マジカルねんね!(7)

 ドガァァァァァァッッッ!


 召喚されたドラゴンは計ったようにカメの甲羅の上に着地した。

『グカァァァッ!』

 あまりの衝撃に、カメは四本足をグシャッと潰されて腹這いになる。周囲にいた小型や中型の魔物は、ドラゴンの登場に驚いて周囲に散った。

「そのカメを食い殺すでち!」

 ネネはピョンピョン跳ねながらドラゴンに命令した。やはり、あのドラゴンは彼女の魔法従属体だ。

『クワァァァオッッッ!』

 ドラゴンはカメの右前足に食い付いた。根本から噛み千切り、甲羅から引っこ抜く。

『グカッ!』

 痛みに耐え兼ねてカメは首を甲羅の中に引っ込めた。食われたのと反対側の足を突っ張り、ドラゴンを甲羅の上から振り落とそうとする。

『クワァオッ!』

 しかし、ドラゴンは甲羅の前部に食い付いて何とか持ちこたえた。カメの本体から甲羅が引き剥がされ、ブチブチと皮膚や筋が千切れて体液が噴き出した。

『グカッ!』

 カメの苦し紛れのビームは上空に消える。

「うわぁ――」

 あたしは感嘆の声を上げた。この場でドラゴンは圧倒的な力を誇っていた。誰も敵う者はいなかった。

「ネネっ、凄いぞぉ!これなら勝てる!」

 拳を振り上げ、タムもドラゴンを応援した。

 ドラゴンは甲羅の開いた部分からガブリッとカメの首根っこに噛み付いた。

『――カッ!』

 短い断末魔の叫び。カメの首が引き千切られて体液が飛び散った。

『クワァァァ―ッッッ!』

 ドラゴンが勝利の雄叫びを上げた直後、カメの体や千切れた足、そして口に銜えられた首が砂のように弾けて消滅した。

「勝ったの?」

「まだ終わってないでち!」

 あたしが訊ねると、ネネは歯を見せて嗤った。

 ――戦いは終わっていないのだ。敵が砂のように弾けて消滅したという事は――

『クワッ!?』

 ドラゴンは自分の周囲に舞う砂の中に光の玉を見つけた。その玉が上空へ向かって加速する。

『クワァオッ!』

 食い付くが、脇を掠めて取り逃がす。

「核を逃がすでないでち!」

 その方向をネネが杖で指し示す。命令に反応したのか、ドラゴンは一旦身を屈め、

『クワァァァッ!』

 大ジャンプを見せて光の玉に飛び付いた。


 パクッ、ゴリッ!


