マジカルねんね!(9)

 そろそろ王宮での調査に(ネネが)飽き始めた頃、あたしたち四人は回廊を歩いていた。

 もうすぐ夕飯の時間である。今夜は王宮に泊めてくれるという話だったので、カウに部屋まで案内してもらっているところだ。

 回廊の角を曲がって、あたしは立ち止まった。後ろから来た三人も、正面の光景に驚いて足を止めた。

 そこに女王サディアがいた。十人近い従者を引き連れて。

 ちなみに、ロンダーの姿はない。

「お話が御座います。」

 彼女の視線が、これまでになく鋭かった。

「な、なんでしょうか?」

 何となく理由は分かっていた。あたしは剣を鞘ごと抜いて右手に持ち変える。

 女王は言った。

「確かに、ここは王都の一部です。私は王都における調査の要請を行ったのですから、それには反しません。」

 こちらの理論武装を想定し、前以てクギを刺したようだ。

「なぜ私がここまで足を運んだのか、賢明な貴女ならお分かりでしょう。」

 こちらを小馬鹿にした発言である。あたしは「グッ!」と奥歯を噛み締めた。

「各方面から苦情が殺到しております。」

 王宮のあちこちを(特にネネが率先して)荒らし回るので、堪り兼ねた女王が自ら文句を言いに来たのだろう。

「調査は大変結構ですが、限度という物があるでしょう?」

「は、はい。」

 力無く項垂れるあたし。そんな感じで人が頑張っている時に当のネネは後ろの方で鼻を穿り、壁に掛かるランプの金飾りを見上げていた。

(あのランプの部品、根本は純金でちね。明日、王宮出る時にもらっていくでち。)

 女王の話など全く聞いていない。

 その隣でカウは怯えた様子も見せず、普通に立っていた。視線は正面の女王を捉えている。

「これで最後です。次はありません。もし貴女達がこれ以上ここを荒らし回り、実害でも発生すれば、この王宮からお引き取り願う事も。」

 女王の声が響く中、あたしとタムの間を割ってネネが前に歩み出た。

 彼女は杖の宝玉を女王の鼻先に突き付けて一言――

「におうでち。」

「――ッ!?無礼な!」

 顔を引き攣らせる女王。

「この王宮の中は、におうでち。」

「……ッッッ!」

 女王は息を呑み、そして目を剥いた。見るからに変な反応だった。

「何かが腐ったような。そう、そうでち。夏場の戦が終わって三日後の戦場みたいな臭いがプンプンでち。そこに魔力がほどよくブレンドされて、魔物にとってはなんとも言えず芳ばしい香でち。」

「…………」

 女王のコメカミを下る冷汗が一滴。

「フンッ!」

 彼女は捨て台詞にもならない吐息を残し、あたしたちの脇を通り過ぎた。その後ろに従者たちがゾロゾロと続いた。

 そんな中、カウ・ヴォールトが女王の後ろ姿を冷静な面持ちで見据えているのが印象的だった。



 午後六時頃、あたし、タム、ネネ、カウの四人は王宮の一室で夕食を取った。部屋は庭園に面した構造だ。

 食事を運んで来た侍女や侍従たちが部屋から出て行ったのを見計らい、あたしはある事を指摘した。

「ネネちゃん、帽子取ったら?」

 彼女が、ずっと帽子を被っているからだ。マントさえも脱がない。あたしやタムは鎧や武器などの装備を外しているというのに。

「ねんねはえらい子ちゃんだから、食べる時も帽子を取らなくていいでち。」

 また、それかい。

「それより、明日はどうするんだぁ?王宮の中を調査したら、また叱られるだろ。」

 タムの表情が冴えないのは、テーブルの角を挟んでネネの右隣にカウがいるからだ。弟は彼女の左隣で、あたしは真正面にいる。

「うんうん。それじゃあ、明日は王都の方を散策してみよう。僕が案内するから。」

 その大嫌いなカウがタムの質問に答えた。

「そうよね。ちょっと今日は突っ込みすぎたわ。特にネネちゃんが。」

 もし王都を追い出されたら、セビンや父に何て説明すればいいのだ。

「突っ込みすぎでいいんでちよ。」

 ネネがそんな事を言った。企みの表情でナプキンを口に宛てがい、唇の端から飛び出したトマトソースを拭き取る。

「女王ちゃまは、なにかをねんねに隠してるでち。」

「何を?」

 あたしは気付かなかったが。

「分かんないでちか?王宮のえらい子ちゃんたちは、みんな自分の部屋にエッチな本を隠したお年頃の男の子みたいな反応だったでち。ママちゃまに予告なしの家宅捜索されてビクビク震えてたでち。」

