マジカルねんね!(10)
翌朝、あたしたちは王宮の門のところでカウと待ち合わせをした。
「やあっ、ゴメンゴメン!」
そのカウが手を振りながら走って来た。
「遅いでちよ。」
「そうだそうだ。ネネに迷惑かけるなよ~!」
タムよ、もう諦めろ。
「今日は、どこに行くの?」
「うんうん。とりあえず昨日の事件現場を見に行こうか。」
ということで、あたしたちは王宮を出発した。
その様子を王宮の塔から見下ろす者がいた。女王サディアとロンダーである。
「パックス姉弟の方は?」
「昨日の内に早馬を飛ばし、セビン殿に確認を求めた。こちらは問題ない。」
ロンダーは女王と二人きりになると敬語を使わないのだ。その理由は、ひ・み・つ!
「セビン殿の家来にパックスという名の者がいて、その娘と息子だそうだ。」
「問題なのは魔法少女の方ですか。」
「ネネ・ザ・ドラゴンズヴェースン……」
ロンダーは読み上げるように呟いた。
「“ザ”とありますね。」
「うむ、“ザ”とある。“○○の”という意味だな。言語によって発音が異なるが、他にも“デ”や“ダ”、“ド”というパターンがある。」
「最低でも地主か、あるいは王侯貴族でしょうか?」
「んー、分からない。世の中、騙り者は山ほどいるが、あれだけの実力者となると無下にはできないだろ。」
「ええ。ドラゴン召喚までやって退けるのですから。」
「現に我が国では一人もいない。そもそもドラゴンを飼い慣らしている者さえいない。」
「精々、魔物の駆逐に利用させて頂きましょう。」と、したたかに笑う女王。
「うん、そうしよう。」
女王に習ってロンダーも笑みを浮かべた。
事件現場では、作業員が瓦礫を撤去しているところだった。
「昨日現れた魔物は大中小合わせて約五百頭。逃げ去った方角に一貫性は無く、王都の各所で逃走が確認されている、って報告書に書いてある。」
カウは分厚い書類を捲って読み上げた。
「どこで手に入れたの?」
とても良い紙質で、綺麗な字で清書されている印象だった。
「フッフッフッフッ、父上の机から拝借して来たんだ。」
なるほど。
「くッ!」
カウの大手柄を見せつけられてタムの表情が歪んだ。そんなタムの後ろを、ネネが一人でテクテク歩いていく。
彼女は瓦礫を乗り越えて、その向こう側に降り立った。そこは巨大なカメが召喚されて落ちて来た場所だった。
「ネネちゃん?」
あたしが呼ぶと、彼女は四つん這いになって地面の臭いをクンクンと嗅ぎ始めた。スカートの下の提灯ブルマが丸出しだが、そんな事は気にしない。
と、彼女の後ろを瓦礫を満載した手押し車が通りかかった。
「邪魔なんだよ、どけ!」
重労働の気晴らしとばかりに、作業員はネネの尻に蹴りを入れた。
「うっ!」
ペタンッと前に突っ伏すネネ。
「どけとは何だ、ボケぇぇぇっ!」
すぐにタムが飛んで来て、作業員のド頭に飛び蹴りを喰らわせた。
作業員は「ギャッ!」と悲鳴を上げて吹き飛んだ。
「ネネっ、大丈夫かぁ!?」
タムが駆け寄ると、彼女は顔を上げた。
「――っ!」
その目が“虚”を見詰めた。鼻先や頬は泥で汚れたままだ。決して作業員の行いに腹を立てたのではない。彼女は、この場所の“におい”に反応していた。
ここでタムが振り返って「ヘッ!」と親指を立てた。どうやらカウに対して自分の手柄をアピールしているらしい。
「?」
アピールされた本人は意味が分からず首を傾げた。
「昨日の晩なんだけど、あたし王宮で変な影を見たのよ。」
「“影”だって?」
「大きなクマみたいで、変な鳴き声してたわ。」
「ク、クマか。」
なぜか一瞬だけ困惑した顔を見せるカウ。
「うんうん。僕の予想だと、それは昨日王都を荒らした魔物の残党が王宮に入り込んだんだな。」
『王宮の外に出たら、急に“におい”が弱まったでち。』
唐突に、あたしとカウの間にネネが割って入った。
「うわっ!?」
驚いて身を引くカウ。あたしは冷静にやり過ごす。ネネの変な行動は毎度の事だし。
遠くのタムは、急にネネがいなくなって慌てている。
「ゴミ溜めの外に出て、ひさしぶりに美味しい空気をいっぱい吸った感じでちね。」
ネネは「スゥ~ハァ~!」と深呼吸をして見せた。
あたしには最初から“におい”など感じない。魔法使いは、そういったものに敏感なのだろう。
「そうか。王宮の中は魔力が濃いのかな?」
カウの視線が、その王宮に向けられた。
「どういう事かしら?」
「うんうん。この国は千年前に魔王を封印したという伝説があるんだ。」
話が核心部分に触れたところで、タムが息を切らせて走って来た。
「ネネ、ヒドいじゃないか。オレを置いて行くなんて!」
もちろん後ろから勝手に腕を組む。
「その話、もっと良く聞かせるでち。」
タムを無視して、ネネはカウの目を真っすぐに見た。
食堂での昼食のついでに、あたしたちはカウ・ヴォールトの話を聞くことになった。
