マジカルねんね!(3)

 現場に役人の集団が到着し、魔物と入り乱れて戦闘になった。

 数百頭の小型魔物と軽武装の役人では、戦力は五分五分といったところか。殲滅するにしても、かなりてこずるはずだ。

「しゃっ!」

 あたしはイヌ型の魔物を横に斬った。次に、奴らの集団に剣を向けて牽制した。その後ろからタムが迫る。

「待たせたなぁ!」

 弟はジャンプと同時に最後尾の二頭を斬り上げた。続けて、着地と同時に中央の二頭をグサリ――周囲から飛びかかる五、六頭の魔物も、刺した刃を抜き放って三百六十度回転を見せ、まとめて斬り捨てた。

 この一連の動作で十頭前後の魔物がビチャビチャと血を撒き散らして転がった。

「決まったぜ!」

『ブヒイッ!』

 決めポーズを取る弟の背後で、黒ブタが光弾が吐き出した。

「タム、後ろ!」

「げっ!?」

 タムは横に大きく跳ぶ。あたしも横に向かって飛び込み前転をする。

 ドカンッ!

 光弾が間際を通り過ぎて、後方の店舗が吹き飛ばされた。

『ブヒヒヒイッッッ!』

 今の黒ブタが役人たち目掛けて突進していくのが見えた。奴は途中で何発かの光弾を吐きながら進んだ。役人たちの間で立て続けに爆発が巻き起こり、彼らは悲鳴を上げて逃げに転じた。

 魔物の集団が役人たちを追いかけた。

「押されてる!」

 所詮は田舎役人か。それも極度に平和ボケした。

 ネネの言葉が思い出される。さっきは腹を立てたが、今の自分たちの姿を見ると反論もできない。

「数が多すぎるんだよなぁ~!」

 タムも攻撃をためらっていた。


 その頃、商店街の裏通りには、本線から逃れた人々が殺到していた。

 彼らは気付かない。自分たちの足元に巨大な赤い魔法陣が出現したことを―― 

 まるで水面から湧き上がるように、毛むくじゃらの黒い物体が現れた。

「ワッ!」と周囲に散る人々。そこに姿を現したのは、なんと巨大なイノシシだった。カバを一回り大きくしたほどのサイズだ。

『グベェェェッ!』

 大型魔物が吼えると、その口から巨大な光弾が吐き出された。黒ブタの比ではない。

 タムが振り返った時、そこに閃光が瞬いた。店舗の向こう側から光が弾けて膨らんだ。

「ウワアアアッ!」

 弟は咄嗟に腕をクロスさせた。そのまま爆風に呑まれて吹き飛ばされる。

「大きい!」

 あたしの方は寸前で後ろへ跳び、俯せになってエネルギーをやり過ごした。直撃は免れた。

『グベッ、グベェェェッ!』

 まだまだ爆発の残り香が吹き荒れる中、破壊された店舗を乗り越え、炎と煙を割って巨大な影が現れた。

 こちらに向かって奴が加速する。その進路には仰向けに倒れたタムが―― 

「タム!」

 力の限り叫ぶあたし。起き上がって助けに行く余裕は無い。

「やッ、やばい!」

 イノシシを仰ぎ見るタム。その目には涙が浮かんでいた。


 ――絶体絶命――誰もがそう思った。


 同時刻、ホテルの玄関先では――

 ネネが右手の杖を高く振り上げたポーズで、

『マジカルじんじん――』

 踊っていた。いや、本当に。

 全身をクネクネさせて頭の上で杖の先をクルクルと回す。彼女の口から漏れるのは意味不明の言葉の羅列だ。

 誰の目にも、陽気に元気に超ご機嫌に踊っているようにしか見えなかった。杖の先に付いた宝玉が光を放つまでは――


 カッッッ!!!


