸くした。良いリアクションが思いつかない、といった表情だ。
「それでは、遅れるなよ、カウ。」
話が済むと、ロンダーは先に行ってしまう。
この時、父親の背中を見詰めるカウの口元が少しだけ歪んだことを、ロンダー・ヴォールトは知らなかった。
そこはゼッターの部屋。いよいよ“作業”が始まる。
「本当に済まない。お前に、こんな重責を押し付けてしまって。」
ベットに横たわったままゼッターは言った。視線の先にいるのはロンダー一人だ。
「御父上……」
「もう時間が無いのだろ?」
「はい。」
ロンダーは静かに頷いた。
「では、始めるとするか。」
ゼッターは何かの呪文を唱えて右手を上げた。すると、掌から光の玉が現れた。
この時、部屋の出入り口に動きがあった。
魔法の淡い光に誰かの顔が照らし出され、その瞳が怪しく輝いた。
ロンダーは振り返って「うんうん。」と頷いた。
そこにカウがいた。視線を横にやると、なんと息子の左肩にはコアラの姿が――
ロンダーはそれを気にも止めず、“作業”に戻った。
カウは無表情に、父親が光の玉を握り締める様を眺めた。
作業 が終了した後――
「ロンダー……」
ベットの上で息を荒げ、ゼッターは恐怖に引き攣った顔で我が息子を呼んだ。
尋常ではない様子だった。
「何処へ行った?ロンダー……」
何度も何度も呼ぶが、部屋にはゼッターしかいない。“作業”の時、彼は何かの気配を感じていた。
午後二時半、あたしとタムとネネの三人が見守る中、魔軍は突如として離散した。
「反転してるわ。」
王都とは反対方向へ、クモの子を散らすように走り去る。あっと言う間の出来事だった。
「なんだったでちか?」
「恐れをなして逃げてるんだろぉ?」
タムは言うが、どうも納得が行かない。そんな事で、せっかく集まった大群が引き返すだろうか。
大きな疑問が残った。何か拭い去れない嫌な予感も。
王宮の会議室にも魔軍撤退の知らせがもたらされた。
そこには女王サディアと重臣らが集っていた。ロンダーは“仕事”で席を外している。
「申し上げます。」と跪く家来。とても冷静な口調だ。つい先ほどの興奮気味な報告とは明らかに種類が違う。
「物見の報告によりますと、只今、西の丘陵地帯に陣取っていた魔軍が撤退したとの事で御座います。」
途端に議場がザワ付いた。重臣らは互いの顔を見合わせる。
「撤退、ですか。」
女王も素直に喜ぶ気にはなれなかった。
「念の為、王国軍を西の丘陵地帯に駐屯させておいて下さい。」
「ははあ!」
家来は頭を下げて会議室を出て行った。
王都へ戻る道すがら、あたしたちは隊列を成して進む王国軍とすれ違うことになる。
「今頃来ても遅いでちよ。」
ネネは彼らを横目で見ながら言った。
その数分後、王都を見渡せる高台に到着した。初めて王都に来た時、立った場所だ。
「フゥ~、やっと着いたわ。」
「ダイエットには最高だなぁ、姉ちゃん!」
キッッッ!
恒例の、殺意の籠もった視線で弟を睨む催し物だ。
「……ッ!」
そして、やっぱりビビるタム。
「あれ?なんか変でちね。」
あたしとタムが仲良く(?)ジャレていると、ネネが辺りの臭いをクンクンと嗅ぎ始めた。彼女の鼻先は王都の方角を向いている。
「どうしたの、ネネちゃん?」
「臭いが消えたでち。」
ネネは王都を見渡して、そう呟いた。
それと同時刻――
「部屋の中に何かが居った……何かが……」
ゼッターは気力を振り絞って自分のベットから降りた。
この時、あたしの嫌な予感は的中していた。誰も知らないところで、事態は悪い方向へと進んでいたのだ。
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