マジカルねんね!(8)
王都での魔物退治の功績により、あたしたちは予定よりも一日早く女王との謁見を許されることになった。
「セビン殿の家来か。」
謁見の間で、細身の中年男性がセビンの紹介状に目を通した。一段高くなった舞台の上に立っている。
読み終わると、彼はあたしたち姉弟に目を移した。
「プルニコ・パックス。」
「はい。」
あたしは跪いたまま頭を下げた。
「プーニィちゃまでち。」
その後ろで、ネネが突っ立ったまま要らぬ補足をしてくれる。腕組みをしたポーズだ。
「プ、プーニィ?」
困った顔で復唱する中年男性。
あたしは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にした。
「そちらがタムル・パックスかな?」
確認作業が続く。タムはあたしの斜め後ろで跪いていた。いつもは目上の人に無礼な小僧だが、さすがに王宮では降参したらしい。
「タムちんでち。」
同じくネネが補足する。
「そうそう!オレ、タムちん!」
弟は片手を挙げてアピールしやがった。
「はー……」
中年男性は呆れた様子だ。
あたしの顔は限界まで赤みを増した。
「うむうむ、姉弟か。そして――」
今度はネネの順番だ。
絶対に何か一騒動起こすと思う。
「そちらの子は?」
「臨時雇いでちから名前は書いてないでち。まったく、このねんねに日当金貨二枚で魔物退治をさせるなんて、マッチョ領主もいい根性してるでちね。」
「 ねんね ?」
「ネネ・ザ・ドラゴンズヴェースンです。」
説明は、あたしが行った。ネネに物事を処理させない方が良いという判断からである。
「ほうほう、良く分かりました。」
中年男性は紹介状を軽く折り畳む。
「私は魔法教官長のロンダー・ヴォールトと言います。そして、こちらに御座すは、パラミレニア王国の女王を務める――」と顔を横に向ける。
「サディア・ミレです。」
玉座に腰掛ける若い女性が、そのように名乗った。彼女はロンダーと共に地下室で何かの作業をしていた人物だ。(※あたしは知らないけど。)
女王サディアは白いドレスに白いローブを羽織った格好だ。髪は長くて黒くて艶やかな直毛で、円筒形の白い帽子を被っていた。
「どうぞ、紹介状です。」
ロンダーは女王に紹介状を手渡した。
「貴方達の働きは家臣より聞いております。」
紹介状に目を通すと、女王はネネを探した。
「特に、そちらの、エ~、あ~……」
「ねんねでち!物忘れのひどい歳には見えないでちけどね?」
「……ッ!」
あからさまにムッとする女王。
「ネネ・ザ・ドラゴンズヴェースンです。」
あたしは先ほどと全く同じ口調で説明した。
「そちらの魔法少女は敵の親玉を極大魔法で斥けたそうですね?」
女王のプライドか、ネネの名前を言わないで“魔法少女”という肩書を使う。
そのネネからは皮肉タップリの言葉が返って来た。
「王国軍がしっかりしてれば、ワザワザねんねが出ていくことはなかったでちけどね。役立たずの尻拭いは疲れるでち。」
女王がコメカミを痙攣させるのが分かった。顔は笑顔のままだ。彼女は隣のロンダーに目配せをする。
「エ~……」
そのロンダーが、一度「ゴホン」と息を整えた。
「ネネ殿、女王の御前ですぞ。帽子をお取りになり、パックス姉弟のように正しい姿勢で謁見するのが礼儀というものです。」
ネネが突っ立っているからだ。しかし、彼女は全く動じない。動じるはずがない。
「ねんねは強い子ちゃんでちから、女王ちゃまの前でも帽子を取らなくていいんでち。」
「じ、女王ちゃま……!?」
その“女王ちゃま”が美顔を崩して呻いた。
――やめてくれ。たのむから、やめてくれ。どうか、この場を壊さないでくれ。あたしにとって女王に謁見するなど、一生に一度有るか無いかの晴れ舞台なのだから――
「無礼とは思いませんか?」
女王の代わりにロンダーが抗議の声を上げた。それでもネネは負けない。
「ねんねのパパちゃまが、弱い子ちゃんに頭下げると勘違いするから己の実力の差を思い知らせてやれ、って言ってたでち。文句があるならパパちゃまに言うでち。」
彼女は「プゥ~」と頬っぺたを膨らませた。
……もう、いいや……
俯いたまま、あたしは涙を流した。
「ハァ~……」
女王も大きな溜息を吐いて首を左右に振った。ネネとの交流を諦めたようだ。
「魔物騒動について、お話しましょう。」
女王サディア・ミレの話によると、魔物の破壊活動は十年ほど前から起き初めて、特に五年前からは質、量、共に酷くなったという。
そして、女王は最後にこんな事を言った。
「王都では、まことしやかに魔王復活の噂が流れております。早く魔物騒動の源を突き止め、排除しなければ……」
そこまで言って彼女は押し黙る。
『魔王復活か。みんな同じ事を言ってる。』
あたしは口の中で呟いた。
王都を覆い尽くす“何か”を感じた。雰囲気というか、何というか。
「貴女達がセビン殿に任務を命ぜられている事は知っております。その任務に加え、私からも王都における魔物襲撃事件の調査を要請したいのですが、よろしいでしょうか?」
「ははあ。喜んでお引き受け致します。」
これで王都での調査活動に女王のお墨付きが得られた。
この時、女王の長話に飽きたネネは、謁見の間の後ろの方をフラフラと歩いていた。
「おおうっ!」
彼女の目に止まったのは、壁際に飾られる調度品の数々――