 クラットの町を凄まじいまでの閃光が包み込んだ。言うまでもなく、光源はネネの杖。

「ネネちゃんの魔法!?」

 あたしはホテルの方を見て、あまりの眩しさに手をかざした。あの場所で魔法が使えそうなのはネネしかいない。

『手足がじ~ん!』

 それがトドメの一言となった。ネネが杖を振り下ろすや否や、宝玉から人の頭ほどの光弾が発射された。彼女は勢いあまって跳び上がり、両足が地面から離れる。

 解き放たれた光弾はイノシシ目掛けて一直線に飛んだ。

『グベッ!』

 見事、横っ腹に命中。イノシシはバランスを崩し、タムの真横を通り過ぎて横倒しになった。ネネの言葉通り、手足が痺れてピクピクしている。

 あたしは起き上がって敵の喉元に剣を深く突き刺した。

『グッ、ベッ……!』

 イノシシは一度だけ全身を痙攣させてから、その動きを止めた。しばらくして奴の体からプシュウ~っと水蒸気が立ち昇った。

「た、た、た、助かったぁ~!」

 ネネの魔法によってタムは九死に一生を得たのだ。

 辺りを見回すと、なぜか小型魔物たちが固まっていた。皆一様に、事切れた大型魔物の方を見ていた。

 自分の仲間が――それも、強力な仲間が屠られたという事実を認識しているのか。

「おおっ、やったぞ!」

 一人の役人が歓喜の叫びを上げると、それが切っ掛けで人間側の士気が上がった。

『ウオオオオオオッッッ!』

 役人たちは鬨の声を上げて怒涛のごとく攻め進む。小型魔物の群れは押し返される。

 敵は高周波の悲鳴を上げて後退に後退を重ねた。完全に形勢逆転である。

 一方、ホテルの玄関先では、あの変な踊りが続けられていた。

 今度は腰を左右にフリフリ、胸の前で両拳をグルグルと 糸巻きポーズ 、首を左右にユラユラさせて玄関先を右へ左へ行ったり来たり――

『マジカルずきずき、頭がずき~ん!』

 杖を振り下ろすと、無数の光弾が発射されて町中にばらまかれた。

 うそ!?

 喧噪の中で、あたしは何もできずに、ただ突っ立っていた。正面から飛んで来る数十発の光弾が右を掠め、左を掠め、頭上を飛び越え、あたしの背後の標的を捉えた。

「すごいっ!こんなにたくさんの標的を確実に!」

 小型魔物が次々と魔法の餌食となった。虚ろな目をしてバタバタと倒れ込む。手が使える魔物は頭を押さえてもがき苦しんだ。

 頭痛の魔法?

 敵を行動不能にしてからトドメを刺すつもりか。先ほどの黒ブタも、逃げようと反転したところで尻に光弾を受けて転がった。もちろん、十秒と待たずに役人の剣で串刺しにされた。

 あたしも足元で痙攣する魔物を見つけて剣で刺した。

 それが終わると、またホテルの方に目をやった。

『マジカルかっか――』

 ネネはホテルの階段を降りて、こちらに走って来る。走りながらも腰をクネクネさせる動きは止まらない。

『お熱がか~っ!』

 再び光弾が乱射された。数秒後には二十頭近い魔物が地面に伏した。奴らは頭から湯気を出して呻き声を上げる。

「それにしても……」

 彼女の戦いを目の当たりにし、ふと、ある考えが過った。

『マジカルひくひく、クシャミがひっくしょん!』

 クシャミが止まらなくなる魔物。

『鼻水だら~ん!』

 鼻水が滝のように流れ、呼吸困難に陥る魔物。

『耳鳴りき~ん!』

 耳を押さえて、うずくまる魔物。etc.etc.

