マジカルねんね!(2)

 ネネ・ザ・ドラゴンズヴェースンは“えびチリ”を注文し直すと、ホテルのレストランで食事を再開した。テーブルは窓際の六人掛けで、そこを一人で占領している。

 あたしとタムは柱の陰からネネを観察した。あたしは真剣な顔で。タムはスケベな顔で。

 最初に興味を持ったのは彼女の装備だ。先端に宝玉の付いた杖が太モモの間に挟んで立ててあった。

 魔法の杖?魔法使いなのか。

 次に目を奪われたのは、その服装だ。子供のクセに良いものを着ている。

 帽子やマントは頑丈な仕立てで、裾や継ぎ目に綻びが見られない。マントの中のベストやシャツ、スカーフやブローチ、スカートや提灯ブルマも、おそらく最高級品だろう。

 あたしの視線は彼女の手元に移る。

 食事も一番高いコースね。

 テーブルには大小様々な皿が十数枚も並べられ、高級食材で埋め尽くされていた。

 そして、泊まっている部屋は最上階の南側角部屋“王女の間”。

 宿泊者名簿の内容が頭に浮かんだ。それは、現女王サディア・ミレ様が、ご幼少の頃、お泊まりになったというロイヤルルームだった。


 ネネは満足気に食事を続けた。食べる勢いはドラゴン並だ。色々な皿に手を付けては次々と口に放り込んで捕食した。

 そんなネネの前に、あたしとタムが立ちはだかった。

「んっ?」

 彼女は手を休めて、こちらを見上げる。それでも口だけはモグモグを続けた。

「おはよう、ネネちゃん。」

 あたしがネネ・ザ・ドラゴンズヴェースンに注目したのは、この時点では直感でしかなかった。

「なんでちか?お金なら恵まないでちよ。」

「――ぬあっ!?」

 直感、大はずれ。固まるあたし。

 ひょいっ、パクッ!

 ネネはエビを一匹、口に放り込んだ。その舌や顎の動きがラクダの食事風景を連想させた。

「あ、あたしはプルニコ・パックス。このクラットの領主に雇われた調査官よ。」

「プルニコ?プーニィちゃまでちね。」

「うっ……!」

 油断した。ニックネームを付けられたか。

「オレはタムル!タムル・パックス!姉ちゃんの補佐役だ!」

 弟はテーブルの上に身を乗り出して自分をアピールするが、

「タムル?タムちんでちね。」

「うん!オレ、タムちん!よろしくな!」

 受け入れるな、弟よ。

「まったく、姉弟そろって。ゴハンなら恵まないでちよ。」

「ちゃんとお給料もらってるから、お金もゴハンも要らないわ。あたしは昨日この町で発生した昏睡強盗事件を調査してるの。」


『ぶぅっ!!!』


 ネネの口から食べカスが吹き出された。その九割以上がタムの顔に命中する。

「ね、ねんねは魔物退治と社会勉強の為に世界中を旅してるでち!」

「そんな事、訊いてないわ。」

『ぎくぅぅぅっ!』

 ネネの体が震えた。なんて分かりやすい反応だ。所詮は子供、といったところか。

「ほんとに今日のボーイちんは仕事がなってないでち。ねんねの言伝を厨房に伝えないでタバコふかしてたでちよ。ねんねが支配人ならクビでちね、クビ!」

 冷静さを装ってナプキンで口の周りを拭くが、顔全体から噴き出す脂汗は隠せない。

 しかも会話が成立してないし。

 あたしは疑いの眼差しをネネに向けた。後ろでは、タムがハンカチで顔を拭いている。その顔は紅潮している。

 お前、うれしいのか?


 ネネはホテルの受付でチャックアウトの手続きを行った。背が低いので、彼女は踏台の上に乗っている。

 支配人はその後ろに立って、心配そうにネネの手元を覗き込んだ。

「ネネちゃんは何歳なのかなぁ?」

 あたしもネネを脇から覗き込んだ。タムは反対側で、相変わらず頬を赤く染めている。

「プーニィちゃまは何歳でちか?」

 この小娘、“問い返し”ができるのか。知能の発達レベルは九歳児以上だ。

「あたしは十六歳よ。」

「だったら、ねんねよりも年増でちね。」

「当ったり前でしょうが……!」

 思わず唸り声が漏れる。

 ダメだ、我慢しなければ。

「オレは十四歳!十四歳だ!」

 タムの自己アピールは止まらない。小僧は自分で自分を指差して必死に訴える。

「そうでちか。ねんねは十二歳でち。」

 やっと答えたか。手間のかかる性格だ。

「一人旅なんだ。大変ねぇ。」

「そうでもないでちよ。」

 お子様なりの強がりだろうな。


『世の中、金さえ積めば、なんでも一人でできるでち。』


 おーい、小娘。

「それに、ねんねはこれでも大人でち!」

 手続きを終えると、彼女は不機嫌そうに頬っぺたを「プ~ッ」と膨らませた。見た目や態度は、お子様その物である。

「ええ~!?大人なの~!」

 すぐにタムがブリッ子ポーズで食い付いた。

「ど、ど、ど、ど、どんなふうに大人なのかな~!?」

 ガスッ!

 とりあえず殴っておいた。無言でタムの横っ面に張り手を喰らわす。弟は大きく横に体勢を崩すが、何とか持ちこたえた。

「それでは、お支払いは十二G(ゴールド)になります。」

 受付に座っているのは、先ほどネネの横にいた女性従業員だ。彼女はネネの前に請求書を差し出した。書類十枚ほどにわたって事細かにサービス内容と料金が記載されている。

 十二G?