 見事に捕食して口の中で噛み潰す。ドラゴンが着地すると、口や鼻から光の靄が漏れた。

 他の魔物たちは、しばらく金縛りにあったように動けなかったが、事態を把握すると我先にと逃走を始めた。

「あは、あっはっはっはっはっはっ!やったぞ!魔物を斥けた!」

 隊長は小躍りして喜ぶが、なぜか斥けた本人は無反応だった。

「うーむ……」

 ネネの視線はドラゴンにある。また考え事か。腕組みをして杖で自分の肩をポンポン叩くポーズだ。

 そのドラゴンだが、辺りをキョロキョロと見回していた。

 ――ドラゴンは自分に何が起きたのか理解できなかった。目の前に美味そうな餌があったから、それに飛び付いただけだ。

『クワッ?』

 王都の建築物の群れを見渡す。

 ――ふと気付くと、今まで闊歩していた森の景色が消えている。代わりに現れたのは、見たこともない箱の群れだった。地平線の彼方まで、石でできた無数の箱が並んでいた。

『クワ……?』

 悩んだように首を傾げるドラゴン。

 ――もう何が何だか分からない。

『クワァァァァァァオッッッ!』

 ――分からないから、とりあえず暴れた。

 ドラゴンは魔物がやっていたように、周囲の建物を次々と粉砕していった。

『壊してるぅぅぅっ!』

 あたしとタムと隊長の三人は叫んだ。その横でネネは冷静に面持ちで口を開いた。

「ねんねはドラゴンを元の場所に戻す送還魔法が使えないでち。しつけも、まだまだでち。」

『そんなもん呼ぶなぁっ!』

 あたしたち三人は即行でツッコんだ。

「仕方ないでちね。ちょっとボコボコにシメてあげるでち。」

 簡単に言うと、ネネは杖を掲げた。

『マジカルかちかち、体がかち~ん!』

 杖の宝玉から光弾が飛んで、ドラゴンの背中に突き刺さった。

『グワッ!?』

 瞬間、ドラゴンが硬直した。ゆっくりと巨体が倒れ始めて、ドスンッ!と地面に横倒しになった。

「い、今だ!ドラゴンを仕留めろ!」

 すぐさま隊長が部下に命じた。近くにいた数十人の兵士がドラゴンに突進した。

「さわるでないでち!」

 ところがである。ネネの大絶叫によって兵士たちの攻撃は妨げられた。

「どうしてだ!?今トドメを刺しておかないと、また暴れ始めるぞ!」

 当然、隊長は抗議する。

「ドラゴンは、ねんねのペットでち。ミルクちゃんって名前もあるでち。」

 いちおうネネも女の子なのだ。

「やっぱりネネは優しい娘だなぁ~!」

 タムは言うが……まあ、ドラゴンをペットにするのは、どうかと思う。

「分かった。お嬢ちゃんの言う通りにする。悪かったよ。」

 隊長は頷いて、ネネの申し出を受け入れた。

「まったく……」

 と溜息混じりに言うネネ・ザ・ドラゴンズヴェースン、十二歳・女性。

「剣で刺したら売り物にならないでちよ。」

「はい?」

 隊長は我が耳を疑った。あたしもタムも、最初はその意味が分からなかった。

「早く肉屋を呼ぶでち。」

「何ですと?」

 問い返す隊長。

「ドラゴンの肉は高く売れるでち。ふひひっ!」

 極めて悪徳な顔でネネが言った。

『ミルクちゃんを処分するんかいっ!』

 あたしとタムと隊長は即効でツッコミを入れた。少しでも彼女に同情したのを後悔した。

「肉屋じゃないと上手に捌けないでちから、王都中のプロを呼び集めて解体させるでち。」

 隊長は「わ、分かった。」と項垂れて、言われた通りに肉屋を手配した。



 午後二時過ぎ、王都のド真ん中でドラゴンの解体が始まった。

 数十人の肉屋が巨体に群がり、その周囲を兵士や住民が取り囲んで解体風景を眺めた。

 現場監督を買って出たのは、もちろんネネだ。

 血抜きをしている肉屋に対しては、

「血をこぼすでないでち!全部バケツに集めるでち!一滴でいくらすると思ってるんでちか!」と地団太を踏み鳴らす。

 下腹部を割いている肉屋に対しては、

「そこーっ!ドラゴンのタマタマを傷つけるでないでち!まるごと焼酎に入れると、超強力滋養強壮剤として高く売れるでち!もうパパちゃまビックリでち!なぜかママちゃまもビックリでち!」

『すごい……』

 あたしとタムの声が重なった。巨獣の解体など見るのは初めてだった。

 ――ああ、自分は他の命を糧に生きているのだなぁ――などと久しぶりに感傷に浸った。

 それにしても、ネネがドラゴンにトドメを刺す光景は凄まじかった。

 横倒しになったドラゴンの側にネネが立ったかと思うと、彼女は光る拳を繰り出した。一秒と経たずに数十発のパンチが脳天に叩き込まれ、ドラゴンは口や鼻、耳などから煙を噴き出して絶命したのだ。たしか、『魔法パンチ!』とか叫んでいたと思う。

 解体作業も半ばというところで、やじ馬の中から住民らしき男性が現れた。悪魔でも見るような形相でネネの元に駆け寄る。

「おいっ!あのドラゴン、アンタが召喚したのか!?」

「そうでちよ?」

「ドラゴンがウチの家を踏み潰したんだ!どうしてくれる!弁償しろよ!」

 男性は強い調子で訴えた。

 そんな抗議の声に、ネネはいつもの戯言を並べた。

「ねんねがドラゴンを召喚しなければ、魔物がもっとたくさん家を壊してたでち。人もたくさん死んでたでち。ねんねは大破壊を未然に防いだ英雄でち。文句なら警備がお留守の王国軍にタレるでち。」

 視線は一瞬だけ兵士たちに向けられる。

「う……」

 ネネの強引な論法に打ちのめされて言葉に詰まる住民。

 ダシに使われた兵士たちは、居心地の悪そうな顔を見せた。中にはネネを睨む者もいた。



 王宮の中には、他の建物から頭一つ抜け出た細長い塔が立っていた。

 塔の中ほどにある展望台の窓から、一人の少年が王都の景色に目を這わせる。

 そこへ後ろからロンダーが現れた。

「――カウ。また魔物が出たそうだ。」

 ロンダーは少年を“カウ”と呼び、その肩に手を置いた。

「父上、大きな魔力を感じました。」

 彼はロンダーの息子らしい。

「ああ、魔物が暴れていたからな。」

「いいえ、そうではなくて……」

 少年は不安気に王都を見渡した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る