「これは、あくまで噂だよ。」
テーブルの角を挟んで右隣りに座るあたしに念を押す。席の配置は昨日の晩と同じだ。
「この国は、魔王の格納魔法から漏れ出す魔力を利用して栄えてるらしいんだ。」
「“格納魔法”でちか?」
「ネネ君は知ってるのかい?」
「ポケット魔法のことでちね。それなら、ねんねも使えるでち。」
「ええ~っ!?」
カウは、これまでになく驚いた。
『マジカルぽっけ、ぽけっと開けて!』
ネネが呪文を唱えると、左の掌が光って金貨が三枚ボトボトと零れた。
「そこに蔵ってたのね」
あたしは思わず溜息を漏らす。
「ネネっ、すごいや!あと何枚くらい入ってるんだぁ!?」
逆にタムは喜びいっぱいの表情だ。
「昨日ドラゴンの肉売ったお金を合わせれば、金貨二千枚くらいは入ってるでちよ。」
『――ッ!?』
ネネ以外の三人が一瞬にして固まった。
なんだか彼女だけが違う世界で生きているような気がした。
思考停止の三人を余所に、ネネは一人で話を進めた。
「封印の話がホントなら、魔物たちは魔力に群がってるでちね。なにかの理由でポケット魔法の力がゆるんで魔力がダダ漏れしてるでち。」
「あっ!僕、もう王宮に戻らなきゃ。父上に叱られちゃうよ。」
我に返ったカウが、テーブルの上に金貨を一枚置いて席を立った。
「今日は僕がおごるから。お釣りは調査の足しに使ってよ。」
「ちょっとー!王都を案内してくれるんじゃなかったの?」
あたしは不満を打付けるが、彼は食堂を出て行ってしまった。
そんな時、ネネは魔物襲撃事件について考えを巡らせていた。
(それで王宮の中が臭かったでちね。ということは、ポケット魔法は王宮の中にあるでち。それから……)
と、ここで真剣な眼差しになる。彼女が初めて見せる険しい表情だった。
(あの大っきいカメが落ちたところ、王宮の中と同じ臭いがしたでち。)
そこは魔将軍の館。外の景色は、まだ明るい。館の主は玉座に腰掛けていた。
彼は自分の肩に乗るコアラ(食事中)を見て、ある事を思い出した。
(此奴と初めて会ったのは二十年前か。魔戦争が終わった、あの日――)
それは二十年前の出来事だった。
雨の戦場で、人間と魔物の亡骸がゴロゴロと横たわる。その中に埋もれるようにして、魔将軍センチュリーと呼ばれた魔人も仰向けに倒れていた。彼は右腕の肘から先と腰から下を失っている。
そこへ、人間の亡骸を乗り越えてコアラが現れた。魔将軍の傍らに腰を下ろすと、どこから持って来たのか、細長い木の葉をムシャムシャと食む。
「ウッ!?」
魔将軍は首だけを動かしてコアラの方を見た。それが何であるのか、彼はまだ知らない。
『ホゲッ、ホゲェェェッ!』
突然、コアラの両目が赤く光って全身の痙攣が始まった。可愛いコアラちゃんの愛くるしいお目々は怪物のように吊り上がった三白眼になった。コアラが口を開けると、息と一緒に靄の架かった妖気が漏れ出した。
『このまま滅ぶか、魔将軍よ。滅びを望むか。』
そして、低く籠もった声が雨音に紛れた。
――場面は再び魔将軍の館に戻る。魔将軍は物音に気付いて我に返った。
「申し訳ございません。」
目の前に跪いた魔人が開口一番に謝った。その他にも数十人の配下が勢揃いしていた。
「先日の王都襲撃の件ですが……」
「もう良い。掻き回すという目的は達成できたのだからな。」
その皮肉っぽい発言に魔人は押し黙った。
「王国の彼方此方から魔物を掻き集め、特に王都周辺に戦力を結集するのだ。掻き回せば掻き回すほど王国では魔力が枯渇する。そうなれば魔力の需要は高まり、封印の場所が明るみになる筈……」
魔将軍はイヤラしい笑みを浮かべて、そう言った。
(魔王の封印が緩みつつある!もうすぐ魔王は復活する!もうすぐだ!)
この時、魔将軍の肩でコアラがプルプルと震え始めた。
「あっ、魔将軍様!」
それに気が付いたのは、報告をしていた魔人だった。
「んっ?」
魔将軍は見た。自分の肩に糞尿を垂れるコアラの姿を――
「どぅわぁぁぁっ!またか!また糞を垂れたか!」
魔将軍はコアラの首根っこを掴んで大きく振り被った。
「コノっ、コノっ、コノっ、コノっ!」
バスケットボールのように、何度も何度も床に叩き付けてバウンドさせる。
「通信機の分際で、通信機の分際でぇっ!」
斜めに投げ付けられたコアラは部屋中をピンボールのように跳ね回り、最後に魔将軍の顔面にヒットして止まった。
「グアッ!」
仰向けに倒れる魔将軍。
顔の上に乗ったままのコアラ。
ブリブリブリブリィ~!
そして、爆弾は投下された。
『うわぁぁぁっ!』
魔人たちの悲鳴が上がった。しばらく放心した後、彼らは『ご愁傷様でした……』と我が主君に祈りを捧げた。
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