 あたしの月収と同額である。請求書の量が、この小娘の“わがまま量”に比例しているのは言うまでもない。

 ネネはマントの下のリュックを肩から外し、正面に持って来て逆さにした。


 ドジャジャリ!


 次の瞬間、受付のテーブルに大量の小銭がぶちまけられた。

『小銭ぃ~!!?』

 あたしとタムは声をそろえて絶叫した。

「これで三十Gはあるでち。あまった小銭は金貨に両替するでち。」

「はぁー……かしこまりました。」

 受付嬢は浮かない顔を見せたが、まだまだ理不尽な要求は終わらなかった。

「あっ、言い忘れたでち!」

「何でしょうか?」

「両替手数料は、なしでちよ。」

 人差し指を立てて言う。念を押しているつもりだ。

「このホテルが両替商の免許持ってないのは知ってるでち。手数料取ったらパラミレニア王国為替管理法違反で逮捕でち。」

 現場にいたネネ以外の全員が硬直し、

 ――うぜぇ―― 

 と心の中でツッコミを入れた。

「フンフフンフ~ン!」

 ご当人は鼻歌を口ずさんで清算と両替を待った。他人の気持ちなど考える機能は備えていないのだろう。


「なんでちか、チミたちは?」

 ネネが立ち止まったのは、ホテルの玄関を出てすぐのところだった。顔を正面に向けたままだ。

「なんだか、あなたの近くにいると昏睡強盗事件に遭遇できるような気がしてね。」

 彼女の真後ろで、あたしが言った。口は半嗤いにしておく。なるべくイヤラしく、何かを企んでいるように。

「ネネちゃんは小銭が好きなのねぇ?」

 そこを突々いてやると、彼女の肩がプルプルと震え始めた。予定通りだ。あとは、この子の過剰反応を待って 理詰め にすればよい。

 だが――

「田舎役人に、ねんねの好き嫌いをとやかく言われる筋合いはないでち!」

 振り向き様に、そんな事を言われた。

「いッ、田舎役人!?」

 こちらとしてはネネを怒らせるつもりだったのだが。

「田舎役人は、どこまで行っても田舎役人でち。どんなにがんばっても一生田舎役人でち。末代まで田舎役人でち。」

「何を……言わせておけば、ぬけぬけと!」

 怒りに任せて、あたしは剣の柄に手を掛けてしまった。

「姉ちゃん!」

 すぐにタムが腕を掴んで制した。

 攻撃されないと判断したのか、小娘はさらに悪口雑言を並べる。

「ほおほおほおほおっ、田舎役人の肩書にあきて、お子ちゃま惨殺事件の犯人っていう肩書がほしいでちね?」

「グッ……」

 あたしにできたのは奥歯をギリギリと噛み締めることだけ。

 この小娘を無礼討ちにするのは容易い。しかし、それでは父の名を汚すことになる。小娘一人を苦しめたところで何も変わりはしないのだから。

 あたしは、もっと大人でなければならない。

「――といっても、ねんねを斬れればの話でちけどね。」

 えっ?

 一瞬、背筋に冷たいものが疾った。目の前の小娘が、何の恐怖も感じていないように見えたからだ。

 それどころか、あたしを見下すような笑みさえ浮かべていた。タムが止めなければ、どうなっていたか分からないというのに。

 両者の睨み合いは十秒ほど続いた。

 先に手を引いたのは、あたしの方だった。

 今のは何だったのだろうか。

「あたしはネネちゃんに訊きたい事があるの。」

「ねんねはプーニィちゃまに訊いてほしいことなんてないでち。」

 うーん、そう来るか。

「いーわ。じゃあ、これは一方的な通知よ。あんたは昨日、町の人たちを――」

 あたしが核心に触れようとしたその時、事件は起きた。

 昏睡強盗など吹き飛んでしまうような大事件が――


 ダンッッッ!


 突如として町の方角から爆音が伝わった。

「どうしたの!?」

 商店街の方から煙が立ち昇るのが見えた。

「キャアアアッ!」

 女性の悲鳴がした。手に持っていた買い物袋が、黒光りしたタヌキに噛み千切られる。

『ブヒイッ!』

 今度は黒ブタに似た生き物だ。そいつは両目を赤く光らせて口から光弾を発射した。エネルギーの塊が店に飛び込む。爆発で商品などが吹き飛ばされ、中から店主や客が翻筋斗打って飛び出した。

 商店街のあちこちで、そんな光景が繰り広げられていた。


「魔物!」

 あたしは一目散に玄関先の階段を駆け降りて商店街に急行した。

『キキキッ!』

 途中でイタチ型の小型魔物が牙を剥いて飛びかかって来たが、

「ていっ!」

 それは難無く抜き斬りにされた。


「それじゃあ、オレも行かなきゃならないんで――」

 タムも両腰の短剣を抜き放った。右手は順手で、左手は逆手にした変則的な持ち方だ。

 彼は階段のところまで来ると、

「フッ、決めて来るぜ!」

 後ろを振り向いて親指を立てるポーズ。自分では格好いいと思っているらしい。

 ネネの視線の先で色ボケ小僧は駆け出し、あたしの後を追った。

「…………」

 当のネネは終始無言だった。

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