 魔物の土手っ腹に『マジカルごほごほ、お咳がごほ~ん!』と光弾が撃ち込まれるのを見て、あたしの中で結論が出た。

「……陰湿な魔法のバーゲンセールだわ。」

 あたしとタムの間をネネが猛スピードで走り抜ける。

「ネネっ、ありがとよぉ~!」

 タムが陽気に手を振った。どう見ても相手は“異常”なのだが、弟は気が付いていない。

 商店街の先で、ネネは左右にピョンピョン跳ねながら陰湿な魔法を乱射した。



 ごうつくばりヘンテコ魔法少女ネネ・ザ・ドラゴンズヴェースンの活躍により、魔物は斥けられた。生き残った連中も、その全てがクラットの町から逃走した。

「いっひっひっひっひっ!」

 事件解決の立役者は、商店街のド真ん中で高笑いの真っ最中である。

「ねんねに敵う魔物なんていないでち。魔物が生き残りたければ、ねんねの“目印”をつけて、ねんねの下僕になるしかないでち!」

『オオオオオオーッッッ!』

 周囲を取り巻く役人や住民から大歓声が上がった。拍手喝采が沸き起こった。

「ただの欲張りなガキかと思ったら……」

 あたしは彼女の後ろ姿を見据える。

 ――とてつもなく、強い―― 

 あの時、もし剣を抜いていたら負けていたのは自分の方だ。あたしは瞬く間に、この小さな女の子によって、ねじ伏せられていただろう。

 自分が、このネネという少女に興味を持ち始めているのが分かった。

「ネネっ、ネネっ、ネネちゃ~ん!」

 そう言えば、タムは最初から興味を持っていたようだ。あたしとは別の意味で。

「やったな、ネネっ!」

 あたしの前を通り過ぎた弟は、何のためらいもなく背後からネネに抱き着いた。

「なにするでちか、タムちん!」

 抵抗するネネ。

「あはははははっ、あはははははっ!」

 笑い続けるタム。

「離すでち!」

 ネネは自分の腋の下から杖を押し込んで背中の異物を引き剥がそうとするが、

「あはははははっ!名前覚えてくれて、うれしいぜぇっ!」

 色ボケ小僧がその程度の攻撃であきらめるはずはない。弟は顎の辺りを突かれてエビ反りになっても、やっぱり笑っていた。

「いやー、ホントに助かったよ!」

 ここで役人の一人がネネに握手を求めた。ネネとタムは抱き着いた体勢のままで正面の人物に目を止めた。

「最近、魔物が増え初めて、魔王が復活するんじゃないかって噂があるんだ。」

 その役人が奇妙な事を口走った。握手をしながら小声で耳打ちする。一般人に聴こえないように、気を遣っているように見えた。

 ――ピクリ――! 

 瞬間、ネネの眉尻が跳ね上がった。可愛い女の子の顔が見る見る内に悪党のそれに置き換わる。

「なるほど、ねんねの推理によると、小銭を盗んだのも魔物でちね。」

 腕を組んで顎に手を添えるポーズだ。

「悪さをして人間を困らせるつもりでち。」

 小娘ぇぇぇっ!

 あたしは心の中で絶叫した。だが、証拠が無いのだ、確たる証拠が! 

「ほおー、なるほど。そういう可能性も有りますな。」と役人は真に受けた様子だった。

 完全にネネのペースだ。仕方がない。ここは、ひとまず引き上げるとしよう。

「タム、これから領主様に事件の報告をしに行くわよ。」

「おおうっ!」

 弟は嬉しそうに返事をしたが、ネネに抱き着いたままである。

「失礼ですが、貴方たちは?」

 先ほどの役人が、あたしたち姉弟を交互に観察した。ネネと一緒にいれば興味を持たれるのは当然だ。

「パックス姉弟、父の名前くらいは知ってるでしょ?」

「ほおー、どうりでお強い訳です!」

「ええ、まあ……」と思わず目を逸らす。

 ほとんどネネちゃんに助けられたんだけどね。

 あたしは心の中で補足した。そのネネが、じぃぃぃぃぃぃ~っとあたしの方を見ていた。

「これから、この町の領主ちゃまのところに行くでちか?」

「そうだけど?」

「うーむ……」

 腕組みをして何やら考え込む。その間、ネネは杖で自分の肩をポンポン叩いていた。

「だったら、ねんねも連れて行くでち!」

「えーっ?」

 そんな事、急に言われても。

「ねんねみたいな強い子ちゃんがいれば、きっと領主ちゃまも喜ぶでち。」

 たしかに、それは納得できる。

「まあ、いいわ。ついて来なさい。」

「ふっ、当然の流れでちね。」

 言うと、ネネは後ろを向いて一人の世界に入った。独善と欲望と謀略の世界に――

『いっひっひっひっ、いいカモを見つけたでち。これで領主ちゃまに取り入れば魔物退治の仕事を引き受けて一儲けでち。』

「声、出てるって……」

 あたしのツッコミは、ご当人の脇を掠めて、どこかお空の彼方へ消えた。

「んっ?」

 その数秒後、我に返ったネネが見たのは、自分に抱き着いて離れないタムの姿だった。

「いいかげんにするでち!」

 拳骨と杖で頭をポコポコ殴られても、弟はヘラヘラと嬉しそうにしていた。

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