壷を手でペタペタ叩いて品定めをしている様子だ。もちろん懐に蔵おうとする。
「これ、一個くらい持って帰ってもバレないでちね。」
「バレるわぁぁぁっ!」
あたしは振り向き様にツッコんだ。
『ひいっっっ!』とネネの体が震えた。
始まったのだ。オモシロ発作が――
『パパちゃま、もう盗らないでち!パパちゃまのドラゴン卵プティング今吐くでち!』
彼女は床に内股でペタリと座り込み、例の涙目で調度品を抱き締めた。
『でも、ドラゴン卵ピータンは、もうオナカいっぱいでち!腹に卵黄かかえた胎児がヌルっとした汁の奥からねんねを見るでち!』
「…………」
ネネの異常反応を目の当たりにし、そこにいる全ての者が我を失った。
それから、しばらくして――
あたしとタムは、震えながら何かをブツブツと呟くネネを抱えて謁見の間を後にした。
『失礼しました~』と姉弟で声をハモらせる。足の方を持っているタムは、嬉しそうにネネの提灯ブルマを覗いていた。
「あれは大丈夫ですか?」
女王は横のロンダーに小声で問う。
「多分。」
問われたロンダーが敬語を使わずに答えた。
そんな二人を、謁見の間の二階テラスから見下ろす影があった。ロンダーの息子、カウである。彼は父親と女王、そして出ていくあたしたち三人を交互に観察した。
夕方、あたしたちは王宮の庭園にいた。探索をしようというのだ。提案したのはネネだ。
彼女が先頭になって、あちこちを嗅ぎ回った。本当に鼻を使って嗅ぎ回った。庭木や敷石に鼻を近づけて犬のようにクンクンと。
「ネネちゃん、なにも王宮の中を嗅ぎ回らなくても。」
あたしは嫌々だった。絶対に問題を起こすと思っていたからだ。
「女王ちゃまは王都での調査をお願いしたでち。王宮も王都の中にあるでち。」
「屁理屈だわ。」
「いや~、正論だな、正論!」
タムはいつでもネネの味方だ。
そのネネが鼻先を突き出して、フラフラと一定方向に歩き始めた。集中する為か、目を瞑っている。
「ちょっと、ネネちゃん?」
呼んだ直後、彼女はゴンッと固い物にぶつかって目を開けた。そこには何かの建物があった。実はここ、ロンダーと女王サディアが怪しい作業を行っていた施設である。ぶつかったのは鉄扉だ。
「何か見つけたの?」
「何、何、何、何ぃ~?」
あたしとタムはネネの側に駆け寄った。
彼女は餌を見つけた犬のように必死で鉄扉に食らい付いた。ドアノブを握り、片足を掛けて引っ張る。
「開かないでちね。」
さすがに諦めたか。
「仕方ないでち。」
いや、そうではない。ネネが拳を握り締めると、それが光を帯びた。
「ちょっと、ネネちゃん!」
あたしは焦った。あれは『魔法パンチ』とかいう技の準備に違いない。おそらく建物ごと消滅する。それはマズい。
「やあっ、ネネ殿。」
そんな時、突然茂みの中からロンダーが現れた。
「こんな所で何をしているのですか?」
「んっ?調査してるでち。」
答えるネネの拳が沈黙した。
「あっ、申し訳ありません。いちおう止めたんですけど。」
あたしはネネの手を引いて鉄扉から遠ざけた。適当にゴマカしながら現場から逃げ去る。タムも「待てよ~!」と、あたしたちの後を追った。
走り去る三人の後ろ姿をロンダーは複雑な面持ちで見詰めていた。
庭木の間を抜けると、建物の回廊の上に誰かが現れた。
「やあっ、君たち女王様に謁見してたよね?」
そこに立っていたのは灰色のローブ姿をした少年だった。
「誰でちか?」
回廊の手前で止まってネネが問い返す。
「僕はカウ・ヴォールト。カウって呼んでくれ!」
「“カウ”?カウちんでちね。」
またニックネームを付けやがった。
「うん、カウちんでいいよ!」
カウ・ヴォールトと名乗った少年はネネの無礼を全く気にしていない。
「“ヴォールト”ってことは、あの魔法教官長の息子でちね?」
「うんうん?」
「つまり、金持ちのすねかじり息子でちね?」
「…………」
――基、ちょっとは気にした。
「まあ、反論はできないけど。」
一時の沈黙の後、カウは困った様子で“すねかじり息子”である事を認めた。
「ネネ君は事件の調査をしてるんだろ?」
「そうでちよ。邪魔するなら許さないでち。」
ネネはグッとカウを睨み付けた。
「邪魔するなんて、とんでもない。僕が調査を手伝ってあげるよ。」
「本当でちか?」
「もちろんだとも。生まれてこの方十七年、王宮の中は隅から隅まで僕の遊び場だ。」
「そういうことなら手伝ってもらうでち。」
彼女も納得したようだ。
ホッとするあたし。ここでケンカでも起こされたら堪ったもんじゃない。
「うんうん、ありがと。これで暇つぶしができたよ。」
そう言いながら、カウはネネの両手を握って上下に振った。
「むッッッ!?」
それを見てタムが顔をしかめた。どうやらカウに嫉妬したらしい。
その後、カウ・ヴォールトは王宮の裏側に入れるように色々と取り計らってくれた。外からの来客に、はしゃいでいるように見えた。
まずは近衛騎士や魔法使いの訓練施設。
次は王宮の裏門付近にあるゴミ集積場。
カウとネネが高い木に登って覗いているのは侍女たちの入浴施設である。
その間、あたしとタムは木の下で待った。弟はネネとカウを見上げて、不機嫌そうに口を真一文字に閉じていた。
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