「なるほど。そういえばそうね。」

「こうなったら、女王ちゃまの背中のホクロの数までしらべるでち。」

「でも、妨害を受けないかしら?」

「だいじょうぶでち。」

 あたしとは対称的にネネは余裕の表情だ。

「ねんねたちはマッチョ領主に雇われてるでち。そっちに気をつかってヒドい仕打ちはできないでち。」

「気をつかうって言っても、サディア様が命令したらクラット様は逆らえないわよ?」

「それは名目上のことでち。パラミレニア王国とか名乗っても所詮は地方豪族の寄せ集め連合政権――女王ちゃまと言えども実は地方豪族の一人に過ぎないでち。しかも女王ちゃまの直轄領は王都と、その周辺の連絡路だけでち。王都の人口は推定十万人、一人あたりの平均年収は百二十G、ほとんどが商業益でち。対するクラットの人口は城下町と周辺の穀倉地帯を含めて推定三万人、一人あたりの平均年収は五十Gしかないでちけど、ほとんど穀物や家財道具の生産益でち。」

「周りの領主たちが離反したら、王都は窒息するってこと?」

「短期的には女王ちゃまが強いでちけど、長期戦になればマッチョ領主も善戦するでち。女王ちゃまも、飼い犬に腕を一本噛みちぎられるくらいの覚悟はしておくべきでち。」

 いつの間にクラットや王都の勢力調査を行ったのだろうか。各地の人口や収入は機密事項である。まさかネネはスパイ活動でもしているのか。いや、他国の工作員が人前でスパイ活動の成果をペラペラと話すはずはない。

「それに――」

 そこまで言って、嗤い顔だったネネが真顔になる。

「女王ちゃまもヘタにねんねたちに手を出して、王宮の中でドラゴンに暴れられたら困るでち。」

 彼女はチラッと庭の景色に目を這わせた。

「次は魔物の血が混じった魔竜を召喚する予定でち。ピーチちゃんは口から火を吐くでち。この王宮くらいなら、百も数えれば瓦礫の山でち。」

 この時、ネネは庭に隠れる密偵に脅しをかけていたのだが、凡人のあたしには分からなかった。

 庭木の陰にいた侍女姿の女性は、ネネの発言に恐れを為して立ち去った。



 時刻は午後八時頃、タムは一人きりで寝室にいた。

「ハァ~、いい風呂だった!」

 弟はベットの上に座って、タオルで頭を拭いている。

「ネネの部屋、隣の隣だっけ?何でワザワザ姉ちゃんが間に挟まってるんだぁ?」

 それは君の“悪さ”を心配したからさ。

「あっ、そうだ!姉ちゃんに部屋替えてもらえるように頼んでみよう!」

 そう言って、タムはルンルン気分で寝室を後にした。


「ちょうど風呂入ってる頃だな。」

 王宮の廊下を早歩きで進むタム。入り口に暖簾の掛かった部屋を見つけると、弟は何のためらいもなくそれを捲った。

「姉ちゃん、ちょっと話があるんだけど!」

 そこは更衣室。棚の群れに踏み込んで、タムは奥の方を覗いた。

 女性の足が見えた。

「――ッ!」

 瞬間、弟は目を見張る。そこに少女が立っていたからだ。あたしではない。セミロングの金髪がフンワリと拡がって、毛先が外側に跳ねた髪形をしている。もちろん全裸。濡れた体をタオルで拭き終わって、カゴに手を伸ばしたところだった。

 タムは少女と目を合わせた。男の性として少女のプロポーションを観察してしまう。

 太り過ぎでもなく、痩せ過ぎでもなく、適度な肉厚を持ったプロポーションで、胸の大きさは同年代(※タムよりも少し年下)の平均値を上回る。

 タムは硬直した。(※意味深。)

「あっ、いやっ、オレは、ゴ、ゴメンなさぁーい!」

 弟は顔を真っ赤にして更衣室から逃げ出す。

 一人残された少女は悲鳴も上げず、顔も赤らめず、堂々とその場に立っていた。納得のいかない様子で「チッ!」と舌打ちまで披露する。

 その体には、ところどころに傷痕があった。擦り傷だったり、切り傷が治った痕跡だったり、まるで歴戦をくぐり抜けた戦士のようであった。

 この少女の正体については、まあ、すでにお気付きであろうが……。



 深夜、あたしはベットで熟睡していた。

「ハッッッ!」

 しかし、すぐに何かの気配を感じて飛び起きた。格好はパジャマの上下だ。

『ホゲ~、ホゲ~!』

 庭の方から聴こえて来たのは、何とも奇妙な鳴き声だった。

 何、この声!? 

 慌ててベット脇の剣に手を伸ばす。月明かりがカーテンを照らし、巨大なクマのシルエットが投影された。

 恐怖のあまり、あたしは目を剥いて剣の柄をカタカタと震わせた。

 同時刻、タムの部屋。怪しい影も何のその。タムは眠り続ける。

 同時刻、ネネの部屋。彼女も就寝中だ。パジャマ上下に耳袋と垂れの付いた三角帽を被って眠り続ける。

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